1章-31
青年はスマホをじっと凝視し、意識を集中させる。
するとスマホの隣から植物の芽が土から顔を覗かせるように、肌色の突起物が姿を現した。それは人が目一杯背伸びをするかのようにその体躯を肥大させ、やがてその全貌が形作られた。
「ん? 腕? いやこれ手か?」
肌色の粘土細工のようなそれはまさしく人の手だった。手首から先の部分だけだが、大きさは成人男性のそれで爪や皺などの細部までリアリティに溢れている。
荻野の疑問にも聞く耳を持たず、青年は溝に現れた手を器用に動かし始める。溝の手は起用に親指と人差し指でスマホを摘み上げる。
そのまま壁に手首の根をくっつけて、スルスルと上と昇る。枠の隙間から突き上がるように手渡されたそれを受け取ると、作られた手は奇妙なジェスチャーとともにゆっくりと姿を消した。
「おお! すげぇなお前!」
「ああどうもありがとう」
目を輝かせる荻野とは対照的に青年は冷ややかな眼差しで返す。
「もういい? そろそろ我慢の限界だから。次追いかけて来たら殴るよ?」
「おおう。じゃあ、名前とクラス教えてくれ。今日はそれで見逃してやるからよ」
「なんでそんな横柄な態度が取れるんだよ・・・・・・。綾瀬。綾瀬和斗。2年2組。・・・・・・もういい!?」
綾瀬は一際強い口調で言い放った。しかしその様子に動じることも無く、荻野はマイペースに返す。
「おう、いいぞ! あ、あと。俺達毎日練習してるから暇なら遊びに来いよ! ・・・・・・というか今来い!」
*
「話聞いてた!?」
綾瀬は怒りを通り越して呆れ果てていた。まるで災害にでもあったかのように、ただただ目の前の快活な青年が過ぎ去るのを待つばかりだった。
「どうせ今日はあの図書館行きづらいだろ。それに・・・・・・」
一瞬の沈黙が二人を通り抜けていった。
「お前の能力は向いてる気がするんだよ」
「っていうのは大義名分でしょ? 実際は?」
「マジでホントにアテがないんだ頼む。助けると思って!」
荻野は大袈裟に手を合わせて頭を下げた。
「それを最初から言っていればさぁ」
「じゃあたった今出会った事にするか」
「時系列を捻じ曲げないで。はぁ」
綾瀬は頭をかいた。
二人の問答は立ち話から歩き話へ、そして電車内での座り話へと形を変える。
「悪いんだけど、別に僕は廃校になっても何も困らないんだ。だから、その対抗戦に出る動機が無い。他を当たった方がいいよ」
「動機が無いって。そんな事はねぇだろ。廃校になったらお前のその能力使えなくなるんだぞ?」
「人には人の事情があるんだよ。君みたいに能力者である事に固執する人間もいれば、そうで無い者もいる」
二人は同じ駅で下車した。早朝は人混みが目立つ通学路も昼間では人が少ない。
「このまま帰るのか? 家どこだよ?」
「まさか、君家まで着いてくる気?」
「なわけねぇだろ。ストーカーか俺は」
「うん」
「送ってやるよ。しかも直通で」
荻野の言葉に綾瀬は眉間に皺を寄せた。荻野は手を開く。その掌に上に小さな風が渦を巻き、やがて不細工な竜巻が湧き上がる。
「俺風を作れるんだよ。これでお前を家まで吹き飛ばしてやるよ」
綾瀬の眉間がさらに狭くなった。竜巻と荻野を交互に見ながら、一歩後ろに後ずさった。
「ちなみに着地とか全く考えてないからよ。お前の能力でなんとかしてくれ」
「馬鹿なの!?」
掌の竜巻を包み込むように、新たな風が周りを取り囲むそれは次第に肥大化し、勢いを強め、バスケットボールほどの大きさにまで成長する。
「貴重な体験だぞ。空を飛ぶっていうのは」
「いやいいって! いらないいらない!」
「遠慮すんな。あと、どこか俺の身体掴んどいてくれ。じゃないと墜落するぞ」
その言葉に、綾瀬は反射的に荻野の手首を掴んだ。そして後悔した。
荻野が風を地面に叩きつけた瞬間、二人の身体が宙を舞う。強烈な風は二人を巻き込みながら天高く登り、やがて散って行く。
「見てみろよ! うちの校舎が見えるぞ!」
「ああうん。そりゃよかったね。でもさ、見て。僕ら落ちてるけど」
綾瀬は冷や汗をかきながら舌を指さした。
「さっきああ言ったけど、流石に着地方法あるよね?」
荻野は苦笑いしながら言い放った。
「無い!!」
「いや冗談じゃないよ!! 死ぬって!! このクソ野郎!!」
言い争いをしている間にも高度はぐんぐんと下がっていく。地面が徐々に近づく。このスピードで激突すればタダでは済まないだろう。
「お前。手で受け止めたりとか・・・・・・」
「無理! せいぜい人の手のサイズまでしか出せない! ペチャンコになる!」
「おお・・・・・・。ん? あ。いい事思いついたぞ。同じ事をやればいいじゃねぇか」
荻野滑空しながら、手を突き出し風を纏わせる。
「なんでこんな奴と一緒に死ななきゃならないんだ!」
荻野は風を地面に放つ。風は間欠泉のように吹き上がり二人の身体を押し戻す。勢いが減衰され、かろうじて二人は地面に着地した。
「痛って!」
「痛ったぁ!!」
荻野は臀部を綾瀬は腕を摩りながら、しばらく地面に突っ伏す。
「空の旅は、どうでしたか?」
「金返して欲しい・・・・・・」
綾瀬はカバンの中身を確認した後、安堵した。
「よかった。パソコン生きてる・・・・・・」
「そりゃよかった」
「なんでこんな事したの? いやホントに。参加を断った事に対する当てつけ?」
「いや。ただ。目の前で能力使うとこ見せたら少しは気が変わるかと思ってよ。俺が初めて能力を見た時、そうだったからな」
「ますます参加する気が失せたよ。はぁ。最悪の一日だ」
呆然と二人はその場に座り込んでいたが、ふと荻野がある事に気づいた。




