1章-13
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溝畑は居心地の悪さを感じていた。他の生徒からの視線が煩わしく、とても授業に集中することなど出来ない。
教室は空席が目立ち、真面目に登校している生徒は半分ほどしかいない。今日は補習の日だったか、そう錯覚してしまう。
そんな状況で教師がまともに授業をするわけもなく授業は朝から自習続きだった。魂の抜けた人形のように皆無気力に頬杖をついている。
「ケッ」
それゆえ、場の空気に嫌気が刺した溝畑が席を立ったところで叱責するものなどいない。廊下をゆっくりと足取りで通り抜け、階段を登る。
特に当てはなかった。ただ、どこか静かで落ち着ける場所が必要だった。
気がつくと屋上へと続く扉に手をかけていた。昨今屋上が開放されている学校は珍しい。しかし、溝畑が手をかけると扉は彼を誘うようにスッと開いた。
陰鬱として空気を振り払うような心地よい微風が頬を撫でる。屋上は思っていたよりも綺麗で寝ることすら容易に見える。
溝畑が入ると同時に先客が振り向いた。
暗い藍色の髪が特徴的な男子生徒。彼は溝畑の姿に一瞥をくれると再び視線を戻した。彼の目線は何を捉えるでもなくただ漠然と空を写している。
歓迎、という雰囲気では無く、むしろ招かれざる客に早く出ていけと警告しているようだった。
しかし、溝畑はズカズカと中に押し入ると、上着を下に敷き大の字で倒れ込んだ。
二人の間に緊張にも似た気まずい空気が充満する。
しばらく押し黙っていると、男子生徒は胸ポケットからおよそ彼には似合わないものを取り出した。思わず溝畑が口を挟む。
「おいおい。こっち風下なんだよ。吸うならそっち行け」
彼はピクリ、と眉を動かしながら持っていたタバコのケースの封を切る。能力者の世界においても未成年の喫煙は立派な犯罪だ。とはいえ溝畑に彼を止める気はさらさら無かった。
彼はライターを使うこともなく、右手を開く。すると小さな破裂音にも似た音とともに手の上にゴルフボールほどの大きさの炎が灯った。
溝畑は一瞬目を奪われた。ゆらめく炎は綺麗な丸型を保ったまま吹き込む微風の中でも崩れる気配はない。炎の扱いに長けている証拠だ。
青い髪をかきあげながら、彼は器用にタバコに火をつけると、その煙をまじまじと凝視する。
やがて彼は持っていたタバコを床に放り投げると、残っていた物もケースごと投げ捨て火をつけた。小さな炎は未成年に相応しくないその嗜好品を跡形も無く燃やし尽くしていく。
その様子を見ていた溝畑が声をかけた。
「炎を使う能力者なのか?」
「・・・・・・誰だよ。お前」
中性的な声で、青髪の青年は答えた。
寝不足なのだろうか、目は二重で酷く疲れているように見える。長くも無く短くも無い半端な長さの髪は所々色が落ち、地毛の黒色が見えている。
「溝畑才志だ。お前は?」
「・・・・・・夜凪怜央」
夜凪と名乗った青年は小さく吐き捨てると、話は済んだとばかりに溝畑から視線を逸らした。
世間話をしていても心象を悪くする一方だ、と溝畑はひとりごちるとすぐに本題に移った。
「対抗戦に参加するメンバーを募ってる。後最低でも二人必要だ。出る気は?」
溝畑は脚色することなく事実だけを伝えた。夜凪は小さくため息を吐くと一言だけ答えた。
「断る」
「理由を聞いても?」
「チーム戦なら出ない。俺一人勝ったところで勝敗が他人の結果に委ねられるなんて、馬鹿らしい」
「・・・・・・ふぅん」
溝畑はニヤリと大きく笑みを浮かべた。
「まるで自分は絶対に勝てるって言い方だな。自信過剰なのか、馬鹿なのか」
直後、一本の熱線が溝畑の頬を掠めた。涼しかった空気が一変し摩擦したような焦げ臭い臭いが鼻に付く。
「試してみるか?」
夜凪は溝畑を睨みつけながら呟く。
「・・・・・・どうぞご勝手に」
溝畑はあっけらかんとした表情を崩す事なく言い返す。夜凪は手を下ろすとまた視線を逸らす。
「用は済んだか? ならこの話は終わりだ。出ていけ」
「ここはお前の領地か?」
「ならいい」
そう言って夜凪は屋上から出ていく。
残された溝畑は彼のいた付近に何か落ちているのに気がついた。拾い上げるとそれは生徒手帳のようだった。
「おい。落としたぞ」
夜凪の足音は遠くなり、やがて辺りは静寂に包まれた。
溝畑は生徒手帳をポケットにしまうと、結局放課後まで寝過ごす事となった。




