ラゴウ
北の大陸の、中央より少し西の方に、ラゴウ(旧支配者)たちの住む聖域がある。
森の中にある大きく開けた場所に神殿が建てられ、その少し離れたところに自分たちだけの集落を作って暮らしている。それほど大きな集落ではないが、皆が一様に黒い木皮の外套を着ている特殊な場所であった。
その集落の端の方で、小さな兄弟が走り回っていた。頭巾のついている外套のすそを砂まみれにして、互いを追いかけ回している。
母であるマナはふたりが怪我をしない程度に見張りながら、繊維を編んでいた。樹木の皮の繊維を編んで、服を作り、市場で売る。そうして生計を立てているのだ。
ラゴウの樹皮衣は丈夫で破れにくい、と市場ではそちらの方が有名である。彼らが邪神ガンドルトを崇拝していることは、ほとんどの人が知らないだろう。
マナは、今年三十二になる、外から来た女性だ。ひとりのラゴウの男性と恋に落ちて、ここで子をなした。しかし、その男は下の子が生まれる前から、行方知れずとなっていた。
マナも彼がガンドルトに関する何やら危ないことに手を出していることを知っていたが、その詳細までは聞かされていなかった。夫本人も死の予感があるとしばしば話していたため、マナも彼はその言葉の通り死んでしまったのだと思い、やりきれない気持ちでいた。
(あんな小さい子を残して、あんたやっぱりバカだよ)
彼のことを思い出すたびに、マナは強く口を結んだ。そして、それを振り払うように、繊維を編む手を早める。
今やるべきことは、我が子らを育てることだ。それ以外に目をくれるな、と自分に言い聞かせた。
何年もそうやって暮らしてきたのだが、今日は少し違い、ラゴウの長であるトマから声をかけられた。
剃髪され、丸くなった頭に薄く産毛のように髪の毛が生えている。深く刻み込まれたシワが、彼の生きて来た年数を表しているようであった。
「マナよ。精が出るな」
手を止めず、マナはトマに挨拶を返した。笑顔をしているが、腹の底で何を考えているかわからず、昔からこの人だけは苦手であった。
「ファル(ラゴウの長)、何の御用でしょうか?」
「いや、たいしたことではないのだ。お前の夫が調べていたことに、進展があったのでな。お前も気になるだろうと思ったのだ」
マナの手が止まった。
「あとで、神殿にひとりで来なさい。秘密の話だ、子にも聞かせられん」
「……存じております」
「待っているぞ」
トマはそれだけ言うと、ふらっと去って行った。
(あんた、いったい何を調べていたんだい……?)
不審なところはあれど、トマが今になって何を話す気になったのか、マナは考えていた。この集落でやっていることは、元々外の人間だった自分に一生縁の無いことだと思っていたからだ。
夕方になり、近所の大人へ子供たちを預けて、マナは神殿へと向かった。長い階段の両端には、火のついた松明が立てられ、暗くてもよく見えるようになっている。
神殿の中は大広間になっており、そこにトマがひとりで待っていた。その手には分厚い本を持っている。彼らが聖書と呼ぶそれに何が書かれているのか、マナは知らないが、デルガルトに関するろくでもないことだろうとは想像がつく。
「よく来たな」
トマは聖書を懐にしまい、マナに向き合った。
「ファル、いったい、何の話なのですか?」
「そう警戒するな。ガンドルトさまが、もうじき我々の前に現れなさる。だから、お前もそのために準備をしておかなければならない」
「……待ってください。その、ガンドルトさまが、もうじき現れる、とは?」
「ああ、そうか。まずはそこからだな。他所者のお前には伝えていなかったが、今年の冬、ガンドルトさまは甦る。前回の結界からちょうど五十年が経つ。充分に力を蓄えたガンドルトさまなら、弱った結界などすぐに破壊できる」
マナは、ガンドルトが実在するとは信じていない。彼らが信仰しているだけで、そんなものは存在しないと思っている。だから、すぐにはその話を信じられなかった。
