赤ん坊の頃、貴族の娘でありながら侍女の子と取り替えられ、下町に捨てられ、パン屋の娘として育ったマリアが悪役令嬢と言われ、王太子に婚約破棄をされるまで。
「下町のお父さんとお母さんの家の前に捨てられていた私を二人が拾ってくれたのよね」
「捨てられたわけではないと思うよ、おまえは上等な産着を着ていたし、すぐわかるように私たちの家の前に置かれていたし」
私はパン屋の娘、マリア。子供のいないお父さんとお母さんが家の前に捨てられていた私を拾って育ってくれて15年、私は12の時、この事実を聞きました。
「何か理由があったのだと思うのだよ。だからねお前を迎えに来る人がいるかもしれない」
「私はもう15よ。お父さんとお母さんの娘よ!」
私はお父さんとお母さんの娘。そしてパン屋の後をつぐの、そう思っていたのです。
私とお父さんとお母さんは笑いあいました。パンが焼けたよというお父さんの声、お母さんとともにお店に出します。
私たちは幸せでした…でも。
「お貴族様の馬車が、馬車が!」
近所の人が騒ぐのを聞いて外に出ると、立派な馬車が家の前に止まり、そこから貴族とみられる男性たちが出てきました。
私を見て、なんとか様だ、間違いない、そしてんだろうユージェリ様と生き写しだ! と騒ぐのです。
「……あのお」
「失礼、あなたはマリアさん、こちらのパン屋の娘さんで間違いないか?」
「はい」
年齢はお父さんくらいの男の人が、私の名前を呼ぶのでうなずきました。
「私は、エルク・イーベルク伯爵だ。実はあなたが私の娘、ユージニア・イーベルクだということがわかり、あなたを迎えに来た」
「え?」
お父さんとお母さんが慌てて私に寄り添います。頭をぺこりと下げてエルクという男性は私の娘ユージニアは幼いころ誘拐されて、下町に捨てられたということを最近聞いて探していたというのです。
「詳しいお話は中でさせてもらってもいいだろうか?」
「ええ……」
エルクさんとそして数名の護衛とみられる男性たちがぞろぞろとついてきます。
私はどうして今頃? と思いながら、家の中に彼らを案内しました。
「私の妻ユージェリーのこれは肖像だ」
ぱちんとペンダントの中を彼が開くと、中には確かに私とよく似た顔立ちの女性がいました。
茶の髪と瞳をした私と色が違う以外はそっくりです。
しかし目の前の男性も金髪碧眼、これは貴族の色合いで……。
「よく似ている……」
「ユージニアは茶の髪と瞳をしていた、これはわが母、庶民であったミーティアの色彩を受け継いだのだ」
ユージニアという令嬢は、赤ん坊のころ誘拐されたのなら、どうしてすぐ探しに来てくれなかったのか? この話には続きがありました。
「まず、うちの侍女が父がわからぬ子を産んで、その子がユージニアと同じ年ごろで……我が妻が産褥で亡くなり、子を産んだところだという侍女に子守を頼んだのだ……」
エルクさんがいうところによると、その侍女が同じ髪と瞳の色をした己の子とユージニアさんを入れ替え、そしてユージニアさんを下町に捨てたと……。
「ユージニアと入れ替えられた娘が病で死んでな……侍女がすべてをその時告白して、自殺した。それですべてがわかったのだ」
エルクさん曰く、違和感を感じることはあったそうだ。自分たちのどちらにも似ていない娘。
だけども、取り換えられたなどとは夢にも思わなかったと。
「ユージニアがユージニアでなかった。それがわかって、私たちは慌てて下町を探して、15年前にこのパン屋の前に捨てられていた赤ん坊がいたということを突き止め」
「なるほど……」
お父さんが頷きます。
亡き奥さんのユージェリーさんとよく似ている娘というのが私で、そして私を引き取りたいとエルクさんが頭を下げました。
「頭を上げてください!」
「ユージニアを育ててくれて感謝する。しかし我が愛しい妻の忘れ形見のユージニアを私は……私は!」
「……」
