第七話 授業
前回までのあらすじ
毒殺回避を考えている
気持ちの良い朝を過ごした
今日の一時間目は魔法の授業だ。校庭に出てきょろきょろと探さなくても人だかりが一つできているのが目に留まる。あれはクリスタル王子の大名行列のようなものだろう。普段ならばその隣にレッドベリルとその取り巻きの人だかりがあるのだけれど、今日はそれがない。代わりに王子の周囲の生徒たちの中に取り巻きたちの顔が見えた。
ははぁ、なるほど。レッドベリルが婚約者でなくなったならもう良くなって鞍を変えたのか。本当に女子って怖い。私が社会人だった時も、学生だった時も同じように思っていたけれどどこの世界でも変わらないらしい。
辺りを見回して、日陰にいるレッドベリルを見つけた。足早に駆け寄れば空を見上げていた彼女も私を目に留めて、ぱちりと瞬きを一つ。長い睫毛が揺れた。
「ローズさん、おはようございまーす!」
「おはようございます、アリスさん。朝からお元気ですこと」
「ローズさんも朝から綺麗ですね!」
輝くような彼女の赤い髪は日の光を透かして本物の宝石みたいに綺麗だ。私のあの小さな宝物も、太陽光の下でそれはそれは美しかったっけ。
「今日は他の人がいないから、ローズさんを私が独り占め出来ちゃいますね、えへへ」
「貴女のマイペースさとポジティブさ、本当に素晴らしいですわよね……」
ため息交じりに言うし、内容はいつも聞いていた皮肉だけれど、でもその顔に浮かんでいる笑みは嘲笑のそれじゃない。私のこの敢えて空気を読まない事が彼女の気休めになっているなら、それに越したことはない。
先生が来て、生徒たちがぱらぱらと集まっていく。私達もそれに従って近くに行った。点呼はなくて、先生の魔法で出席がとられる。ハイテクと言うべきかなんというか。でもごまかしがきかないのって凄いよね。
「本日は創造の授業だ。二人から四人ほどでグループを組み、作品を一つ作れ。制限時間は40分。その後講評に入る」
「先生、規模とかテーマとかはありますか?」
「ない。お前たちに任せる。……あぁ、破壊行動、他グループの妨害は避けるように。減点対象とする」
わぁ、自由度が高い。
因みにこの授業は実際にストーリーでもある。こういう美術的なものや魔法ケイドロのような体育系、座学と色んなミニゲームがあって、少し音ゲー要素があったっけ。あのゲームではどんな作品を作るのか決められなかったけれど、今は全て私達の感性と器用さにかかっているんだよね……。
「ローズさん、こういうの得意ですか?」
「えぇ、わたくしは器用な方ですけれど? 貴女は……」
「バリアしか能が無いです!」
絵具とかを使うならまだしも、魔法オンリーで作品を作るのって結構大変なんじゃないだろうか。私は防御魔法だからバリアとかだけだし、結構センスと機転が必要にされそう。
私がレッドベリルの手をとると、彼女はやれやれという顔をした。でも周囲がグループに友達を誘ったりしているなかで私達に声をかけてくる人はいないし、ちょうどいい。
いつもは私をクリスタル王子が誘うとか、誰かが混ぜてくれたんだけど。この遠巻きにされているのはレッドベリルのことでかな。婚約破棄された気の毒な学友にどう接したらいいか分からない子と、地位目当ての子がいるみたい。
まぁ分かるよ、あれだけ泣いていたし、どう接したらいいか分からない事ってあるよね。私も告白してふられちゃった友達にどんな言葉かけたら分かんなかったし。懐かしい青春の日々……。
「ローズさんの得意な魔法とかって、なんですか?」
「わたくしは花の魔法ですわ。植物を成長させたり、薔薇の棘で攻撃したりが出来ますの」
少し隅に移動して、作戦会議。そう言ったレッドベリルが指先を振ると後ろにあった生垣の花がぽんぽん咲いた。本人に似て華麗で綺麗で最高だ。
「じゃあ、この花を活かす感じにしたら良さそうですかね!」
「貴女の防御魔法をどう活かすかですわね。ちょっとバリア張ってみてくださる?」
「はーい!」
手をかざしてバリアを張る。太陽の光にきらきらしてガラスのドームみたいで、少し綺麗ではあるけれどそれだけだ。うーん、もう少し小さくバリアを張って風鈴とか、金魚鉢みたいにするとか……?
