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もういい!私が悪役令嬢を幸せにする!  作者: ねむねむねむね
8/9

第八話 悶着

前回までのあらすじ


授業で作品を作ることになった

レッドベリルに薔薇をもらった

 二時間目は王国歴、三時間目は数式学、四時間目は共用語と座学を三連続でして、チャイムで終わると同時に昼食の時間だ。いつもこの昼食の時間が待ち遠しくて空いたお腹を抱えてチャイムが鳴るのを今か今かと待っているのだけれど、今日はあっという間に時間が過ぎ去った気がする。


「……見苦しくてよ。しゃんと歩きなさいな」

「え~? えへへ、すみません」


 レッドベリルに指摘されたけれど、私の髪にまだ咲いている薔薇のいい香りがする度に頬が緩んでしまう。彼女が私に薔薇をくれたというのがもう嬉しくて授業に身が入らなかった。ノートだけはちゃんととったけれど、あんまり記憶がない。

 学生として不真面目ですわ、とか怒られそうな体たらくだけど仕方がない。だってこんなに素敵なプレゼントを貰えるだなんて思っていなかったし。食堂への廊下を並んで歩きながら、私はレッドベリルを見る。


「そういえば、魔力供給をまだしているんですか?」

「いいえ、わたくしの植物魔法は植物そのものに魔力を注ぎ、成長を促す、細胞を組みかえる等の操作を行う魔法ですの」


 確かに、植物が近くにないと使えないし、薔薇の花を増やす時も薔薇の木に触れていたっけ。魔法の仕組みは授業で習っているけれど、具現化と操作の二パターンが主なものらしい。となると、私の防御魔法が具現化で、レッドベリルの植物魔法は操作のタイプなんだろう。


「ですから、あくまでわたくしは魔力という栄養を薔薇に与えただけ。その花はその栄養付与の結果咲いた単なる薔薇ですわ」

「なるほど、だから消えないんですね! えへへ、うれしい……」


 髪に触れると、薔薇の柔らかい花びらが指先に当たる。すこししっとりとして、肉厚な花びら。この手触りは癖になる。でもあまり触りすぎるとすぐ散ってしまうだろうか。ううん、それは勿体ない。プリザーブドフラワーとかに加工して永遠に出来たらいいんだけど。


「ほか、だからしゃんとなさい。食堂はここですわよ」

「ありゃ」


 うっかり通り過ぎそうになってしまった。照れ臭くって笑いながら待機列に並んでいるレッドベリルの所に戻る。まったくもう、と言いながら私が隣に立つことになんとも違和感を覚えていなさそうな感じ、最高に可愛い。いい匂いがする。今日の日替わりのランチコースはなんだろう、もしレッドベリルの好物がなくてサンドイッチセットが美味しそうだったら、テラス席で食べるのを提案してみようかな。

 そんな事を考えていて、ふと影が差した。ん? と横を見て、制服の胸しか見えなかったので上を見れば整った顔がある。クリスタル王子だ。


「アリス」

「おわ、殿下」


 ちょっとびっくりした。レッドベリルは黙って視線を逸らしている。何の用だろうと首を傾げつつ考えるけれど、ううん、よく分からん。


「ふむ……ローズワースと行動を常に共にしている、というのは本当だったか」

「えぇ、そりゃあ私はローズさんが大好きですもん!」


 レッドベリルの腕をぎゅっと抱いて言い返す。クリスタル王子のレッドベリルに向ける視線が冷たくて怖い気がする。なんというか……つまらないというか、くだらないものをみているような。


「ところで……心理学としてだが、時として被害者が加害者を愛してしまう事があるそうだ。保身への切り替えや、脈拍の上昇を恋のそれを履き違えるなどが原因とみられるそうだが」

「へー、詳しいんですね」


 なんだっけ、それ前世の時に聞いたことあるぞ。シックハウスとかなんかそんな感じの名前の症候群だ。誘拐犯に恋をしてしまうとかそういうやつ。なんだか嫌な感じがする。クリスタル王子は続ける。


