第四話 決意
前回までのあらすじ
推しカプに出会った
お茶をもらった。
ここで『ジュエル・ラブ・プリンス~硬度10の愛の輝き~』の定期イベントの話をしよう。あのゲームはアドベンチャーパートの自由度が高くて、一日がまず朝昼夜と三つに分かれている。ご飯を選んで、食事中に次の時間何をするか、どこへ行くかなどが選べる。この食事もメニューはランダムにいくつかが選択肢に出てきて、メニューによっては攻略対象と同席することになったりもする。
ちなみにクリスタル王子は朝にクラブサンドイッチ、昼にロールキャベツ、夜に鳥のグリルを選ぶと同席イベント。ライバルキャラと同席にはならないから、二次創作ではそれっぽいものを食べさせるのが恒例だったりする。
そう言う風に日常生活で攻略対象と会って、授業を受けたりご飯を一緒にしたりして、こまごまと会話や行動の選択肢で好感度を上げるのが基本的な部分だ。この会話の内容もその章や対象との親密度で細かく分かれているから、正直私はあのゲームに相当のやりこみ要素を感じている。シナリオライターさんの頭の構造が知りたい。
このゲームはそういうアドベンチャーパートで起きる日常的なイベント、好感度を上げると発生する攻略イベント、それから章ごとに設定された全ルート共通の定期イベントの大まかに分けると三つのイベントがある。
攻略イベントはレッドベリルが婚約破棄されたようなイベントスチルがあるあれだ。親密度やいくつかの条件を達成すると発生する。これの発生フラグが立つと行動選択の時に特別なマークが出るからとても分かりやすいし、達成感とワクワク感があって凄い好きなんだよなぁ。
と、長々と話をしたけれど、お茶会というのは定期イベントのひとつだ。生徒会や風紀委員や、まぁ色んな人が主催して招待状が届く。章に一度休日のどこかで発生して、参加者やその内容もランダム性が高い。
攻略相手が確定していて、なおかつその攻略相手が主催のお茶会の時は茶葉を選んだり招待客を選んだりと主催側に回る事が出来るのだけれど、そちらは……うん、今回はまだどうでもいい。レッドベリルと主催したらすっごい楽しそうだとは思うけれど!
自分が招待客で、なおかつラピスラズリ王子が主催や招待かで参加するお茶会というのは、運によってはストーリー中に発生しない事すらある。元々ラピスラズリ王子がいるというのがレアだ。
それが本当に問題なんだよなぁ。私はレッドベリルにもばれないように紅茶を飲むついでに息を吐いた。
ラピスラズリ王子が参加するお茶会は、ほぼイコールでペリドット毒殺がセットになっている。お茶会中の選択肢によっては回避も出来るそうだけど、私がゲームをしていた中では絶対に毒殺されていた。
「ローズちゃんは好きな紅茶はあるの~? 用意しておきたいのだけれど~」
「薔薇を用いた紅茶で好きな物が御座いますわ、ルセフォーネ様のこの紅茶もとても好きですけれど……」
「あら、ならどうしましょう~。この紅茶は、ハイネスが好きなのよ~。ね~?」
ペリドットの言葉にラピスラズリ王子が柔らかく微笑んで頷く。私が見たことのある彼は陰鬱とした姿がほとんどだ。ルート攻略していった後と、あとはペリドットが死ぬ前のお茶会の立ち絵くらいでしかこんな顔は見られない。
最初にあのイベントを見た時、私はショックで寝込むかと思うくらいだった。お茶会の終盤、ラピスラズリ王子の腕の中で苦しみ息絶えるペリドットと、彼女を抱きしめて慟哭するラピスラズリ王子のイベントスチルは絶対にみんなのトラウマ案件だと思うんだよな。
あれを、生では見たくない。こっちの推しカプには生きていてほしい、本当に。まじで。切実にそう願っている。
「アリスさんは、好きなものはあるかしら~?」
「あっ、私ですか。ベリー系のケーキとか好きです!」
ベリー系という言葉に隣のレッドベリルが少しだけ反応する。ふふふ、知っているとも。レッドベリルの大好物はベリーだって設定資料集に書いてあったから。