「このバリアはこの形にしか出来ませんの?」
「いや、えっと……穴を塞ぐ形とか、四角とかの単純な形なら出来ます」
「そう。でしたら、こういう物が作りたいというようなアイデアはお持ちでして?」
うーん、と考える。レッドベリルの魔法を活かせるものといったらなんだろう。風鈴に花を入れてたくさんぶら下げるとか……?
私はふと顔を上げる。私の前に立って私を見ているレッドベリルの髪が日の光に透けて美しく輝いている。赤色がきらきらと、まばゆくきらめいて。
「……ローズさんの、」
「はい?」
「ローズさんの髪みたいに、輝くものなんて、素敵だなって思います」
レッドベリルの目が丸くなって、それから吹き出すように笑いだす。鈴を転がすようなって言うんだっけ、軽やかで、楽しそうな笑い声。私がきょとんとしていると、目元に浮かんだ涙を指先で拭いながらレッドベリルは口を開く。
「あぁ、おかし。本当に貴女はわたくしのことが好きね」
「えぇ、はい。あっ、そうだ」
良い事を思いついた。私がそのアイデアを言うと、ふんふんと彼女は頷きながら聞いて、それから「いいわよ」と笑った。
レッドベリルの魔法は近くに植物がないと使えないらしくて、庭園に移動して目当ての花をいくつか増やして回収する。たくさんの花を制服の長いスカートを少し広げて持って戻りながら、ついでに用務員さんの所に行って目当ての物を貰う。
「ねぇ、アリスさん。せっかくだもの、とびっきりの作品にしましょうね」
無邪気に笑うレッドベリルの言葉に大きく返事をして、私はただこのごく普通の幸福を噛みしめた。あぁ、なんて今日は素敵な日だろう。
「作業、止め! ただいまより講評を始める。代表者はグループメンバーの名前、作品名、コンセプトなどを説明するように」
鋭い声が響き渡る。私達はちょうど作業も終えていて、他のグループからは間に合わなかったのか溜息が聞こえるところもあった。クリスタル王子の所は……なんだか凄まじいものが見える。
「ここのグループの代表者はレオンウォードか?」
「あぁ」
最初はクリスタル王子のグループが講評らしい。手の空いた生徒たちは先生について彼らの作品の方へと行くけれど、レッドベリルが木陰に立って動かないので私も行かなかった。遠目でも目を引くしね。
「……そして、作品タイトルは“栄光”。私の水晶魔法と彼の水魔法をメインに涼しげながら決して壊れない彫刻を作り上げた」
クリスタル王子のグループは噴水を丸ごと水晶細工でデコレーションした大掛かりなものだった。いやぁ、派手。確かにあれは目を引くし綺麗だ。
ところであれって魔力供給をやめたら壊れて消えちゃうと思うんだけど、栄光で良いんだろうか。
「ふむ……魔力操作も緻密。芸術点も高い。さすがだな」
「ありがとう」
周囲の生徒たちからも拍手が贈られている。私も一応しておいた。レッドベリルはただ眺めているだけで拍手はしない。でもそれは抗議とかではなくって、ただ見つめることに集中しているみたいだった。
目を細めて、眩しそうに眺めている横顔。きっとこれが、恋をしている人の横顔なんだろう、なんて。私はそんなレッドベリルにぎゅっと抱き付きに行く。
「ローズさん、私達だってすごく綺麗なもの作りましたから!」
私の言葉にレッドベリルは視線を私に移して、「そうね」と微笑んだ。先生は次のグループの講評に移っている。虹色の火が灯っている燭台を作った人がいたり、骨だけの馬の内側に星空を作ったり、楽器を作ったりと皆色々な物を作っている。たった40分でよくこんなに作れるなぁ。
「次。お前たちは、代表者はローズワースか?」
「いいえ先生、代表者はアリスさんです」
私達の番になって、急にレッドベリルにそんな事を言われた、先生とついてきた生徒たちの視線が一気に集まってぎょっとする。レッドベリルを見ると彼女は笑っていた。私もそれに笑みを返して、姿勢を正す。
