第三話 会話
前回までのあらすじ
レッドベリルを略奪(?)することに成功した。
推しがかわいい。
レッドベリルが泣き止んでから、私達はガゼボの長椅子に並んで腰を下ろした。彼女のハンカチーフはもう涙でぐしょぐしょになってしまって、私の貸したそれももう水分を吸う力がほとんどなくなってしまっている。
「ローズワースさん、落ち着きましたか?」
「えぇ……こんなに泣いてしまったのなんていつぶりでしょうね。お恥ずかしいわ」
そう言ってレッドベリルは微笑んだ。可愛い。照れてる所も本当に可愛い。ずっと不貞腐れている顔とか、敵意をむき出しにした顔ばかりを見ていた物だから、なんだか感慨深いものがある。校舎の方からは放課後の部活でにぎわう声が遠く聞こえるけれど、この辺りは静かだ。
「にしても、まさか貴女から好きだと言われるだなんて思っておりませんでしたわ。わたくし、あれだけ嫌がらせや無視をしたというのに」
「嫌がらせなんて、連絡を回さないとかお茶会に呼ばないとかじゃないですか。大したことありませんよ」
よく少女漫画とかだといじめとかで水をかけられたり階段から突き飛ばされたりとかが多い展開だけれど、このゲームは比較的平和でちまちました嫌がらせとか、そういうものが多い。あ、でも水をかけられたことはあったかな。暑い日だったので涼しかったです。
「……きっと、殿下も貴女のそういうところが好きになったんでしょうね」
「……ローズワースさんは、殿下のどういうところが好きだったんですか?」
泣きそうな顔で笑ったレッドベリルに尋ねると、彼女はガゼボの天井を見上げて、「お強い所よ」と答えた。きっと、レッドベリルはクリスタル王子が王子でなくても恋をしていたのだと思う。例え始まりが政略結婚の婚約ではなかったとしても。
恋をした相手の隣に立つために、必死だったんだろう。なんて、なんて可愛い人なんだろう。私はレッドベリルに横から抱き付いた。
「えっ? ちょ、ちょっと」
「ローズワースさん、私も強いですよ! なんか、こう……がっちがちの防御魔法ですけど!」
遠いものを見るような目がなんだか寂しげで、私は勢いのまま彼女を押し倒して顔を合わせる。長椅子に頭をぶつけてしまったのではと一瞬思うけれど、それよりも押し倒されていることに気が付いたレッドベリルの顔が羞恥で真っ赤になるのが可愛くて、そちらに気を取られた。
「防御は最大の攻撃……あれ逆だっけ、まぁいいや。それでローズワースさんを守ってみせますから! 殿下の剣も折ってみせます!」
「た、確かに貴女の防御魔法は素晴らしいと専らの噂ですけれど……」
「愛する人を守ってみせますとも! あとローズワースさんめちゃくちゃに可愛いのでキスをしてもいいですか?」
「きっ……?!」
キスと聞くや否やレッドベリルの顔が更に真っ赤になる。もしかしてキスをしたことがないんだろうか。あのクリスタル王子との関係性を見る限り今までにもしかしてしたことがないんだろうか。それはとても可愛い。ちょっとからかってみたくて顔を近づけてみたら、目に見えてあわあわしている。
もうこれ本当にキスしちゃってもいいかな、なんて。
「あらあら~、風紀を乱すのは駄目よ~」
間延びした口調にそちらを向けば、ガゼボの柵の向こうに見慣れた顔が。私と目が合うと彼女はひらひらと片手を振る。
「御機嫌よ~う。仲睦まじいのはいいことだけれど、公衆の面前は駄目よ~」
風紀副委員長、ペリドットモチーフのライバルキャラクター、ルセフォーネ・カンラ・ペリドット。私の第二の推しカプの彼女の方だ。彼女がいるという事は、と体を起こすより先に暗い影が彼女にさした。
「ルゼ……邪魔をするべきでは、なかったのでは」
「あら~、ハイネス。ちゃんと校則は守らないと~。貴方の気持ちも分かるけどね~?」
「ハイネス様、ルセフォーネ様……!」