私はいきなり私が父だといわれても、この人がお父さんだと思えないとぶんぶんと首を振ります。
お父さんとお母さんが、本当のお父さんがきてくれたんだよと泣きながら私を抱きしめました。
「お父さん、お母さん、私いや! いやよ!」
「この人はね、お前の本当のお父さんでね、探しに来てくれたんだよ。マリア、いやユージニア様、だからね」
「ユージニア様、あなたは……」
お父さんとお母さんが私を離して、エルクさんにどうぞ娘をよろしくお願いしますと頭を下げました。
いやだと叫んでも連れて行ってくださいと二人が言います。
「ユージニア……そうだ、我が館に少しの間でいい過ごしてくれないか? そうだ、少しでいい、それだけでいんだ」
少しの間だけならと頷くと、エルクさんは私の手を取りました。
「ユージニアが嫌だというのなら、お返しに上がります。ここまで育ててくださったあなた方のことを邪険にできませんし」
この約束は守られることはありませんでした。
二人はお願いしますと頭を下げます。
私は馬車に乗せられ、そしてエルクさんの館に連れていかれることになったのです。
「ここがユージニアの部屋だ、そして我が妻の……」
「私のお母さんの肖像ですね」
「お前によく似ているだろう」
エルクさんが笑います。確かに私とよく似た女の人の肖像が飾られていました。
私の名前で死んでいった女の子のことは愛していたとエルクさんは言います。
「いい子だった。あれも間違いなく我が娘……」
「……」
ドレスを着せられ、私は飾り立てられました。立派なアクセサリ、メイクに髪型。
たくさんの使用人たち。
私はでも家に帰りたいと思い続けていたのです。
「王太子殿下の婚約者としてふさわしい振る舞いをできるように……」
「いえ、私は家に!」
「あんな下町に帰ることは許さぬ!」
私は館に閉じ込められ、王太子の婚約者であったというユージニアとして生活することになってしまったのです。
どうも死んでしまった彼女の代わりとして引き取られたように感じます。
それも仕方ないことだとは思いますが。
私は家に帰りたかった。だからこそ、私はどうやったらここから出られるのか考えました。
家庭教師、マナー講師、見られるようにしてやってくれとエルクさんに言われ、寝る間もなく勉強、私は従順なふりをして一年が過ぎ……。
私は王太子の婚約者に選ばれました。
ユージニアがあまり人前に出ていなかったこともあり、私は死んだ令嬢と思われているようで……。
体が弱いと聞きましたが元気そうでなんて言われていました。
そして……。
「ユージニア、私の愛しいメアリをいじめた罪により、婚約破棄をして、辺境に追放する!」
「わかりました」
私は殿下の愛しいメアリさんをいじめた罪により婚約破棄されました。
殿下の心変わりは知っていましたから、わざといじめるふりをしていたのですが。
だってそうすれば私はお払い箱になれますもの。
私は父により家を追い出されました。家まで連座で所領を取り上げられたことに激怒した父という人、やはり下町育ちなどひきとるのではと最後怒鳴りましたわ。
ああ、やはり。
「ただいま、お父さん、お母さん!」
「お帰り、マリア」
「よく帰ってきてくれたね」
お父さんとお母さんの腕の中に私は飛び込みました。実は今回のことを何度か手紙で送っていたのです。
笑顔でただいまというと、お帰りと返してくれます。
だって私の帰る家はここ、お父さんとお母さんのところしかありません。
私は私を愛さない父に仕返しをしてあげたのです。
私の真実の家に帰ってこれましたわ。
私はずっと一緒に育った幼馴染と再会し、そのあと結婚しました。
子供もできてとても幸せです。
そしてもう一人の父というあの人は、罪を問われ失脚しましたのを風の噂に聞きました…。
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