1章-33
「その通りだ。だから、一度見せてくれ」
「見せたら? なに? 僕に何が足りないか教えてくれるって? 同じ落ちこぼれのくせに何言ってるの?」
綾瀬はイラつきを隠しもしなかった。彼は一刻も早く話を切り上げようと必死だった。
「溝畑は一条から来たんだよ。だから、俺達よりは知ってるはずだ。何もかも」
「一条、ね。そんな事だろうと思った。なんか、雰囲気が違ったし。君から見れば僕達の能力なんて見るに堪えないんだろうね」
「さぁな。ただ、人に能力を見せるっていうのは大事な事だ。お前は自分の能力に自信を持っていないみたいだが、他人の評価を聞けばどその認識も変わるかもしれない」
「評価なんて、散々されたよ。あの能力も使えないクソ教師達に」
おかしな話だ。能力者を育成する学校なのに、彼らを評価するのは能力も持たない一般人である教師達だ。
綾瀬は無能力者の集団に評価されるのが大嫌いだった。偉そうに人の能力に優劣をつけ、かといって生徒に何かを授けるわけでもない。口だけの奴らだ。
「あれおかしいよな。そもそもなんで能力者の学校の教師が能力者じゃねぇんだよ」
荻野が追随する。
「同じ能力者だからこそ、気づける事がある。物は試しだ。今日一日くらい潰れたって明日世界が滅ぶわけじゃない。それに、日頃の鬱憤を晴らすにはうってつけだと思わないか?」
溝畑はしたり顔で言い放った。荻野は既に殴られる気満々のようで屈伸したり腕を伸ばしたりしている。
「・・・・・・なにこの帰れない空気」
「別に帰っていいぞ。ただ、これが最後のチャンスかもしれないぞ。お前が能力者として羽ばたくための」
くだらない戯言だと一蹴出来なかったのは、その言葉が元一条学園の生徒から出た言葉だったからだ。他の生徒や口だけの教師陣とは違って溝畑の言葉には確かな説得力があった。
「うんざりする。分かったよ。でもくだらなかったらすぐ帰る」
「じゃあ手始めに、お前の能力を詳しく見せてみろ。そうだな。このあたりでいい」
溝畑は自分の目の前の何もない空間を手で指した。
「無理だよ。何かに接していないと手を作り出せないんだ。空中に突然現れたりはしない」
「そうか。なら、その壁でいい」
今度は綾瀬のすぐ背後の壁面を示す。綾瀬はすぐに能力を起動する。壁から肌色のゲル状の固形物が這い、徐々に人の手の形へと変化する。
荻野はその様子に、うおっと小さく唸る。
「完成形を初めから出せないのか?」
「出来るけど、疲れるから余りやらない」
「さっき接している物がないと手が出せないと言ったな。つまり、接しているなら手自体を横にスライドさせたり出来るのか?」
「うん」
綾瀬が作り出した手に視線を向けると、それはまるでスケートの選手のように滑らかに壁を上下に移動する。
「そのまま空中に出ると?」
「消えるよ。ほら」
ゲームの壁キックの挙動のように手は壁を離れる。その瞬間、それは煙のように掻き消え姿を失う。
「もう一度出せ。次は数だ。いくらまで増やせる?」
「一つだけ。二つはできない事はないけど制御がきかない。だから一つしか使ってない」
「大きさは?」
「大きさ? それ必要?」
綾瀬は怪訝な様子で問う。
「対抗戦には必要だ。極論馬鹿でかい手で相手を潰せば勝つからな」
「大きさは僕の手と同じサイズだよ。大きさを変えるのは、試したことがない」
「なら試してみろ。基準は・・・・・・そうだな。オレで」
「は?」
「真横に見本があった後がやりやすいだろ。オレの横に同じサイズの手を出してみろ」
「接地面が」
「床あるだろ。まさか壁じゃないと駄目とか言うつもりか?」
茶化すような口調に苛立ちを覚えつつも、綾瀬は言われた通りに人間サイズの手を作り出そうと能力を起動する。
肌色のゲルが床からゆっくりと迫り上がっていく。それは順調に手の語りを形成し、無事完遂したかに思えた。
しかし。
「あれ?」
手は突然崩れ、ボコボコと形を変えまるで中に人が入っているかのように一部が飛び出したり引っ込んだりと落ち着きがない。
「なんかすっげぇ嫌な予感がすんだけどよ。破裂したりしねぇよな」
「・・・・・・あ」
綾瀬が誰よりも早く察した。その瞬間。
不細工な手が弾け、破片が凄まじい勢いで四方八方へと飛び散る。
「失敗だな」
特に動じる様子もなく溝畑が呟く。その身体は肌色の付着物に覆われていたがそれはすぐに消え、辺りはまたいつもの平穏に包まれる。
「途中までは出来そうだったけどな。なんか最後で爆発したな」
「大きさは本物を同じでないとダメらしい。次は、そうだな。作った手の精密動作性だ」
「ちょっと休ませて。しんどい」
淡々と次に進もうとする溝畑に綾瀬が待ったをかける。疲れが濁流となって彼の身体に負荷をかけ始めていた。
綾瀬はその場に座り込むと、肩で息をする。
「なぁ。スタミナって言うのか? その、能力の発動時間を伸ばす方法とかないのか?」
「方法はいくらでもあるが、代表的なのは二つだ。シンプルに走ったりして持久力を高める。これは身体を使う能力者に効果的なやり方だ。身体強化や、学恋の瞬間移動もギリギリ入る」
「俺は?」
「無意味ではないって程度だ。お前の場合は二つ目の方法がいい。二つ目はシンプルに能力発動時のスタミナ消費を減らす事だ。言い換えれば効率の良い発動方法を見つける」
「・・・・・・なるほど」
言葉と表情がまるで一致しない荻野に対して溝畑は呆れ顔を浮かべつつ、詳細を語る。
「能力の持続時間って言うのは集中力の持続時間だ。能力は自動発動しないものがほとんどだ。だから、常に能力者は集中していなければならない。それはこの壁のシミにじっと意識を向け気を張り続けるって事だ」
溝畑はすぐ近くの壁を叩いた。
「一点を集中して見続けるのは思った以上に難儀だ。一瞬でも集中が切れた瞬間能力は制御不能に陥る。だから生徒は皆基本的に五分と持たない。対抗戦が10分ハーフなのはそのせいだ」
「じゃあつまり、その集中力とやらを伸ばすか、もしくは能力をもっと簡単に使えるようにする必要があるって事だね」
「その通り」
「まぁ。君の言ってる事が全部本当かは分からないけど、君の能力の事もよく知らないしね」
「そういや俺も、というか見たことある奴いねぇぞ」
荻野は期待を込めた目で溝畑を見た。暗に見せてくれと頼んでいるのだ。しかし溝畑は意に介さず綾瀬に視線を向ける。
「そろそろいいか」
綾瀬は無言で頷くと、さきほどと同様に壁に手を形成する。




