1章-12
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静かな一室にペンを走らせる音が聞こえる。机のライトに照らされた紙切れには僅かばかりの文字が書かれている。
荻野は数十分紙片と向き合いながら頭を悩ませていたが、進捗はイマイチだった。
自分の能力を客観視して評価する機会は今まで無かった。それゆえ彼は自分に何が出来て、何が出来ないのか。能力の特性を把握する事が出来ずにいた。
漫画やアニメのように能力者は自分の能力を手足のように完璧にコントロールする事ができる、そんな考えが幻想だと思い知らされたのは入学した後の事だった。
どんなに頑張ってみても上手くいかない。他の生徒と比べても出来の悪い自分に嫌気が刺し、どんどん自信がなくなっていった。
今、崖っぷちに追い込まれているにもかかわらず、まだ自分の進むべき道を見つけられずにいる。
「うぅああ!! あぁ!!!!」
荻野は奇声をあげながら紙片をクシャクシャに丸め、ゴミ箱に放り投げると上着を羽織り、部屋を飛び出した。
外は薄暗く、街灯の灯りが随分と暖かく感じられる。
荻野は特に当てもなく歩き始める。肌を刺す涼しい風に触発され、荻野はその両手に二つの風を塊を作り出す。
歪な形のそれらをジャグリングするかのように交互に放り投げ、逆の手でキャッチする。
何回か繰り返していると、風の形は崩れ散り散りになって消えていく。
「はぁ・・・・・・」
作り出した風を維持する訓練として、ずっと前から続けているが綺麗な風の塊を作ることも、保つ事も、これまで一度も成し遂げられていない。
廃校を告げられ、ようやく目の前の現実と向き合う事が出来た。と同時に今まで自分がどれだけ無為に時間を過ごしていたかに気づき愕然とした。
気がついた時にはもうすぐ傍に、破滅の足音が近づいてきていた。今自分に出来ることは最後まで足掻き続ける事だけだ。
知らず知らずのうちに練習場の方角へ足を向けていた。
街灯の灯りと混じって、より一層明るい光が扉から漏れている。
「ん? 誰か、いるのか」
荻野は扉に手をかけ、勢いよく開いた。
中にいるかもしれない人に配慮しなかったのは、半ば自暴自棄になっていたせいかもしれない。
練習場に入るとすぐに一人の女子生徒と目があった。少し乱れているとはいえその綺麗な黒髪には見覚えがあった。
「あれ? 学恋さんじゃん」
その生徒は驚きの表情を浮かべた。直後、女子生徒は姿を消した。
「え!?」
荻野が素っ頓狂な声をあげたのも束の間、彼女はさっきまでいた位置から数メートル離れた所に再び現れ、そして。
「うっぷ・・・・・・うえええええええ」
「うわあああああああああ!! どうしたんだよ一体!?」
口を押さえながらしゃがみ込む彼女に駆け寄ると、荻野はその背中を摩りながら申し訳なさそうに呟いた。
「とりあえずティッシュ!! ・・・・・・あった。これ使えこれ」
学恋は小さく頷き、ティッシュを受け取るとその場から一目散に離れていく。
しばらくすると心底バツが悪そうな様子で学恋が戻ってきた。
「すみません。この時間に人が来るなんて思わなくて、ビックリしました」
さっきの一件もあり、自然と視線が口に向かってしまう。そんな自分を抑え込みながら荻野は答えた。
「いや、悪ぃ。まさか学恋さんだったなんてな。ここで何してたんだ?」
荻野が言うと、学恋は口篭ってしまった。
「言えないようなことか・・・・・・。犯罪!?」
「違います!! 練習してたんですよ」
「ああ。練習か? ・・・・・・練習? 学恋さん対抗戦出るのか?」
「いえ。そうではなくて、上手く使えないんです。さっきの顛末を見たでしょう。私の能力は端的に言うとテレポーテーション、瞬間移動・・・・・・なんですけど」
「瞬間移動!? 瞬間移動ってあれか? あのピュンピュンピュンピュン飛びまくるあれだろ!? すげえな」
荻野のリアクションとは裏腹に学恋は小さく笑うと
「ただ、少しでも集中が切れたり気が散ったりすると着地点がブレてしまって、気分が悪くなって吐いたり気絶したり耳鳴りがしたり、とても使い物になっていないのが現状です」
「ああ・・・・・・。俺のせいで気が散ったのか。悪い」
「いえ。いつもの事なんです。全然上手く飛べなくて、もっと漫画みたいに自由自在にどこでも行けると思っていたんですけど」
「ああ。そうだよな。俺も同じだよ。なんでこんなにも上手くいかないんだろうな・・・・・・」
冷たい隙間風が二人を包んだ。
しばらく呆然としていた荻野だったが、学恋の言葉にハッと我に帰る。
「メンバー集めの進捗は、どうですか?」
「え? ああ。一人見つかったよ。後二人だ」
「そうですか・・・・・・。よかったです」
その発言とは裏腹に彼女の顔色は優れない。何か思い詰めたような面持ちで床を見つめるばかりだ。
居心地が悪くなり荻野は立ち上がる。ここに長居すると気が滅入りそうだった。
「俺、もう帰るよ。今日は本当に、悪かった」
「いえ。気にしないでください」
「・・・・・・俺、いつも放課後ここで練習してるんだ。よかったら一緒にやらないか? ああ。でもそっか。さっきみたいな事になるから一人でやってるんだったな」
「嬉しいですけど、遠慮しておきます。それに、多分練習したところでこの症状は治らないと思うので。先生にも聞いたりしたんですけど、まるで頼りになりませんでした」
その言葉を聞いて荻野の脳裏にはある人物が浮かんだ。
彼ならばなにか画期的な一手を打ち出してくれるかもしれない。
「さっきみたいな事にならなければ、学恋さんは対抗戦に出てくれるか?」
「え? ・・・・・・まぁ。私も廃校なんてごめんですから」
「そっか。分かった。まぁ。気が向いたら来てくれ」
「ええ」
そういって荻野は練習場を後にした。