「ガンドルトさまが甦ったら、どうなるのですか?」
そう聞くと、トマは顔を歪めて笑った。
「ミータイア帝国を滅ぼせる。この地をまた我らの手に取り戻せるのだ。ガンドルトさまは臓物が好物でな。人間の臓物と引き換えなら、手を貸してくださるはずだ」
マナも聖書に目を通したことはある。彼が言っていることが本当なら、体の内側から引き裂かれた人間は、為す術もなく簡単に臓物を抜かれるだろう。
しかし、それで帝国を退けたところで、今より状況が良くなるとは思えない。ガンドルトが人間の味方であるなら、封印されるはずがないからだ。
ラゴウは、権力を握りたがった者たちが結託して封印を行ったと信じている。その考えこそ、自分たちの姿を鏡写しにしているだけなのだが、それに気がつくことができない。
帝国は支配こそしているが、貿易と税以外のことは、現地の者に自治を任せている。資材を腐らせないための施策なのだ。
戦争を行おうにもこの地は重要ではなく、ただ統治しただけにすぎない。徴兵をせずとも人材は足りている。多少の税と、帝国に支配されたという事実が受け入れられないということ以外、特別悪いことは起こっていないのだ。それどころか、雪に覆われる冬に不足しがちな様々なものを交易で簡単に手に入れることができるようになって、助かっている者もたくさんいる。現に、ロスタンの町では帝国に対して友好的だ。
しかし、そういう背景を知っているのは、マナが外から来た人間だからだ。ここで生まれ育った人間は、徹底的に帝国は悪だと教え込まされる。我が子たちも、その影響を受けて、たびたび過激なことを言うようになり始めた。
マナにとって心配の種であったが、ここにいる限り、どうしようもないことであった。
「私にこの話をした理由をお聞きしたいのですが……」
「ああ、話がそれてしまった。まずは、あれを見てもらおう」
トマが指さす方に、木の棺がひとつ置かれていた。
「あれの中に入っているものを見れば、お前も事の重大さに気がつく」
マナは緊張しながらその棺に手をかけ、ふたを開いた。中には、死体があった。その死体の腹部が潰れているところを見て、すぐに頭の中でガンドルトと結びつく。
「そう、ガンドルトさまがやったのだ。しかし、困ったことに、ガンドルトさまは出口を間違えておられる」
「出口?」
「ガンドルトさまの世界、テイクルシア(裏の世界)とこの世界は、一枚の皮を隔てて存在している。ガンドルトさまはその穴から見えた人間の臓物を抜いているのだ。我々はその穴を、ラルバ(神の目)と呼ぶ。絶望に苛まれ、酷くこの世界を恨んでいる者を、ガンドルトさまはラルバに使う。ラルバになるため、私はたくさんの非道を犯して、準備を行った。しかし、ガンドルトさまは未だ私を見つけてはおらん」
トマは少しずつ興奮して、段々と早口になった。彼からしてみれば、焦らなければならないのだろう。
「この者は、連絡のために使った者のひとりだ。道中で帝国の犬に捕らわれたようだ。その時に手を貸した者が、ラルバになったに違いない。ガンドルトさまは、敵意を向けた相手の臓物を食らう。それも、大きな敵意や殺意を持った者だけだ。お前は、あまり熱心な教徒ではないな? なに、それは分かっている。だから、良いのだ。お前は冷静に、奴を、ラルバを処理することができる。できるな?」
トマは、マナの目を覗きこむようにして、顔を近づけた。理由はどうあれ、人殺しに加担しろと言っているのだ。マナは断ろうと首を振ろうとした。しかし、両手で強く頭を掴まれた。
「マナよ。ここで止まっては、お前の夫の死は無意味なものとなる。お前の夫は、ガンドルトさまの情報を集めている最中、崖から落ちてしまった。さぞ、無念だっただろう。お前がやつの代わりに、皆の役に立つのだ」
「ファル、私には――」
「お前がここで断れば、子供たちはどうなる? 冬の雪山は、子供にはつらいだろう。力尽きる前に、町へと辿りつけるか?」