「貴女も好きなのね~? ふふ、勿論用意するわ~」
「ありがとうございます! やりましたね、ローズワースさん!」
「どうしてわたくしの顔を見るのよ……」
ちょっと口をとがらせるレッドベリルが本当に可愛い。神の造形。ペリドットは楽しそうに笑っていて、ラピスラズリ王子についてはペリドットしか見ていない。推しカプがらぶらぶで目の保養。本当はレッドベリルとクリスタル王子もこれくらいらぶらぶだったらなぁ。
「風紀委員一同、頑張って良いお茶会にするわね~。ハイネス、頑張りましょうね~」
「あぁ、ルゼ。……風紀委員にも、尽力を、命じよう」
この二人を眺めて、必ずどうにかしなければならないと強く決意する。でも私に何が出来るだろう。私は風紀委員でもないし生徒会でもないし、料理もそんなに出来ない。選択肢によっては回避できるのかもしれないけれど、ゲームと違ってリセットもロードも出来ない。
「ねぇ、ローズワースさん。少し聞いてもいいですか?」
レッドベリルに耳打ちするようにこっそりと顔を近づけたら、彼女は返事はしないけれど少しだけ耳を近づけてくれた。最高に可愛い。私は小声で耳打ちをする。
「私って何かお茶会で役に立てることってあると思いますか?」
「……それ耳打ちする必要あるのかしら? まぁいいけれど」
レッドベリルは少し呆れたような顔をして、それから少し考える顔をした。それから私ではなくペリドット達の方を向く。
「わたくしたちが招待客として主催の御二方のお役に立てるとするならば、それはお茶会を楽しむこと以外にありませんわよね?」
「そうね~、楽しんでくれることが一番だわ~」
耳打ちの意味がなくなってしまった。でもレッドベリルが「ですってよ」と私の顔を見るのはすごいきゅんと来た。しかもわたくしたちって同じくくりにしてるのが最高です。
「分かりました、ローズワースさんと一緒にたくさんお茶会を楽しませていただきます!」
「えぇ、そうしてちょうだい」
ペリドットが笑って言って、そのあたりでレッドベリルが立ち上がった。見たらティーカップの中身は無くなっていて、カップを机に置くと優雅に一礼する。その所作はとても礼儀正しくて、本当に彼女は王族の婚約者としてたくさんレッスンとかを受けたのかなと思った。
「ご馳走様でしたわ、ハイネス様、ルセフォーネ様。わたくしはそろそろお暇させて頂きます」
「あっ、ローズワースさん、私も行きます! 王子、ルセフォーネさん、ありがとうございました!美味しかったです!」
「おそまつさま~」
私もその隣にカップを置いて同じようにお辞儀をする。でもレッドベリルのように綺麗にはちょっと無理だった。レッドベリルは既にガゼボから出て行ってしまっていて、私はその背を追いかける。早足で追いかけると、レッドベリルは横目で私を見てこれ見よがしに大きめに溜息を吐いた。
「追いかけてこなくてもいいのではなくって? もうわたくしも泣いておりませんし」
「私がローズワースさんと居たいから追いかけてきました!」
「本当に、どうしてわたくしが好きだと言うのかしら……」
また溜息を一つ。幸せが逃げてしまうと言おうか迷ったけれど、私は少し考えてから彼女の腕を抱くみたいにぎゅっとした。足は止まらないまま、レッドベリルの呆れたような声が降ってくる。
「本当に、物好きな人ね」
「ローズワースさん、お茶会お揃いの髪型とかしましょう!いちゃらぶアピールしましょ!」
「調子に乗らないでくださる?」
そうは言うものの、腕が振りほどかれることはない。やっぱりレッドベリルって押しに弱いしちょろいんじゃないだろうか。悪い人に騙されないか心配になってしまう。でもこのちょろさもまた可愛い。
「ローズワースさん、今日の夜ご飯一緒に食べましょうね!」
「気が向いたらね」
とりあえず貴族の食事とかを見たらお茶会のペリドットを守るいいアイデアが浮かぶかもしれない。私はそっと頭を働かせながらレッドベリルの腕の細さと良い匂いを楽しんだ。