「アリス、君は本当に彼女を愛しているのか? それは憐れみや勘違いではないのか? 君を酷く虐めて来たローズワースを愛する理由が俺には分からない。それは俺のプロポーズを断るほどの理由なのか?」


 ははぁ、なるほど。きっとクリスタル王子は自分の価値を正しく理解しているんだな。自分の血が持つ価値に、地位に、気付いている。だからレッドベリルがそれしか見ていなかったと思っているし、それを渡そうとして断った私が分からないんだ。

 レッドベリルは黙っている。待機列は止まっている。周囲の生徒たちの視線を感じる。

 きっと、クリスタル王子は善意で言っているんだろう。私が騙されているんじゃないかと、後悔をしているんじゃないかと心配しているんだろう。それを撤回する機会を私から持って行くのが難しいと気付いているから、わざわざこうして持ってきてくれた。

 あぁ、でも、でも。ねぇクリスタル王子、違うんですよ。


「殿下、私は基本的に馬鹿ですから、言葉で説明するのは凄く難しいです。無理です」

「君の言葉で良い。例え相応しくないと称される言葉だとしても構わない」


 クリスタル王子は、優しい。うん、とても優しい。でも、その優しさはレッドベリルに向けてほしかった。私は抱いたままのレッドベリルの腕に力が入るのを感じて、そっと力を強める。離さないと伝わるだろうか。


「じゃあ遠慮なく言います」

「あぁ」

「恋に落ちる理由ってないんですよ、気付いたら恋してたんです」


 沼は突然足もとに広がってるもんな。いや分かる、何回かあるもん。気付いたらつむじまで浸かってるとか。


「綺麗だからとか、可愛いからとか、そう言うのは……確かに思いはしますけど、でもそれが理由じゃないんです。それが無くなっても、ローズさんがローズさんである限り、きっと私はローズさんが好きです」


 かつてやっていたゲームでそんなセリフがあった。その人がいるだけで、そうあるだけで、たったそれだけで愛する理由があると。あれ本当に名言だよな。最高だと思います。ありがとうあのゲームのライターさん。

 クリスタル王子が息を呑んだ。レッドベリルの手が震えた。待機列が動く。でも本当にこれは本心だ。推しが眼鏡を外しても、色が変わっても、推しじゃなくならないように。キャラ崩壊はちょっと辛いから、きっとその推しの本質が、在り方が、私の好きになるポイントなんだろう。

 あー、でもな。レッドベリルがデレても可愛いからなぁ。やっぱり許容できるキャラ崩壊と出来ないキャラ崩壊があるかもしれない。


「……家の未来も、名誉も、何もかもを捨ておいてでもか」

「はい、もうそんなのどうだっていいですよ」


 食費を切り詰めてでも推しに貢ぐとかね!

 私の言葉にクリスタル王子は少し顔を伏せて黙った。その肩が揺れていることに気が付いた直後、廊下に響き渡る笑い声がその口から発せられて驚いた。声でっか。


「ふ、はは、ははは! アリスは本当に面白いな!」

「真面目に答えたんですけど?」

「はは、そうか……ますます惜しくなった。君のような王妃がいたらこの王国も安泰だろうに」


 顔が良いがそれはそれ、これはこれ。クリスタル王子が私に手を伸ばしてきて、髪に障ろうとしてきたから思いっきり平手で払いのける。周囲がざわついたけど知るもんか。私の隣で血が滲むほど唇を噛み締めているレッドベリルを気にしてくれ。もうなんかむかむかしてきた。


「次にそういうことしてきたら噛みついてやりますから!」


 私達は囲まれていて、待機列はほとんど機能していなかった。それにさっさとこの場を後にしたくて、申し訳ないけど私達を見ていた人をかき分けて、私はレッドベリルの手を引いて食堂の方に入る。給仕の人に「二人です」と伝えて、席に案内してもらう。


「アリス、俺は君を諦めない!」


 何を良い笑顔で言ってるんだか。私は最後に振り返りざまに睨んでおいて、隅の方のテーブルに着いた。席に座る前にポケットからハンカチを取り出して、俯いたままのレッドベリルに差し出す。


