それからというもの。
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それからというもの。
アカは血を提供してくれた。しかし、一人の人間が有する血の量は限られる。それを相手に分けるとなれば微々たる量であることは仕方のないことだ。
なぜアカが血を分けてくれるのか、カナタには解らなかった。理由を問えぬまま、カナタは活動できるギリギリの量をありがたく貰っていた。
「今日はハロウィンだ。街は仮想パーティーで賑わっている。よかったら、見に行かないか?」
ある日の夜。アカに外出へ誘われた。
「ハロウィン?」
「ああ。吸血鬼のコスプレもいるだろう。人間なんかに真似されるのは嫌か?」
アカの誘いに乗り、カナタとアカは散歩に共に出た。渋ると未だ外に出るのも厳しいのかと問われた。カナタが家から全く出ないことを心配しているらしい。付き添うからという言葉を無下にするのも悪いと思い、承諾した。
玄関から出る。久しぶりの外だ。夜風が心地よい。身体は怠いが、歩けないほどではない。
キラキラと輝くイルミネーションに、目を輝かす吸血鬼。アカはその光景をまるで子供を見守る親のような目で見ていた。
「グワアァァァ!!」
吸血鬼とアカは夜の街を歩いていた。そこヘ、前触れなく吸血鬼を狙うカイブツが現れた。まるでオーガのような体つき。2メートルは優に超えている。
「アカ!! 狙いはおれだ!! おまえは隙を見て逃げろ!!」
とりあえず、アカを逃がすべく後ろへ下がらせようとした――。
しかし。
「いやだね!! シッポ巻いて逃げられるか!」
アカは共に戦うことを誓い、横に並んできた。しかし人間が敵う相手ではない。
カナタはどうにかアカを逃がすことばかり考えていた。いまのカナタは極端に力が足りない。血が足りないせいだ。
何とか逃げおおせないかとルートを考えていた時――。
カイブツはカナタめがけて突進してきた。隣にいるアカをカナタをわざと突き飛ばす。カナタはカイブツの突進をもろに受けた。
「ぐはっ! ……おえぇぇ」
脳震盪でめまいがする。気持ち悪さでその場で吐いた。そういうしている間に怪物は2撃目に入ろうとしていた。カナタは先に受けたダメージで立てない。
せめてアカだけでも逃げてくれ。そう願った――。
今まさにカナタへ向かおうと鼻息を吹かすカイブツ。その目の前に堂々とアカは飛び出した。突進が命中するはずだった攻撃が、アカの無謀な介入で中断される。
カイブツはアカを易々持ち上げ、片手でアカの足引きちぎった。
「うわあぁぁぁぁああああ!!」
アカは両足を引きちぎられ、無残にも壁に投げつけられる。
「アカ!!」
駆け寄りたい気持ちを抑え、カナタは敵と対峙する。アカの時間稼ぎで何とか立ち上がることのできたカナタは何度か攻防戦を繰り広げる。アカを守る。その一心で無我夢中で戦った。おれが倒れたらアカは食い殺される。太陽が昇りかけた頃、敵は去って行った。
やっと自由となった身体でのろのろアカに駆け寄る。
「アカ!!」
太ももから下が無かった。もげたように切断されており、鼻がイカれそうなほどの血の匂いが充満している。
「ハァハァ……」
辛うじて息はあるが、真っ青だ。血が足りないことが分かる。
「なんでおれなんか……なんで庇うんだよ……」
ぴくりと身動ぎしこちらに意識を向く。
「なに? ……おまえ……死に……てえ……の?」
今にも寝そうな声だが確かにカナタを認識している。無理して笑うそぶりまで見せるアカにカナタは泣きそうになった。
「…………」
(死にたいのか、おれは。そう思っていたはずだった。アカに会うまでは。今は……)
自分自身で答えが出ず沈黙が流れる。その間にもアカの顔色はどんどん悪くなる。生気が抜けていくように青白くなっていった。
