1章-28
*
「てか、いないじゃん」
午前十時、何日振りかの早起きをした御影は練習場へと足を運んでいた。
昨日聞いた自分の能力についていち早く検証したかったからだ。そんなはやる気持ちを胸に秘め、練習場へと訪れた彼女だったが肝心の溝畑の姿はそこには無かった。
「おい!! 昨日ああ言ったから来てやったのに!!」
悪態を吐きながら、しかし帰る気も起きず御影は練習の準備をするため倉庫へと向かう。
列を成すマネキンの内の一つを担ぎ、戻ってくるとそこには見知った顔がいた。
「なんだお前か」
大欠伸をしながら、彼は軽く手を振る。
「うわっ!! びっくりした。え? いつ来た?」
「ついさっき。・・・・・・随分早いな。悪夢でも見て目が覚めたのか?」
「昨日の事が気になって寝れなかった」
「子供か」
溝畑は倉庫からプロテクターを二着持ってくると、そのうちに一つを御影に投げてよこす。
「やるぞ」
「・・・・・・よし」
御影の右手に小型の機械が現れる。ブレスレットのようにそれは手首に巻きつき、彼女は左手でカードを構えた。
「昨日言った通り、そのカードの能力はお前が決めろ。正確にイメージしてから使え」
「分かった」
御影はまじまじと手に持つカードを見つめた。穴が空きそうなほどにそれを睨みつける。人型が手から何かを放つイラスト。少なくとも彼女にはそれが何かを受け止める絵ではなく何かを放つ絵に見えた。
火、水、氷、石、雪玉。カードから連想できる単語が次々と浮かび上がっては消えていく。それと同時に次から次へとまた新しいインスピレーションが浮かんでくる。
野球ボール、矢、レーザー、鞭。そのうちカードのイラストとは似ても似つかないものまで頭に浮かぶようになり、御影はその場に座り込んだ。
「頭がショートする! ・・・・・・というか一つに絞るなんて無理に決まってんじゃん」
「そうか」
溝畑は興味がないと言わんばかりの軽口で返す。
その態度に苛ついた御影はわざとらしく呟く。
「あーあ。もう対抗戦でるのやめようかなぁ! 誰かさんが助けてくれるって言ったから来たのに。・・・・・・帰ってゲームしよ」
御影は大股で練習場の扉へと歩いていく。その最中何度も溝畑の方に一瞥をくれたが彼は反応もせず、瞼を腕で擦るとうたた寝を始める。
「本当に帰るぞ!? いいの!? 帰っても」
「まだ五分も経っていないのにすぐ諦める奴を引き止めても意味無いだろ」
御影の神経を逆撫でするような辛辣な言い分に、彼女は強い憤りを覚えた。だったら望み通り帰ってやる、そう息巻いて扉に手をかけようとした時だ。
「頭の中だけで考えてショートするなら、他の物も使えばいい。ホワイトボードに頭に浮かんだ物を全部書き出すとかな。それで候補を挙げて精査して一番イメージしやすい物を選べばいい。
ただ。ここでいうイメージしやすいは最も最初に頭に浮かぶという事を意味しない。大事なのは独立している事。『雪玉』には『雪』や『氷』のような同じく能力の候補になりそうな単語が付随している。これだとイメージがグチャグチャになって上手く能力が発動しない。
必要なのは、ある程度すばやくイメージ出来て、尚且つ他に引っ張られずにその一つだけをハッキリと具体的に想像出来る物だ。まぁ。とりあえず、そのボードにひたすらそのカード見て思いついた物を書けばいいんじゃないか? それやったら帰っていいぞ」
ひとしきり言い終わると溝畑はその場で横になり、硬い床の上で眠り始めた。
取り残された御影は自分の持っているカードと溝畑とを交互に見た後、踵を返しホワイトボードに向かう。
カードを見て連想する物をひたすら書いていく。始めは真っ白だったボードは見る見るうちに黒く染まっていく。スペースが足りず徐々に小さくなっていく文字は次第にホワイトボード全体を埋め尽くし、まるで蟻の大群が砂糖に群がっているようだった。
「・・・・・・こんなもんかな」
「出来たか。・・・・・・お前バカだろ」
「喧嘩売ってる?」
「ああ。お前これ最後の方はそれっぽい単語を無理やり頭から捻り出して書いただろ。そうじゃなくて、パッと浮かんだものだけ書けばいい。地球とかすぐ浮かぶわけないだろ」
ホワイトボードの右下を指差しながら溝畑が諭すように言う。
「これから候補を絞っていくのに何時間かかるんだ」
「説明が足りなかったんじゃない?」
挑発する御影に一瞥もくれず、溝畑はいくつかの単語を消していく。
「三十くらいまで減らす。それで一番上から順番に試していく。まぁ夜までには終わるだろ」
「いやいや勝手に消すなって! 私がやるから」
ボードの整理を終えると、早速二人は検証に入る。
「・・・・・・何やってるの?」
御影は目の前で仁王立ちする溝畑に疑問を浮かべる。彼はプロテクターをつけ、不適な笑みを浮かべ答える。
「対抗戦想定で人にぶつけた方がいい。ダメージ量も同時に検証できる。最適な能力を見つけろ」
それに、と溝畑は付け加える。
「いくらセーフティーが効いているとはいえ生身の人間に能力を使うのは少し怖いはずだ。だから今のうちに慣れておけ。オレをサンドバック代わりにしろ」
「ごめん。最初会った時全くそんなこと考えずに能力使ってた」
「いらない配慮だったな。よし。じゃあ撃ってみろ」
「分かった」
御影はカードを手に取り、手から放つ物をイメージして機械にカードを通す。
薄い青の光が御影を包み、彼女は右手を前にかざす。
「行くぞ!! ふんっ!!」
手からオレンジ色の、煙のようなものが放たれた。しかしそれはすぐに経ち消え溝畑まで到達する事は無かった。
「あれ?」
御影は気の抜けた声と共に首を傾げた。溝畑は表情を変えず、御影に問う。
「今は何を出そうとした?」
「火」
「屁だったな」
「おい!」
「具体性が足らなかったな。だから薄かったし、途中で消えてしまった」
「イメージはしたけど、うーん。ダメか」
「そもそも火は向いてないな。というより物体じゃないものは難しい。特に火や水のような流動的に形が変わるものはイメージしづらい。特徴もなく全部均一だしな」
そう言いながら、溝畑はボードに書かれた『火』の隣にバツ印を付ける。
「なら次。行くぞ!」
「待て。その前に言う事が」
不満そうな御影をよそに溝畑はマイペースに話を進める。




