1章-17
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学恋雛乃は総合運動都市を中心に展開するファッションブランド、学恋財閥の次女である。
姉も能力者であり、二人は早いうちから財閥の牽引するリーダーとしての成長を期待され、あらゆる習い事や社会の歩き方を学んだ。
しかしいつも出来が良いのは姉の方だった。特に能力者としての才能は顕著に差があり、姉が人並み以上のパフォーマンスを持つのに対し、雛乃はお世辞にも能力の扱いに長けているとは言えなかった。
瞬間移動という能力は名前だけ見れば随分と使い勝手の良い力のように見える。が、実際は手綱を持つことすら難しい暴れ馬に等しかった。
初めて能力を使った場所は自室だった。部屋の隅から隅まで移動する。視界が暗転する感覚と共に地面が揺れた。気がつくと対角線上にテレポートしており、雛乃は興奮と恐怖を同時に覚えた。
当初は体調不良の症状はほとんど出なかった。暗雲が立ち込めるようになったのは学園で定期的に開かれる記録会での事だった。
学園では三ヶ月に一度、記録会と呼ばれる生徒達の練度がどれほどの物であるかをチェックするテストが行われる。
その結果いかんによっては他の学園への昇格、降格が言い渡されることもある。そこで雛乃は大恥をかくこととなった。
場所は練習場だった。各生徒に応じて安全確保用のマットや、相手となるマネキンなどのオブジェクトが設置される。
雛乃の場合はテストに相手が必要なかったためマットのみが床に敷かれていた。
いつものように、いつも通りに雛乃は瞬間移動を使った。異変はすぐに起きた。元の位置から数メートル程離れた位置に倒れ込むように移動した雛乃は脂汗をかきながら口元を抑える。
気分が悪い。まるで回転椅子に座らされて何十回も回されたような不快感。必死に堪えようとしても、濁流のように押し寄せる嘔吐感に耐えることが出来なかった。
事の顛末を語るのは簡単だ。彼女は能力の練度不足とみなされ、六堂学園へと転入した。
それ以来、人前で能力を使う事が一切出来なくなった。
幸いにも六堂の練習場は夕方は一人の生徒が使っていたが、夜は自由に一人きりで練習する事ができた。
それでも、あの忌々しい副作用を克服する手段はなくただ時間を浪費するうちに、学園の廃校が決まった。
そんな不遇の人生を送る雛乃の頭の中には昨日、クラスメイトに言われた言葉が耳に残っていた。
「・・・・・・行ってみるべき、なんでしょうか」
放課後、黒板消しを持ったまま雛乃は一人ごちた。
窓から差す夕焼けがやけに眩しく、思わず目を細める。
しばらくボーッとしていたが、ポケットに仕舞い込んだスマートフォンのバイブレーションにハッと意識が戻る。
「はいお父様。雛乃です」
相手は父だった。
「ああ雛乃。前少し話した縁談の件だが、来月辺りに決まりそうだ。候補は何人かいるからお前が決めるといい」
低い声が、雛乃の鼓膜を押しつぶすかのように重くのしかかる。雛乃の抱えている問題は自らの能力によるものだけではなかった。
「はい。分かりました。はい。では近いうちに帰ります」
出来るだけ早く会話を済ませたかった。事務的な返事を続けていたが、終わり際のある言葉が強く胸に響いた。
「諦めるのも、一つの道だ。お前が能力者として一人前になりこの家を導く。そうなることを期待してはいたが、志保のようにはいかないものだな」
落胆のこもったその言葉に、雛乃は言葉を詰まらせた。
通話を切ると、雛乃は一つ大きなため息を吐いた。




