煮えたぎる血~前編~
山で穏やかな魔物に出会った日から数日。
アフィとメルクはその事についても考えていた。
そんな中街の人から休みの日なのにエルメナが仕事に来ていない事を聞く。
アフィとメルクは嫌な予感がして家を出るのだった。
「どう思う?旦那様」
「体調でも崩した、とは考えにくいと思います」
「あたしもだよ、たぶん考えてる事は同じだろうね」
そのまま山の入口に到着する。
だがそこで気づいた、山から異様な感じがする事に。
「なに、この凄く嫌な感じ…」
「明らかに普通ではありませんね、とても禍々しい何かを感じます」
「待て、二人だけでは危険だろう、私も同行していいかな」
「ヘイン、なんでここに」
「戦力は多い方がいいと思います、一緒に来てもらえますか」
「分かった、では行こう」
恐らくヘインは二人のあとをつけていたと思われる。
とはいえ信じるには足りる相手なので、ヘインも加え山を登る。
「うっ、この臭い…」
「こいつは死臭だ、恐らく人が死んでいる」
「人…騎士団が動いたとは聞いていません、だとしたら…」
「恐らく賊だろうな、嫌な予感がする、目的地はそっちが知っているんだろう」
「うん、急ぐよ」
そのまま山を駆け上る。
そしてあの山小屋へ続く道へと進む。
その道に足を踏み入れた時、その光景にアフィ達は言葉を詰まらせる。
「なに…これ…」
「賊の死体だろうな、それにしても惨いものだ」
「こんな酷い殺し方を…まさに人にあらざる殺し方という感じですね」
「…どう思う?」
「恐らくは激情に駆られるままに殺したのだろうな」
「つまりそれだけの感情になる手口で…」
「急ごう、一応準備はきちっとしてきたから、何かあったらそれも使うから」
かなり惨い殺され方をした賊の死体が複数転がっていた。
数からして8人程度と思われる。
だが一体誰がこんな酷い殺し方をしたのか。
エルメナが仕事に来ていない事も引っかかる。
そういえばあの魔物は娘がいると言っていた。
そして出自の事も気にかけていた。
エルメナは出自について語る事はしない人でもあった。
それらがあまりにも一致しすぎる。
アフィの中でその疑問が確信に変わりつつあった。
「体が…重い…」
「立っているだけで凄まじい重圧が…それだけ強い力が働いているのかと」
「無理せずに歩くといい、無理をすると体への負担が大きくなる」
「ヘインはなんで平気なの」
「これぐらいならね、だがそれでも楽ではないよ」
「とにかく先に進みましょう、この程度で参ってはいられません」
少し無理をしつつも先へと足を進める。
そして山小屋へと到着する。
そこには青ざめた顔の賊とエルメナの姿があった。
「ゆ、許してくれ…!そんなつもりはなかったんだ…!」
「…遺言はそれだけかしら?」
「ひっ!?」
「…あなたには死すら生ぬるいわ、だから、苦しみながら死になさい」
「た、助け…たす…け…」
逃げようとした賊がみるみる干からびていく。
恐らくエルメナの魔法だろう。
そしてアフィ達の姿を発見する。
「エルメナ…」
「あなた達も壊すの?あたしの平穏を、あたしの安らぎを、あたしの幸せを…」
「そんなつもりはありません!僕達はあなたの事が気がかりで…」
「ならどうしてここに来られたの?それはここで見たのよね?」
「あたし達はエルメナから奪うつもりなんてない!話を聞いて!」
エルメナの足元にはあの魔物が倒れていた。
だがまだ息はある、今から治療を施せば恐らくは助かる。
だが完全に激情に駆られたエルメナが立ちふさがる。
「やっと平穏を手に入れたのに…許さない、あたしからこれ以上奪うなら…殺すわ」
「っ!?」
「これは話を聞いてもらえる空気じゃないね」
「いいよ、一度エルメナとやりあってみたいと思ってたんだ、来なよ、力で黙らせる」
「アフィ…あなたという人は…」
「だが力で黙らせるしかないだろう、メルク、君も覚悟を決めるんだ」
「…分かりました、回復とサポートはお任せを」
「行くよ、あたしも久しぶりに熱くなってるから!」
「これ以上は…奪わせない!」
激情に駆られたエルメナとエルメナと戦える事で熱くなったアフィ。
こんな時でも平静なヘインが横に立ち、メルクが補助に回る。
若くして剣聖の称号を持つエルメナ、今までの誰よりも強い相手。
煮えたぎるその血の力が山を燃え上がらせる。




