生贄
生贄の娘が池に沈められた。
棺桶の中に入れられ、
蓮の葉の浮く池の真ん中を、
深く、深く沈んでいく。
それに納得しない若い男が一人。
娘を取り戻そうと、池に身を投げた。
池の中心を目指し、潜っていく。
呼吸ができない。呼吸が苦しい。
その間に男の脇腹にはエラが形作られていく。
呼吸が和らぐ。まだ泳げそうだ。あの娘のところまで。
しかし、人間を捨てれば捨てるほど元に戻れなくなる。進むしかない。
池の中心には透明な水が湛えられており、しかしそれはねっとりと入ったものを離さない淀みがあった。
男は棺桶を開ける。
果たしてそこには生前と同じ美しい娘の姿。
彼女を抱きかかえ、池の外まで泳ごうとする男。
しかし中心部からは離れられない。
彼女を抱えたままでは。
何者かの呪いか、この池の呪いか、生贄を再び地上に戻すこと叶わず。
男のエラはより大きくなり、足にはひれが付き始めた。
男は娘と離れる気はないらしい。
このまま池の底で悠久の時を過ごすことを選ぶように、男はそっと娘の頭を撫ぜると、その棺桶の横で動かなくなった。
目だけは細めて、彼女を優しげに見ていること以外は。