雨の日は下半身が疼く。
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「……っ」
雨の日は下半身が疼く。
アカはズキズキと鈍い痛みに悩まされていた。天気が崩れると低気圧のせいやらなんやらで、古傷が痛むと聞く。左腕を失った時もそうだ。ないはずの腕に痛みが走るのだ。
「ふっ……」
膝を曲げ床に手を付きゆっくり地べたへ座る。これだけの動作でも痛みを感じた。
両足の日常用義手を外し、付け根を擦る。
「ふっ……くッ、……はぁ」
片腕を失った時も同じ悩みがあったが、鎮痛剤が効いた。半分吸血鬼になってから薬の類は効きにくい。自然と収まるのを待っていた。
――すると。
「いたいの?」
カナタがすぐそばにいた。
目を閉じて、痛みを忘れるために作曲中の曲の続きを考えていたため接近に気づかなかった。
「や、痛くない。ほら、怪我もしてないだろ?」
心配させぬよう強がりでそう言い、手をどけて切断されて皮膚が包まれている患部を見せる。
「うん……」
アカの言葉に腑に落ちない様子。
この頃はカナタは、まるで冬眠前のクマのように睡眠時間が増えている。次は目を覚まさないんじゃないか……と考えると恐ろしい。
トイレと着替えとご飯と風呂と……カナタは1人でできないことが多いため、起きている時にせっせと済ますことをしなければならない。
「カナタ? 起きたんならまずおしっこしないとな?」
アカは休んでなどいられないと、外した義足を再度装着しようとした。しかし――。
「いっ!」
ピッタリと足の形に沿うように作られているとはいえ、義足は固定するために足を締めつける必要がある。
少しの刺激で痛みを感じる現状態では、装着ですら声が漏れてしまった。
「っ……悪い。やっぱ、ちょっと足、痛いんだ」
「……いたいのいたいのとんでけ~」
吐露すると、カナタは小さな手で足をほとんどなぞるように擦ってくれた。
■
ある日。
「うええええええ~~~~ん」
カナタがギャン泣きしている。
「ん? どうしたんだ?」
最近は、原因がわからずいきなり泣くようになった。まるでオムツか空腹か眠いを伝える赤ん坊のように。
「あ~スズの耳取れかかってんな……」
様子をうかがってみると、右手に持っている大好きなスズのぬいぐるみの耳がちぎれそうになっているではないか。カナタは大人であった時から、噛むのが好きだった。それは小さい時からのクセだったようだ。
嗚咽を隠しもせず大声で泣きわめくカナタ。これはぬいぐるみを修復しなければ泣き止みそうもない。
しかしアカは裁縫が苦手であった。元々得意ではものに拍車がかかり片腕は義手である。
「新しいの買い行くか?」
「やー!! これがいい!! ぶえぇえぇぇ~~ん」
困った。
「で? なんで俺なんだ?」
「いや~頼めるやついなくってよぉ」
アカとカナタは、ギンが務める警察署へ出向いていた。休憩時間に待合室で『ぬいぐるみスズ』の取れかかった耳を縫ってもらう。その様子をカナタは横でまじまじ見上げていた。
「つーか俺じゃなくて、もっと器用なやつに頼みゃーよかったじゃねーか。わざわざここ来るくれーなら、子供好きそうな女にでも口利きしてやんのに……」
「いらねーよ」
知らぬ器用な大人より、見知った少し不器用でもこなせる人間に頼んだほうがいい。
「ほら、できたぞ」
プチンッと最後の糸を切り、ほどけないことを確認してから直接カナタに差し出した。
「わ~!! おじちゃん! あがと!!」
カナタは『ぬいぐるみスズ』を受け取った瞬間ぎゅーっとつぶれるくらい抱きしめてから、ギンに目を合わせて言った。
「お、おう……」
満面の笑みでお礼を言われたギンは目に見えて照れていた。