1章-26
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「まぁそんな事があったわけだ」
「えっと。つまり学恋の能力は瞬間移動だけじゃなくてもっと別の、能力が付随してるって事?」
御影の言葉に荻野は大きく首を縦に振る。
「溝畑、何か分かる事あるか?」
「まぁ。そういう事もあるだろ」
溝畑は大きく欠伸をすると、立ち上がる。
「眠いから帰っていいか?」
「いや待て待て待て。気にならねぇのかよ。学恋さんの能力の正体が」
「そもそも能力ってのは一単語、ワンフレーズで説明できるような代物じゃない。基本的に能力は複数の動作、作用が絡み合って出来ている。そしてそれらは無数に存在する」
「・・・・・・もっとこう分かりやすく言えって。意味がわからない」
御影を筆頭に他三人は頭に疑問符を浮かべている。
「瞬間移動能力を持つ人間は複数いる。それも大勢。だが全く同一の能力を持つ者は一人もいない。同じ系統の能力でも違う特徴を持っている。
どんな条件で、どんな準備が必要で、どんな挙動をするのか。それは能力の系統が同じであったとしても千差万別だ。つまり」
「つまり私の能力もただの瞬間移動で片付けられるものではなくもっと複雑なものだと、そういう事ですか?」
「その通り。分かりやすい瞬間移動だけが表に出ていただけで隠れている部分がさっき露呈した。そしてそれはおおよそ想像がつく。話を聞く限り、メカニズムは定かじゃないが、おそらくお前は運動エネルギーを移動させる事が出来る」
「運動エネルギー?」
学恋は困惑した様子で首を傾げた。溝畑はホワイトボードを持ってくると、ペンを握り線を引き始めた。
「止まっている状態の時、発生しているエネルギーは何もない。だから瞬間移動してもフラつくか着地に失敗するだけで、他に挙動は起きない」
だが、と溝畑は書き込んだ棒人間に矢印を引く。
「走る時、もしくは落ちる時でもいい。この時当然進行方向に進むためのエネルギーが生まれる。時速何キロのスピードって言うだろ。
で、じゃあここからが本題だが、走っている最中に瞬間移動したら、このエネルギーは着地時には消えてゼロになるのか? だとしたら話が分かりやすくていいが、実際は違った。
着地後お前は前に吹き飛んだ。慣性が働いたからだ。慣性が働くって事は能力発動前の運動エネルギーが残って、着地後硬直していたお前を押し出したんだ。この事から推測できる事はお前は身体だけじゃなく自分に働く運動エネルギーまで一緒に移動させているって事だ」
「全く分かんねぇ・・・・・・」
荻野はお手上げといった様子だったが、学恋はそれとは裏腹に何かヒントを掴んだようなハッとした表情を浮かべた。
「理屈は分かったんですけど、いくら慣性が働いたとはいっても扉を破壊するほど力が出るとは思えないんですけど」
学恋は風通しの良くなった扉口を指差しながら呟いた。
「そこまで分かるわけないだろ。オレが断言できるとはこれだけだ。後はお前で調べろ」
「あ。逃げた」
御影の挑発を意にも介さず、溝畑は帰り支度を始める。
「もういい時間だなそういや。じゃあ俺は帰るとすっか。ああそうだ」
荻野は未だ煮え切らない様子の学恋を見つめた。
「どうするか、決まった?」
「・・・・・・能力を失う覚悟はしていたつもりだったんですけど、こうして自分が知らなかった世界を見せられると、惜しくなってしまうものなんですね。
私、強くないですが、必要であれば協力します」
「長い」
「同感。一言でいいじゃん」
「出ます!!」
一際大きな声で学恋は叫んだ。
「よっしゃ! これで四人目だ。後一人。現実的なところまで来たんじゃねぇか?」
「後一人なら、なんとかなりそうかも?」
「その一人、必ず見つけろ。もう対抗戦まで日がない。それとお前ら、明日から学校には行くな」
「え? ちょっとそれどういう」
「まぁ、それしかねぇわな」
「私は元から行ってないからいいけど」
慌てふためく学恋をよそに二人は大きく頷く。
「え? え!? バカなんですか?」
「バカはお前だ」
溝畑は嗜めるような口調で念押しする。
「対抗戦で勝てなきゃ破滅だ。最も優先すべき事は対抗戦で勝つ事だ。そのために必要なのは教室で紙と睨めっこする事じゃない。時間をあるだけ注ぎ込んで強くなる事だ。
悠長に勉強なんてしている時間は無い。それに、お前らは十分楽しただろ? ここが正念場だ。能力者としていられるか一般人として普通に戻るかのな」
「それは、分かりますけど・・・・・・。メンバー集めするならそれこそ六堂生を捕まえないと」
「それは逆だ。今も律儀に通ってるやつは一言で言うと諦めた奴、だ。後ろ向きだがあいつらは普通の人間として生きる事に決めたんだ。
だから説得しても意味がない。というより本気で勝つ気のある奴がいない。むしろ勧誘すべきなのは学校には来ていないが何をするでもなく宙に浮いている奴。こいつのようにな」
溝畑は御影を差した。彼女は何か言いたげな視線を向けていたが、言うだけ無駄だと悟ったのか帰り支度に気を戻す。
「一理ありますけど、私委員長ですし。一応体裁は保っておかないと」
「オレの話聞いてたか? いや、なら丁度いい。一つ頼まれてくれ」
「頼みですか?」
「これ本人に返しといてくれ」
溝畑は六堂学園の生徒手帳を手渡す。
「なんですかこれ」
「今日拾ったんだが渡す前にトンズラこかれてな。屋上に日中いるらしいから返しといてくれ」
「え? え? いや事務室に渡せば・・・・・・」
「五人目だ。そいつが」
「五人目? メンバーの話ですか?」
「なんだ。もう見つけたのか? 話が早くて助かるぜ」
学恋は申し訳なさそうに手帳を開き、持ち主を確認する。その名前に見覚えは無かった。
「明日も一応登校はするんだろ? 昼休みでも放課後でもいいから渡してくれ。それと、なんとかして引っ張ってこい。ちなみにオレは拒否された」
「じゃあ私じゃダメなんじゃ・・・・・・」
「頼んだぞ」
溝畑の短い一言は、学恋に反論の余地を与えなかった。渋々生徒手帳を鞄にしまう学恋をよそに御影はハッとした様子で口を開く。
「私の能力を検証してくれるって話は?」
「明日でいいだろ。一日中ここにいるから好きな時間に来ればいい。その時に色々教える」
「分かった。じゃあ私も帰る。もう夜だし」
時計を確認する一同。時刻は夜七時を過ぎたところだ。
「今日は解散すっか。んでまた明日。練習しようぜ」
月明かりの元で、四人は決意を固める。少しの期待と大きな不安を胸に、それぞれは帰路についた。