トマは子供たちを盾に、マナを説得するつもりだったのだ。これからの時期、集落を追い出されて自力で生きていくのは難しい。気温や食糧の問題だけでなく、冬眠前のクマもいる。何の武器もない軽装備の妻子など、町へ辿りつく前に死ぬ可能性が高い。
「汚いぞ、ファル!」
「そう思うのはお前に信仰心がないからだ。何も、全てを差し出せとは言っていない。この仕事が終わればどこへでも好きなところへ行くがいい。そのための支援もしよう」
マナはほぞを噛んだ。その条件を飲まざるを得ないことが、ただただ悔しい。
「細かい作戦はハムシに聞け。実行部隊はやつが統括している」
「ハムシ!? あいつが!?」
ラゴウの中でも、飛びぬけた乱暴者だ。今までに起こした暴力沙汰は数知れず、人を殺すことくらい造作ないだろう。
トマが彼を罰していないことが不思議であったが、こういう事態を見据えて乱暴者を手元に置いておいたのだ。荒事に慣れた人間がひとりいるだけで、人を殺すことが一気に現実味を帯びる。
「そう言うな。やつは心を入れ替えて我らのために働くと誓ったのだ」
「本気で言っているのか!?」
「ああ、本気だ。やつを制御するには、抑えつけるのではなく、方向を定めてやればいい。やつもラゴウのために働いているとは思っておらんだろうよ」
トマは、不敵に笑った。人を利用することしか考えていないその顔に、マナは怒りを覚え、手が震えた。しかし、この場で彼を殴ったところで、何も解決しない。すでに事は進んでいる。
「……それで、私はハムシに指示を扇げばいいわけね。あいつは今どこに?」
怒りを押し殺して、マナは言った。
「外に出ている。じきに帰るだろう。もしかすると、すぐに出かけることになるやもしれん。子供たちのことは任せておくがいい」
マナは彼にも聞こえるように舌打ちをして、神殿から出た。子供を守るために、彼らのやることに従う。それは結局、トマの手の内なのだ。
そのラルバとかいうものを殺せば、自分の家族は解放される。それを信じて行動するしかない。
マナはハムシの家へ向かい、その前で彼の帰りを待った。月が真上にのぼるころになって、遠くからぞろぞろと手下を連れた大柄な男が歩いてくるところが見えた。
腰には剣をさし、まるで兵士のように堂々としている。鎧や兜は性に合わないのか、つけておらず、いつもの樹皮衣を着ている。胸元で鎖帷子がきらめいているところを見るに、まったくの無防備というわけでもないようだ。
「ん? お前も加わりたくなったのか?」
ハムシは、マナに気がついてそう言った。
「なるわけないじゃない。ファルに言われたのよ」
「そうか。理由は充分だな」
ハムシは機嫌が良いのか、不機嫌なマナを見て笑った。以前までの彼とは大きく違う。やり方次第で、人はこうも上手く動かせるものなのだろうか。
「ともかく、お前はこれからラゴウの戦士となるわけだ。おれたちは、ユリクス(雷鳴)と名乗っている。お前は新参だからまだ役職は与えられないが、働きに応じて与えてやろう」
それを聞いて、マナは呆れてため息をついた。
(まるで子供のごっこ遊び。兵士、いや、英雄にでもなったつもりなのね)
ハムシの幼稚な部分を刺激して、頭目とすることで責任感まで与えた。ファルは、こんな形でなければ、本当に優れた指導者なのだ。
「中に入れ。次の作戦はおおがかりなものだ。こっちもすでに四人の死者が出ている。いいかげんに、やつを仕留めなければならない」
「四人も死んでいるの!?」
マナは先程神殿で見たひとりだけが犠牲者なのだと思っていた。七人も殺している相手は、ただ者ではないだろう。
「知らなかったのか。死体を見たが、ガンドルトさまにやられる前に、皆どこかしら怪我を負っている。相手は手練れなのだろう。そんな手練れがラルバになったからには、相応の覚悟と犠牲が必要になる」
「相手は何者なの?」
「わからん。だが、関係ないだろう。おれたちはユリクスだ。天から降り注ぐ雷を止められるものはいない」