致死量なのだ。
カナタはアカをを生かすことができる。しかし、それをすれば人間ではなくなる。さらに、純粋な吸血鬼とは違い失った部位を再生することはできない。もともと存在しない片腕、さらに両足を失ってまで生き続けることをコイツが望むのだろうか……。なにかの悪い夢だ。そう現実逃避したかった。
布をはぎ、両足を止血する。縛った布から血が滴り真っ黒に染まった。カナタの身体に流れる血を口移しでアカへ無理やり飲ませた。
もうアカの傍から離れよう。庇ってまで生かしてくれた命、どうすればいいかわからないが死ぬことは許されない。とにかくアカに合わせる顔がない。どこでもいい、どこか遠くへ行こう。決意し、よたる身体を無理やり起こす。
背を向け去ろうとした――。
その時。
「カナタ……行くな……」
アカが呟いた。もう意識はない。本能からの嘆きのようだった。
「キャー!!」
非力なままではアカを持ち上げられない、運べない。カナタはアカを救う一心で人間の血を幾人か吸った。
「や、やめてくれ~~~~!!」
まるで悪魔のように、道行く人に食らいついた。
即効的に体内に力がみなぎる感覚。
最中、カナタはアカとの過去の会話を思い出していた。
もともとミュージシャンだったけど、腕無くしてやめたと聞いた時。「じゃあ俺と一緒に吸血鬼やろうぜ」と誘えばよかったのか……。
迅速に必要最低限に人間の生血を摂取し、アカの元へ戻った。自らの腕を噛みちぎり、血を吸い、意識の無いアカに口移しする。
同じ工程を何度も何度も繰り返えすと、アカの両足はようやく出血が止まる。しかし、ぴくりとも動かない。構わずアカをそろりと持ち上げる。カナタの腕は噛み傷でボロボロだった。
そのまま震える足で立ち上がり、トボトボとアカの自宅へと帰宅した。
■
<10年後>
「ん……ぅ……」
アカは重いまぶたを持ち上げる。見慣れた天井。オレの家だ。
いつものように身体を起こそうとした――。
しかし、上手くできない。何かがおかしい。足に違和感を感じ身体にかかっている毛布をはぐ。
すると、太ももの途中から足がない。思い出した、カイブツに足を引きちぎられたことを――。
半ば放心状態でその場を動けなかった。
「アカ!?」
突然名前を呼ばれ、声の方へ顔を向ける。居たのはカナタだった。
「お、あれ、カナタ……。無事だったんだな?」
カナタは、オレにザックリあの時のことを説明してくれた。
カナタがカイブツを倒したこと。オレに血を飲ませて半分吸血鬼にしたから生きてること。
アカは状況把握のために、矢継ぎ早に質問する。
「いまいつだ?」
「10年後」
「……は?」
「…………」
カナタはテレビをパッパッと操作するが、西暦まで乗っている番組は見つからなかった。
「雑誌か新聞買ってこようか?」
アカを信じさせるために手を尽くしてくれるらしい。
「ん~~。今度でいいよ。それより、金の価値かわってるんじゃねえの?」
「そこまでではない」
「つーか、10年も生活費どうしたんだ?」
「おれ、金ある」
「はっ? マジかよ? 食いぶちなくて倒れてたんじゃねぇの?」
初めてカナタに会った時。路地裏で彷徨っていたのを拾ったが、住んでいる家があるとは聞いたことが無い。
「金持ってること忘れてた」
「はぁ~?」
「医者稼業やってたとき、金なかったけど治療してやった患者がいた。そいつが今も、払える額で毎月律儀に払ってる。何年かかっても返すんだとよ」
「へぇ……真面目なヤツもいたもんだ」
「おれもそう思う」
「オレのヒモやるこたぁなかったんだな……」
住処も貸し、血もわけた。してやったことはそれだけだが、10年も一人で暮らしているのならオレが世話する必要はなかったということだ。