穏やかな魔物
先日のエロイドとの約束により地図に記された山へとやってきたアフィ達。
エロイドの言っていた山小屋の話は本当なのか。
それも確かめないといけない。
なぜ魔物が人と共に暮らしているのか、それも気になるからだ。
「こっちなの?」
「ああ、あそこは隠すようになっていたが、分かっていれば簡単な場所だ」
「魔物、人との生活痕、どうにも気になりますね」
その足でエロイドについていくアフィとメルク。
今回はメルクは完全な独断なので、教会からの罰も覚悟の上である。
「この先だ」
「ここって…」
「見た目は山の斜面ですね、ですがこれはまやかしです」
「ああ、行くぞ」
そのまま斜面へと歩みを進める。
その斜面は幻術により作られたもの、その先には普通に山の獣道があった。
登山道とは外れている上に、幻術による幻がある。
人がこの先に進むのは普通ならない、周囲には凶暴な山の獣も出没するからだ。
だがアフィ達は気づいていなかった、その現場を見ていた者がいた事にも。
「ここだな」
「…どうですか、アフィ」
「たぶん大丈夫、すみませーん、入ってもいいですかー」
「その気配は…どうぞ」
中から声がする、アフィは人の気配などには敏感なので大丈夫だろう。
そのまま家の中へと足を踏み入れる。
「あら、この前の亜人のお嬢さんね」
「…お久しぶりです」
「そちらの人達は?あなたの知り合いなら悪い人じゃないのよね?」
「…アフィリアです」
「メルクリオと申します」
穏やかなその態度にアフィとメルクも挨拶をする。
それに対してエロイドは頭を下げる。
その魔物も怒る様子もなく、なだめてくれた。
「あの、あなたは…魔物なのですよね?」
「そうよ、驚いたかしら」
「家の中を見る限り他にも人がいるよね、その人の事を聞いていい?」
「そうね、私の旦那様は素敵な人なの、私のために地位も名誉も全部捨てて」
「地位も名誉も?その口ぶりからすると恐らく高名な人ですか?」
だが魔物はその人はもう全てを捨てたのだと言い、名前は教えてくれなかった。
口ぶりからすると恐らく昔はそれなりの地位にいた人だ。
話はまだ続き、娘もいるという。
「そういえば娘もいるの、あの子は出自の事もあって心配なのよね」
「娘?まさか魔物と人の間で子をもうけたというのですか」
「そうよ、驚いた?」
「いや、まさかそんな話があるなんてさ、ハーフの種族自体は珍しくないんだけど」
「でもまさか人を連れてくるなんてね、あなた達もここの事は秘密にしてくれるのかしら」
「…この人達ならその心配はないと思います」
エロイドもアフィ達の事は信頼している、だからこそ連れてきたのだ。
だが夫の事、そして娘の事は教えてくれなかった。
「ねえ、あなた達は私が怖い?」
「それは…怖いというより驚いたというか…」
「ええ、魔物が人と共に暮らしている事もですが、子をもうけたという事にも…」
「そんな話は聞いた事もなかったからな、私でも驚くしかない」
「そう、あなた達は優しいのね」
魔物と人が共に暮らし、子をもうけたという話自体が衝撃以外の何物でもない。
だがその穏やかな顔や態度は、幸せなのだという事が伝わってくる。
アフィもこの平穏を壊してはいけないと思っていた。
「あの人は私のために全部を捨てたの、それだけの覚悟だったのかしらね」
「あなたは愛されているのですね」
「なんか妬いちゃうなぁ、あたしも旦那様ともっとラブラブアピールするべきなのかな」
「アフィ、お前は何を言っているんだ」
「うふふっ、あなた達も素敵な夫婦なのね」
とりあえずは確認は取れた。
何かあるとマズいという事もあり、そろそろお暇する事にした。
「それじゃあ我々はそろそろ失礼します」
「長居するとあれだからね」
「では失礼します」
「ここの事は秘密にしてね、約束よ」
「うん、それじゃ失礼します」
そうしてアフィ達は山を下りた。
ここで見た事はメルクも教会や国にも話さないと約束してくれた。
「こいつはとんでもないもんを見ちまったな、お頭に報告だ」
だがそこには邪な目が光る。
このまま何も起こらないはずはないのだ。
人の心が山を染める。
山が燃えるまで…。