「はい、代表者のアリス・カルボン・ダイヤモンドです! 一緒に作ったのはローズワース・リリ・レッドベリルさんです!」
「よろしい。お前たちの作品は?」
「こちらですわ」
レッドベリルが木の上に隠していたそれを、魔法を使って下ろす。蔦に捧げられるようにゆっくりと降りてきて、そして彼女の手に収まったものこそ、私達の作品。
「私達の作品は、“愛逢傘”です!」
誰かが忘れて行った白い骨だけの傘に、二層に張ったバリアの中で咲き誇る色とりどりの薔薇。ガラスと花びら越しの太陽光が、傘をさしたレッドベリルの髪を七色に縁どる。
決して下品でなく、地味でなく、優雅で上品な傘。白い傘はレッドベリルの色白さとか髪の鮮やかさを際立たせるし、ちょうどいい落し物があってよかった。
「コンセプトは、大好きな綺麗な人を飾る物、です!」
「ふむ。この傘は?」
「落とし物を譲っていただきましたの。アリスさんのバリアとわたくしの植物魔法で増やした薔薇を使いました、先生」
くる、くる、とレッドベリルは傘を手の中で回して微笑む。最高に似合っている、まさに美の女神。神話に出て来るか或いは教会の天井に肖像画がありそう。生徒たちも拍手をしてくれたり、綺麗、と呟いてくれたりしていて大満足だ。
先生が持っているノートに何か書き留める。それを見てから、レッドベリルが私を見た。
「さ、では雨もありませんし、傘をしまいましょうか、アリスさん」
「そうですね、ローズさん!」
私達の会話に先生が顔を上げる。それを確認してからレッドベリルが傘を下ろすとアンダースローで傘を真上に投げた。私はその傘が高い放物線のてっぺんに差し掛かったあたりで魔力供給をストップする。バリアがなくなり、色とりどりの薔薇の花びらが雨のように美しく降り注いで、わぁ、と感嘆の声があがった。
骨だけになった傘をレッドベリルの魔法で伸びた蔦がキャッチし、ゆっくりと閉じた傘が彼女の手に戻る。彼女は美しく笑って見せた。
「この終わりまでが、わたくしたちの作品ですわ」
「はい、これで終わりです!」
ふむ、と先生はノートに再び何か書いた。そしてふっと笑う。
「素晴らしい出来だ。では次!」
お、褒められた。先生が移動するのに合わせてぞろぞろと生徒たちも移動するけれど、何人かはレッドベリルの薔薇をキャッチして持ったままだった。なんだかうれしいな。私は地面に落ちた薔薇の一輪を拾おうとして、髪に何か触れた感触に動作を止める。
目だけを動かしてそちらを見ると、レッドベリルがすぐ近くにいて私に手を伸ばしていた。ほのかな温かさのあと、何か髪に触れている感触。
「地に落ちた物なんて拾わなくて結構よ」
「え、でも勿体ないですよ。折角のローズさんの薔薇……」
「こちらで我慢なさい」
レッドベリルはそう言うと離れて再び木陰に戻った。目線は次の発表をしているグループの方に。私はひとまず姿勢を戻して鏡面のように反射するタイプのバリアを小さく張って、自分を見てはっと息を呑む。
驚きは一瞬で、そのあとすぐにじわじわとやってきたのは嬉しいっていう喜びと、愛おしさと、地面から湧き上がるようなぐらぐらする明るくて眩しい感情。
なんて言ったらいいのだろう。私の貧相な語彙では言い表せられないような、いや、でもきっと東京大学を出て行った人でも的確に言い表すことは出来ないだろうな。私だけの、私だけの特別な感情が体を震わせて、心臓を殴って駆けていく。
今、私が言い表せる言葉は一つしかもっていなかった。私はその一つだけの言葉を紡いで、レッドベリルに抱き付く。
「愛してます!」
私に抱き付かれて「重いですわ!」と言いながらも笑っている、レッドベリルの頬は私の髪に飾られている薔薇を同じ、可愛らしいピンク色だった。