1章-22
ガコン、と小気味のいい音を聞いた後、学恋は手を伸ばす。
ペットボトルの蓋を開けると、しばらく空を眺める。いつもの暗い夜空とは違い、まだ日が出ている。
不思議な感覚だった。いつも一人で練習して、一人で失敗する。そんな変化も成長もない毎日を送っていた。
アリバイ作りのために毎日夜な夜な練習場に忍び込んでは、気分を悪くして帰るだけの日々。
しかし今日は、違う。いつものような無力感と閉塞感を感じない。普段と違う時間に、普段と違う練習。そして何より独りじゃない。
それがなによりも不思議で、浮遊感に包まれていた。学恋は一気にペットボトルを傾け、喉を潤す。
余り長居したくはなかった。下校中の生徒に見られたく無かったからだ。学恋は駆け足で練習場へと引き返す。扉を開くと同時に声が耳に届く。
「痛ってえええええ!!」
中央の床で荻野が腰をさすりながらのたうち回っている。
「え? ちょっと! 大丈夫ですか? 一体なにが?」
「落ちた。ああ・・・・・・」
荻野はうつ伏せになったまま学恋にジェスチャーする。
「落ちたって・・・・・・。なにしたんですか?」
「風に乗ってた。途中までは上手くいってたんだがなぁ」
彼の右手には小さな竜巻がガサツな渦を巻いていた。
「制御が出来ないから、不安定になって。全部飛び散る」
その姿を見て、学恋は少しだけホッとした。自分と同じように不完全な能力者を身近に感じて、安心したのだ。
「ずっと聞きたかったんですけど、いいですか?」
「ああ。なんだ?」
「不安にならないんですか? 自分の能力のこととか、将来の事とか」
「なんだ? カウンセリングか?」
荻野は苦笑する。その態度に少し苛立ち、強い口調で学恋は続ける。
「六堂学園に通う生徒の中で貴方だけが、まだ動いてる。他の生徒が不安に蝕まれ、歩みを止めている中で貴方だけが進んでいる。今だって対抗戦に勝つために色々行動して。どうして、そこまで動けるんですか?」
「動いてる、か。的確な表現だな。つうかよ。学恋さんだって、俺と同じだろ?」
「え?」
「夜遅くに練習、やってたんだろ?」
「ええ。でもそれは・・・・・・。外面だけの単なる逃げで」
荻野は身体を起こすと胡座をかいて真っ直ぐに学恋に視線を合わせた。
「夜遅くに忍び込んで練習してたのは、体裁を取り繕って自分を納得させるため、だけじゃないだろ? だったら毎回毎回辛い思いしてまで練習するなんて出来っこない。
結局本当のところは俺達変わらねぇんだよ。まだ、自分の能力の可能性を捨ててない。まだ自分に何か偉業が成せると考えてる」
「・・・・・・そうかもしれないですね」
「ま。でも、辛い事はあった。ここに来てずっと一人で練習してると不安になるし、病んでくるし、死にたくもなる」
言葉の内容とは裏腹に彼の声色は穏やかだ。
「でもいい事も、最近あった。俺と一緒に戦ってくれる仲間が二人できた。学恋さんも入れて三人になればいいと思ってる。だから、ちょっと執拗に関わってしまってな。悪い」
荻野はそう言って学恋に笑いかけた。その姿が彼女の目にはとても眩しく映えた。
学恋は小さく拳を握ると意を決したかのように勢いよく立ち上がった。
「ここ、今からまた、使ってもいいですか?」
荻野は少し驚いた表情を見せた後小さく笑った。
「おう。じゃあまた大人しく」
「いえ。協力してください。今度は目印を人にしてやってみたいんです。そこに立ってもらえますか?」
「え? ・・・・・・いや。分かった」
目標地点を見定め、再び能力を発動した。
「じゃあ・・・・・・飛びます!」