レッドベリルが私の身体を押すようにして起き上がり、そのまま二人に一礼する。私もそれに倣って礼をした。あらあら、とペリドットはふわふわした声で笑っている。
王国の第三皇子、ハイネス・ラズラ・ラピスラズリ・レインマリアは攻略対象の一人で風紀委員長。主人公よりも学年が上だ。
クリスタル王子よりも年齢が上なのに王位継承権が第三位なのは母親が側室なんだったかな。非常に稀有な闇属性魔法を使う上に近しい人が全員死んでいて、そう言う点で呪われた王子と呼ばれている。
そして、そんな彼の婚約者でラピスラズリ王子ルートのライバルキャラクターとなるのがペリドット。治癒魔法のエキスパートで、癒し系で本当に可愛い。私の第二の推しカプであり、ラピスラズリ×ペリドット+クリスタル×レッドベリルのダブルデートネタは鉄板ともいえる。最高。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません」
「あら~、いいのよ、ローズちゃん。私たちはね、このガゼボでお茶をするのが日課なの~」
ペリドットはくすくす笑ってガゼボに上がってくると向かい側の椅子に腰かけようとした。それを後からついてきたラピスラズリ王子が手で制し、自分の制服のマントを外すと椅子に敷く。ペリドットは慣れたように礼を言ってそのマントの上に腰を下ろした。
「良かったら、貴女たちもどうかしら~? 今日のお菓子はねぇ、焼き菓子なのよ~」
「……邪魔をして、すまない。しかし、不純交友は……異性、同性、関わらず……風紀を、乱す」
「い、いえ、その……こちらこそ、お見苦しい所を申し訳ございません」
私は三人の様子をただ見ていた。ラピスラズリ王子が持っていたバスケットからティーセットを取り出して、ペリドットが紅茶を入れる。カップが二組あるのは予備だろう。ラピスラズリ王子はペリドットのすぐ隣に座っていて、彼女の手つきを眺めている。
お菓子は美味しそうで、紅茶はいい香り。どうぞ、と差し出してくれた顔には微笑みしか無くて、クリスタル王子とレッドベリルのように政略結婚的な婚約のはずなのにこんなにも違うのかと驚かされる。
「はい、アリスさんもどうぞ。お砂糖は必要かしら~?」
「あっ、はい、ありがとうございます!」
差し出された紅茶を受け取って、角砂糖を一つ落として、一口飲む。はちゃめちゃに美味しい。ハーブが入っているのか、そういう良い匂いもする。確かペリドットの実家は薬とかに詳しい貴族だったっけ。生まれながらに死の呪いがかかっているようなラピスラズリ王子に唯一「うちの娘と是非」と婚約を提案した家だったはず。
「はちゃめちゃに美味しいです! ルセフォーネさん、天才ですね!」
「あらあら、ふふ~。ありがとうね、嬉しいわ~」
「王子、王子の婚約者さん天才ですね!」
ラピスラズリ王子にも行ってみる。隣に座るレッドベリルが驚くように見て来るが、推しが推しに関して話すタイミングを逃してなるものか。ラピスラズリ王子は私が話しかけて来るとは思わなかったようでひとつまばたきをして、それから口をつけていたカップを下ろす。
「ルゼの紅茶は、……いつも美味い」
のろけを有難うございます!
「本当に美味しいです、今度紅茶の淹れ方教えてくれたりしませんか?」
「あら、いいわよ~。ローズちゃんも、一緒にどうかしら~?」
「えっ、わ、わたくしも、ですか? その……お邪魔でないなら」
レッドベリルは隣でもそもそと小声で言って紅茶を飲んでいる。本当に可愛いなぁ。
「一緒に教わりましょうね、ローズワースさん!」
「しょ、しょうがないわね……貴女一人だと、何か失礼なことしそうで怖いのよ」
照れ隠しかな。あと少し口調が柔らかいのが本当に可愛いと思う。ちょっとくだけてるというか。こんなにちょろくて大丈夫なんだろうか。さらわれない?
