1章-21
「発想を逆転させる。学恋。これからお前に一回瞬間移動してもらう。ただし、大まかに着地点を作るのではなくもっと正確に、ピンポイントで飛んでもらう。例えば」
溝畑はパイプ椅子に深く腰掛け、続ける。
「イメージは今のオレの状態だ。パイプ椅子に着席する事を考えて、飛ぶ。少しでもズレると座れない。だから、正確に思い浮かべる必要がある」
「いや。え? 無理ですよ。そんな、針の穴に糸を通すような事出来るわけないじゃないですか」
学恋は狼狽の表情を隠せずにいた。
「その通りだ。だから初めは、この椅子付近に飛ぶ。ここで大事な事は位置だけは明確に決めておく事。椅子の左に飛ぶか、右に飛ぶか。そして飛んだ後は、すぐに椅子の方に視線を向けること。基準となった目印を見つけて自分の位置を把握する」
「それなら。 いやでも・・・・・・」
そう言って学恋は申し訳なさそうに周囲を見回す。失敗した時の醜態を周りに見られたくない、そんな気持ちが滲み出ていた。
「ああ。オレ達がいるとやりにくいか。なら、出ていこう」
「え? ちょっと!! 私まだやるとは・・・・・・」
「教える事は教えた。後はお前次第だ。ああそうだ。別にやりたくないなら自由に出ていっても構わない。他にもっといい方法があると思うなら、わざわざオレの言うことを聞く必要もないしな」
溝畑と御影は軽く手を振ると、姿を消した。
一人取り残された学恋はしばらく呆然とパイプ椅子を見つめていたが、近くに落ちていたペンを拾うと椅子のすぐ左隣に小さく円を描く。
少しだけ離れ、しっかりと円を見つめる。
呼吸を落ち着かせ、能力を発動する。
体が引っ張られるような感覚と共に視界が暗転する。グラリと歪む視界を抜けた先で、学恋は言われた通りに真っ先に右に目をやる。
パイプ椅子を確認すると、スッと意識がクリアになる。
失敗した時のような倦怠感や気分の悪さは感じない。上手く飛べたようだ。
「ここで練習した時はほとんど上手くいかなかったのに」
「なんだ。ちゃんと出来てんじゃねぇか」
「うわぁ!! なんで戻ってきたんですか?」
学恋は怪訝な目で荻野を見つめた。
「よくよく考えたら、人が必要だなって。学恋さんが帰った後は俺達がここ使うし、いつ帰ったのか分からないんじゃ不便だしな。俺学恋さんの連絡先も知らないし」
それに、と荻野は付け加える。
「万が一動けなくなるほどの酷い状態になったら、誰かいないとまずいだろ? ずっと放置されて死ぬ、みたいな事は流石にないだろうが」
「で、来たのが貴方ですか?」
「俺は一回学恋さんが失敗したの見てるから、他の二人に見られるよりマシかと思ってな。大丈夫だ。俺は別に気にしないし」
「いや。私が凄い気にするんですけど」
「やっぱり、そうだよな」
「まぁ。さっきは上手くいきましたし。お願いですから気を削ぐようなことしないで下さい。大声を上げるとか」
「ああ。角で大人しくしてるよ」
学恋は再び練習を再開する。二度三度、今度は着地点を変えながらパイプ椅子の周囲を飛び回る。
忘れる事なく、飛んだらすぐにパイプ椅子の方に目を向ける。
回数をこなすにつれ、視界のグラつきも緩和されてきた。
しかし、それと引き換えに回数を重ねるごとに長距離を走ったような疲れと息苦しさが増していく。
「ちょっと休憩します。飲み物買いに行って来ますけど、何かいりますか?」
「いやいい。使わないんだったらその間ここ使ってもいいか? 多少物は動かすつもりだが」
学恋は頷くと、その場を離れた。




