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もういい!私が悪役令嬢を幸せにする!  作者: ねむねむねむね
2/9

第二話 転換

前回までのあらすじ


転生に気が付いたと思ったらちょうど推しカプ破局の瞬間だった。

推しを幸せにしようと決めた。


「あ、あ、憐れみのおつもり?!」


 私の隣でレッドベリルが裏返った声で叫ぶ。あぁ、赤くなった目元が可哀想で可愛い。彼女の高い声は良く響く。周囲の誰のざわめきよりも綺麗に。かつてはヘッドフォンで聞いていたのと同じ声が鼓膜を直接揺らすというのはこんなにも違うものなんだなぁ。


「そうやってわたくしに手を差し伸べて、そうして優しい自分を殿下にアピールしようとしてらっしゃるのでしょう? わたくしをこれ以上惨めにしてそれで満足ですの?!」

「アリス、君の優しさは分かるが、しかし自分をいじめるようなローズワースだぞ!?」


 泣きながら叫ぶレッドベリルに被せるように、まるで諭すようにクリスタル王子が言う。いやぁ、ほんとレッドベリルのこの性格本当に好きだ……ありがとう作者の人。目元を赤くして、でも私の手を振りほどけない彼女が愛おしくてたまらない。髪の毛良い匂い。


「いいえ殿下、私はずっと、ローズワースさんが好きだったんです。だからローズワースさんが恋する殿下との仲を取り持とうと思っていました、それがローズワースさんの幸せになるならと」


 反論しながら、今までの自分の行いを頑張って思い出す。この記憶が戻る前の私がなにをしていたか。まさかクリスタル王子を攻略していなかっただろうかと。もしそうだったならレッドベリルを不幸にしたのは私になってしまうから。

 思い出す。生徒会に所属するのはルート確定後だからまだのはずだし、生徒会メンバーを決める行事も第六章だから今から一か月後。多分クリスタル王子からの好感度が上がったのは入学式の後に学園の食堂のテラス席でサンドイッチが美味しいと大はしゃぎしたのと、雨の日に偶然厩舎で会ったずぶ濡れのクリスタル王子にタオルをあげて詳しい事を聞かずにおいたのと、えぇと……あとは日常会話で好感度を上げていたんだと思う。

 告白とかボディタッチとかはしていない。よし! まだ言い逃れがきく!


「仲を取り持つなら、どうしてわたくしの邪魔をするような真似を……」

「すみません、それは本当に思っていなかったんです、ローズワースさん。ごく普通の地方貴族とはいえほぼ平民のような自由気ままな私が殿下にとって珍しかった、きっとそれだけなんです」


 設定資料集とクリスタル王子ルートのこれから先に開示される彼の過去の記憶から分かるけれど、クリスタル王子の周囲にはもう権力と金と美貌に寄ってくる人が多くて、次の王妃にはぜひ自分の娘を! みたいな人が幼い頃からずっと周囲にいて、だからこそ自分を普通の人と同じに接するような人に対して心を開きがちなんだと思う。幼馴染で同じような境遇のサファイアモチーフ、フィル・コランド・サファイアとか、ルビーモチーフのリック・ピジョン・ルビーとか。

 だからきっと、私が珍しくてそれに惹かれただけ。あとはレッドベリルが主人公にちょっかいかけたからその珍しさとかが際立っただけだと思う。正直レッドベリルの自業自得感が強いけれど、仕方ない! ああ可愛い!


「ローズワースさんは、不安だっただけです。家の重圧、婚約者という重圧と自己評価の間に挟まれて。だから自分の立っている場所が揺らぐのが怖くて、どうにかしないといけないって私の事を無視したりちょっときつい事を言ったりしただけです」

「それこそ王妃として相応しくない。王とは人の上に立ち、人を導くものだ!」

「えぇそうですね、その通りです。ローズワースさんは王妃になってはきっと幸せになれないでしょう」


 私の隣でレッドベリルが震えた。私はその震えを押さえるようにぐっと肩を抱いて、真っ直ぐにクリスタル王子を見上げる。


「だから、殿下との恋の先に彼女の幸せがないのなら、私が幸せにします!」

「っあ……」


 私はレッドベリルの手首を掴むと肩を抱いていた手を腰に回してぐっと立ち上がらせた。うわぁ腰が細い、距離が近い髪が良い匂い手首細い! 私は殿下に一礼する。


「では、失礼します!」


 踵を返して、手首を掴んだままレッドベリルを連れて駆けだす。「ちょっと」とか何か言っているけれど今は彼女をこの場から連れ出すのが先だ。私達を邪魔することなく周囲のギャラリーは割れて、私達はこの場所をあとにする。追いかけて来る気配もない。レッドベリルが転ばないようにちらちらと足元を見つつ駆けて、人があまりいない学園の隅の、更に隅の小さなガゼボについて、ようやく私は足を止めた。