「ローズさん、唇から血が……」


 レッドベリルは何も言わずにハンカチを受け取って、そのまま唇に当てた。ふっくらとした唇に赤い痛々しい血が滲んでいて、それはすぐ白いハンカチに隠れて見えなくなる。目元も赤くて、私はどんな言葉を言ったらいいか分からなくて、向かいの席に座る。

 サンドイッチセットを貰ってテラス席でと思っていたけれど、クリスタル王子が追いかけて来たら嫌だしなぁ。テラス席は屋外からも入ってこられるし。今日のランチセットの内容も、まぁまぁ微妙というか、うん……普通って感じ。


「……アリスさん」

「あっ、はい!」

「確か、サンドイッチセットは持ち帰りが出来るんでしたかしら」


 メニューを見たまま、レッドベリルに問われて頷く。そう、と彼女は見ていたメニューをテーブルに下ろした。


「今、あまり食欲がありませんの。……寮に持ち帰って、お部屋で食べたいわ」

「じゃあ、サンドイッチセット二つ頼んで寮に行きましょっか!」


 すみませーん、と給仕の人を呼んでサンドイッチセットを二つ持ち帰りで頼んだ。給仕の人は注文を取ってすぐ戻っていって、私がメニューを閉じてテーブルに置くとレッドベリルがハンカチ越しに少し小さな声で言う。


「貴女はこちらで食べてもよろしいのよ」

「いや、私も本当はテラスでサンドイッチセット一緒にどうですかって言おうと思ってたんです。今日のサンドイッチはエビアボカドですから、私の大好物ですし!」


 私の返事に、少しだけ彼女は微笑んだ。少し、痛々しいというか、放っておけない。それにレッドベリルの部屋には行ったことがないから凄い興味がある。お部屋だよ、設定資料集にすら載ってなかった、完全に初見の。そんなもの何を代償にしてでも見たい。推しの部屋見たい。


「お待たせいたしました、こちらサンドイッチセットおふたつです。紅茶は魔法瓶に入っておりますので、バスケットと共にいつでもこちらに返却をお願いいたします」

「あ、ありがとうございます!」


 サンドイッチセットのお持ち帰りはピクニックに行くようなバスケットに入っていた。私が受け取って、席を立つ。レッドベリルも席を立ったので空いた手で彼女の手を握った。ぎゅ、と軽く握り返されて、愛おしさが爆発しそうだ。


「テラス経由で出て行ってもいいですか?」

「はい、もちろん。良い昼食を」


 給仕の人のお辞儀に見送られて、テラス席を真っ直ぐ突っ切って中庭に出て、寮の方に歩き出す。生徒たちはあちこちにいたけれど私達に声をかけてくる人は居なくて、特に何もなく寮に到着することが出来た。階段を昇りながら、私はレッドベリルを振り返る。


「ローズさんのお部屋で一緒に食べてもいいですか?」

「わたくしの? 何も面白いものはありませんわよ」


 だいぶ落ち着いてきたようで、レッドベリルはいつも通りの笑みを向けて答えた。唇はまだ少し赤い。クリスタル王子ってやっぱりデリカシーがない上にタイミングが最悪だな、と改めて思ったりなんかして。


「ローズさんのお部屋、入った事ないんですもん!」

「ふふ、そうね。まだ誰も入れておりませんもの」


 私の部屋は二階だけどレッドベリルの部屋は四階だ。いつもよりも多い階段を昇って、そこからは部屋が分からないのでレッドベリルが繋いだ手を引いて連れて行ってくれた。

 寮の扉も、廊下も、基本的な調度品ですら統一されているけれどなんだか緊張する。レッドベリルはポケットから取り出した鍵で部屋の扉を開けて、私を振り返って笑う。


「初めてのお客様よ。どうぞ、お入りになって」

「おじゃまします!」


 こうして、私は薔薇の香りのするレッドベリルの私室に初めて足を踏み入れた。


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