「今度ね~、お茶会があるのよ~。その時にご招待するかたちでいいかしら。ねぇ、ハイネス?」
「ルゼ、君がそれを望むなら」
私達の向かいで、ペリドットの言葉にラピスラズリ王子が穏やかに微笑んで答える。長い前髪や高い身長、鋭い目とか、人を避けがちな外見をしているけれど、そのちょっと近寄りがたい空気は彼の呪いとか言われる境遇に起因する。実母、乳母を始め、従者や友人もことごとく死んでいるんだったっけ。
その近しい人を失い続けるラピスラズリ王子の隣にいてずっと死なずにいるのがペリドット。薬草や薬の原材料を特産とする貴族の娘だからか、治癒魔法の天才だからか、まだ死なずに済んでいる。……そう、まだ。
「お茶会、楽しみにしています!」
私は笑顔でそう言いながらも緊張する。ラピスラズリ王子ルートは、あのゲームでは隠しルートの上に賛否両論、ファンの間でも大戦争になりがちなルートだ。これだけは絶対に回避しなければならない。
何故なら、彼のルートに入る為の必須条件は二つ。一つはお茶会イベントに参加すること。そしてもう一つはそのお茶会イベントでペリドットが毒殺されること。
あのゲームで唯一、生きた状態で競う事が出来ないキャラクターがペリドットだ。ペリドットが生きている限りラピスラズリ王子の心は彼女以外に向かない。ラピスラズリ王子のルートとは、ペリドットを失った彼に新たな光を与える主人公、というストーリーになる。
懐かしいなー、そのせいでファンが凄まじい戦争状態になったんだよなぁ。心から愛しあうラピスラズリ王子とペリドットにそのまま結ばれて幸せになってほしい人と、何処の界隈にも一定数は存在する主人公が一番可愛い派閥の人とで大戦争。
ラピスラズリ王子と主人公派の人はペリドットを当て馬みたいに書く人がいたり、ペリドットの死は原作者の都合でめちゃくちゃ嫌いだと言うラピスラズリ王子とペリドット派の人がいたり。荒れ狂ってたなぁ。
あ、私はラピスラズリ王子とペリドット派です。同じ嗜好を共にするフォロワーさんの方が多かったけれど、一時期荒れに荒れて他のジャンルの友人からも心配されるレベルだったのを思い出す。
レッドベリルを幸せにするという大目標の前に、中目標が出来た。絶対にペリドットを殺さない。あとこの二人の結婚式に呼んでほしい。
「そういえば、さっき殿下が混乱したまま廊下を歩いていくのを見たけれど、どうかしたの~?」
「あぁ、それはあの……わたくしが、婚約を破棄されたのですわ」
「あっ、はい! 私がローズワースさんを略奪しました!」
挙手して立ち上がりつつ主張するとレッドベリルは顔を真っ赤にしながら座るようにと制服を引っ張ってきた。いやぁ可愛い。その様子にペリドットも微笑ましそうに笑って、ラピスラズリ王子は……ううん、興味がなさそう。
「あらあら、大変ね~。でもローズちゃんとはこれからも仲良くしていきたいわ。私達、お友達ですものね~」
ペリドットの言葉にレッドベリルは恥ずかしそうに、ちょっと申し訳なさそうに「はい」と小さく答えて紅茶を飲む。レッドベリルのあの性格から取り巻き以外の友達はごく少ないと言ってもいい。ペリドットは同じ王族の婚約者として貴重な理解者でもあるんだろう。
レッドベリルの為にも、ペリドットを殺させるわけにはいかない。彼女の癒し系ほのぼのママって感じは貴重だ。あとこちらの推しカプだけは本当に続いてほしい。
ただ、ここで不安な点が一つ。
私、ペリドット生存ルートのお茶会の選択肢、知らない!