「引っ張ってしまってごめんなさい、ローズワースさん」


 ようやく真正面に向き合ったレッドベリルは髪も乱れて、息も乱れて、私の手を振りほどく事をしなかった。私が手首を離すとその直後、平手打ちが飛んでくる。頬が痛い。ひりひりする。


「どういうっ、つもりですの! 貴女が、わたくしを、幸せにするなんて……」

「言葉通りの意味です。私は貴女が好きなんです、ローズワースさん」

「地方貴族が、何が出来ると言いますの?! わたくしは、レッドベリル侯爵家の長女として、殿下の婚約者で……わたくしは、ずっと、未来の王妃として、頑張って……」


 ぼろぼろとレッドベリルの大きな赤い瞳から涙がこぼれて落ちていく。クリスタル王子ルートの婚約破棄された後の彼女は、正直に言って悲惨だ。実家の侯爵家からの勘当。地方の修道院に追いやられて一人寂しい余生を過ごすことになる。

確かに王族との政略結婚に使えなくなったとか、王子との婚約破棄されたような令嬢を進んで拾おうとするような物好きな貴族はいないだろうとか、そういう点からまぁそれが一番だなとは思うけれど、それとこれとは話が別だ。

レッドベリルは、ずっと期待と責任を背負ってきた孤独な努力家だ。王国でも数少ない侯爵家で、未来の王を支えるためにたくさん勉強をしてきた……と設定資料集に書いてあった。しかしその裏側がストーリーに出てくることはない。

だって、ゲームでは主人公が主人公なんだから。彼女は、ライバルでしかない。


「ローズワースさん」

「っ!」


 私は、レッドベリルを抱きしめた。彼女の身体がこわばるのが分かったが、振りほどかれはしない。ぎゅうと抱きしめて、彼女の赤い髪に鼻先を埋める。いい匂いがする。


「私は、確かに地方のしがない貴族の娘です。王都に住む侯爵家の令嬢を支えていけるような財力も、胸を張れるような特産物もありません」

「なら、どうして、わたくしを幸せにするだなんて、無責任な、ことを……」

「はい、ダイヤモンド家にレッドベリル家を幸せにする力はありません。でも」


 私は抱きしめる力を緩めてレッドベリルを真正面から見据えた。大きな赤い瞳に私が映っている。頬の赤さは彼女の瞳の色では目立たない。赤い髪と目に負けない程赤い目元。あぁ、好きだなぁ、なんて思う。


「私という一個人が、ローズワースさんという一個人を幸せにする自信は、あります」

「……どうやって、しあわせにすると、言うの?」

「それは、えぇと、ゆっくりしていくんですけど、ひとまず今は、泣いている女の子に胸を貸すことは、出来ます!」


 レッドベリルは私をきょとんとした顔で見て、それから怒ったような、少し拗ねたような顔をした。ぼろ、と彼女の表情の動きに合わせて涙がこぼれ落ちる。


「本当に、貴女っておばかさんだと思うわ」

「はい、私もそう思います」

「あら、自覚がおありなのね。……あぁ、でも、そうね」


 ふわ、と微笑んだ表情に、私は目を奪われた。でもそれをずっと見ていることは出来なくて、肩にこつんと何かが触れる感触。ふわふわの髪が私の首筋をくすぐって、胸辺りの制服が少し引っ張られるような感覚。

 あぁ、今レッドベリルに縋られていると冷静に判断する自分と、あの微笑みが頭にこびりついて離れない自分がいた。


「そんな貴女に、縋りたいと思う、わたくしも……おばかさん、だわ」


 肩が熱い。私はレッドベリルの背中に腕を回して抱き締めた。腕の中で泣く彼女の声を聞きながらガゼボの屋根を見上げる。言っておいてなんだけれど、彼女を幸せにするために、私は何が出来るだろう。私の実家が誇れるものはなんだろう……。

さすがにレッドベリル侯爵家の令嬢を嫁入りさせられるような権力もないし、次に家督を継ぐかもしれない長男は私の弟だから今六歳だし。エンディングで勘当されて行く修道院が私の実家の領地だとそれは幸せとは言い難い……。


(こういう時こそ、頭の良い人に助けてもらおう。あんまり恋愛沙汰に興味がない商人のトパーズとアメジストあたりに聞けばいいかなぁ)


 ひとまず自分のやるべき方針を決めた辺りで私は難しい事を考えるのを止めた。レッドベリル、いい匂いがする。可愛いなぁ、本当に。


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