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落雪の中の白い薔薇

作者: 湖瑠木 梛

 真っ青な空。そこに大きな入道雲が一つ浮かんでいる。これほど夏を感じることのできる景色はないだろうと思いスマホを取り出し写真を一枚撮ってみる。その写真に人が一人写り込んでしまったが、それも景色の一部だと考えるとなかなか綺麗に撮れているのではないだろうかと思えた。波止場をゆっくり歩きながら時折吹く風を全身で受ける。それに乗せられた潮の香りがスッと鼻の中を通っていく。

 「今、私の写真撮ったでしょ。」

 前を歩いていた先輩が振り返って僕に言う。さっきの写真を思い出して僕は否定しようとするが彼女がいたずらっぽい笑顔を浮かべているのを見ると、わざと撮っていなくても「撮っていた。」と答えたくなってしまうのはどうしてだろうか。そんなことを思いながらも僕は否定する。

 「撮ってないですよ。」

 「そう?別にいいのに。」

先輩はなぜか少し拗ねたような態度をとってまた波止場の先まで歩みを進める。

 先まで着いたところで先輩は落下防止のために設けられた柵の上に座る。

「また落ちないで下さいよ。」

「大丈夫、大丈夫。」

人の心配をよそに先輩は体を乗せて周囲を見渡す。風が吹き、髪が少し揺れる。その姿は海からやってきた人魚のように美しく、僕は目を奪われてしまった。ただ座っているだけなのに、その一挙手一投足に僕は心を奪われていた。ボーっと立っている僕を先輩は不思議そうに見て「どうしたの?」と問いかける。僕のことを真っ直ぐ見つめる瞳耐えられず僕は咄嗟に目を逸らし勢いよく首を横に振る。  

自分が想いを寄せる人がすぐ近くにいる。

それだけで、僕は緊張して彼女のことをなかなか真っ直ぐに見ることが出来なかった。

そんな僕を察したのか、先輩は「ねぇねぇ。」と僕に声をかける。先輩の方へ視線を向けると、何かを思いついたのか新しいおもちゃをもらった子供のような笑顔を浮かべていた。 

嫌な予感がする。

僕の直感がそう告げていた。そしてその予感は見事に的中した。

「飛び込んでみてよ。」

「嫌です。」

先輩の提案を僕は即座に拒否した。それでも先輩は納得がいかないらしく、僕を説得しようとする。

「助けることはできないから、一緒になれるよ。」

「怖いこと言わないで下さいよ。」

「嫌?」

この人は本当にズルい。目を少し潤ませながら僕を見つめる先輩を見て僕は心の底からそう思った。 

ただ、それよりも少し前の恐怖を思い出してしまった僕は

「まだ、あの時のことを気にしてるんですから。」

少し語気が強くなってしまった。先輩は少し驚いた様子だった。それから少し何かを考えるように俯き、またすぐに顔を上げる。その表情は確かに笑顔だったが、どこかぎこちなさがあった。

「そっか、優しいんだね。」

そう言った先輩を見て、僕は心臓をギュッと握りつぶされそうになる。そしてあの時の光景が脳裏に浮かぶ。



あの日も今日と同じで夏らしい天気だった。僕は先輩に連れられて海に散歩に来ていた。その時も今と同じように先輩は柵の上に座って僕と話をしていた。ただその日は台風が近付いているということもあってか、風が少し強く吹いていた。しばらくすると、雲行きが怪しくなってきたので、その場から離れようとした時、大きく強い風が僕たちを襲う。その瞬間僕の視界から先輩が消えた。ゾッとした僕は慌てて海の方へ目を向ける。そこにはたしかに先輩の手と思えるものが必死にもがいていた。僕はすぐに助けないといけないと思った。が、波が高く自分には無理だと判断し、助けを呼びに向かう。

「先輩!すぐに助けを呼んできますから!」

 それだけ言って僕は走り出す。

しかし、海開き前ということもあり、周囲に人影はなく、ライフセーバーの姿も近くにはなかった。それでも助けを呼ぼうと僕は必死に走った。しかし助けを呼び、戻って来た時には波打ち際にマネキンのようになってしまった先輩の姿があるだけだった。僕はその場に崩れ落ち悲痛な声を上げるだけだった。


少し前の辛いことを思い出している僕を見て先輩は僕の頭にそっと手を乗せる。

「もう大丈夫だよ。私は元気だから。」

嘘偽りのない笑顔で先輩は言う。その表情を見て、僕は少し気が楽になった気がした。

「そんな悲しい顔してないで明るい話をしようよ。」

さっきとは打って変わって明るく愉快に先輩は言った。その言葉に僕は「そうですね。」と笑顔で答える。ただ、ちゃんと笑えているかは少し不安だった。

それからしばらくは他愛のない世間話が続いた。バイト先の上司の話だったり、学校の話。中には哲学の話なんかもあった。 

潮風を受けながら話す先輩の姿はやはりとても綺麗で、終始見せられる笑顔に僕は何度も引き込まれていた。先輩と話しているこの時間がこのままずっと続けばいいのに。そんなことをどうしても考えてしまう。

もっとあなたの声を聴いていたい。

もっとあなたのそばにいたい。

叶いもしない願いを強く願ってしまう。しかし、そんな願いが届くはずもなく、幸せな時間の終わりを告げるようにして閉園の放送が辺りに鳴り響く。

その放送を聞いた先輩はずっと体を浮かす。

「じゃあそろそろ帰ろっか。」

少し寂しそうな声で言う先輩に合わせるようにして僕も体をグッと伸ばす。

「そうですね。」

こゆっくりと前へ先輩は進んでいく。そんな先輩の背中を見て、このままどこか遠くへ行ってしまうのではないか・そんな気がした僕は咄嗟に声を上げる。

「先輩!あなたのことが好きです!」

「え?」

突然のことに先輩は呆気にとられその場に固まってしまった。それは僕も同じだった。ずっと思っていたことではあったが、不安からかつい言葉にしてしまった。そして、自分が言ってしまったことを理解するのに少し時間がかかってしまう。

お互いが突然のことに驚き固まり沈黙が生まれてしまう。それぞれが状況を理解し、言葉を発することが出来ないままただ時間が過ぎていく。

「いや、えっと、その、何ていうか。」

慌ててごまかそうとするも上手く言葉がまとまらず変になってしまう。そんなあたふたする僕を見て先輩は「ふふっ。」と微笑む。

「ありがとう。」

今まで見たことのない、明るい太陽のような笑顔で先輩はただ一言そう言った。そしてそのまま先輩は夕日に強く照らされる。突然の光に僕は目を逸らしてしまう。そしてもう一度先輩の方へ目を向けるとそこに先輩の姿はなかった。

「先輩?」

呼びかけるも返事が返ってくることも、姿を見せてくれることもなかった。


「ありがとう。」

その言葉の本当の意味を僕が理解することはなかった。


実話成分強め。あの日言葉にできなかった言葉。

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