ハムシがそう言うと、つき従っている屈強な若者たちも大きく頷いている。
全員頭が悪いのか、とマナはため息をついた。おそらく彼らは全滅するまで突撃をやめないだろう。
「私なら、ラルバに爪を呼ばれることなく殺せるだろうってファルに言われたんだけど」
「そうか。ならばやつの身動きさえ封じればいいということか」
ハムシは明るくそう言った。
(それができないからやられてるんでしょ!? こいつら、相手がラルバじゃなくても全滅は時間の問題ね……)
マナは絶望的な予感をぐっとこらえて、彼らの言う作戦に耳を傾けた。
「よし、まずラルバのことだが、どうやら巫女の護衛もやるらしい。おれたちがふたりともやってしまえば、かなり大きな手柄になる」
ハムシがそう言うと、すかさず他のひとりが反応した。
「ハムシ隊長、巫女の居場所がわかったのですか?」
「いや、まだわからん。だが、街道を馬車で通ることは間違いない。ユカナへ向かう街道を見張っていればそのうち通るに違いない」
ハムシは自信満々に言った。彼なりに何か根拠のあることなのだろう。
「しかし、ラルバの爪はどうしたらいいのでしょうか」
「ぎりぎりまで巫女だけを狙え。巫女を守るためにいるんだから、そうすれば離れられないはずだ。やつのトドメはマナがやる。こいつは信仰心が薄いが、だからこそラルバへの殺気を抑えられる」
ファルと同じことを言い、ハムシは仲間たちを説得した。中にはマナが加わることを快く思わない者がいることを、すぐに察知したのだろう。
「我々はマナをいれて、ちょうど二十人いる。相手はたったふたりだ。取り囲んでしまえば、負けるはずはない!」
彼は高らかにそう叫んだ。士気は充分なようであるが、その作戦にマナは疑問を覚えた。
(相手も手練れなら、待ち伏せされそうな街道は使わないと思うけど……)
それに、仲間がいないとは限らない。なぜひとりだと言い切れるのだろうか。
「お前はどう思う?」
ずっと黙っていたマナに、ハムシが聞く。新参者の女の意見など聞かないだろうと思っていたが、案外余裕があるようだ。
「何を言ってもいいの?」
「ああ、かまわん。やつを倒せる考えがあるならな」
本日何度目かの大きなため息をついて、マナは彼らの前にある大きな地図を見つめた。
地図はロスタンの町を中心にして作られている。そこからかなり西にいったところにこの集落があり、ユカナまでの間には大きな山と広い森が広がっている。山からは大きな川が南へ向かって続いており、ロスタンの町のすぐ近くを通っている。
ロスタンの町のほかにもふたつの大きな町を結ぶようにして、ユカナまでは街道が通っているが、山や森を迂回するように続いている。道の状態にもよるが、馬を使ってここを走っても、山を直接突っ切ってしまっても、かかる時間は変わらないように見えた。
そうなれば、重要なのは相手の技量だ。軍隊ではそう簡単にいかないが、訓練された斥候などは、獣道でも素早く通り抜けることができる。それに、悪路には罠が仕掛けやすい。馬鹿正直に後ろから追って行けば、十中八、九返り討ちにあうだろう。
マナはしばらく考えたあと、口を開いた。
「まず、前提として、今のやり方じゃ、百年かかっても無理。おそらく敵はこういうことに慣れている。そうじゃないと、年端もいかない少女を連れての旅はできない」
「なるほど。敵は手練れだというところは、おれと同意見だな。それには納得だ。だが、慣れているから何だと言うんだ? どんなやつであっても、街道を使うしかないだろう」
「森と山を突っ切ることだってできるでしょ?」
マナは地図を指さして、ハムシにもわかるように説明する。ハムシは鼻で笑った。
「ハッ! 今の山は冬眠前のクマがうろついてるんだぜ? どんな命知らずだよ」
その前提があるから、街道を通るに違いないと言い切れるのだろう。しかし、その前提がない相手であったなら、どうだろうか。
「ロスタンの町なんかだと、交易の盛んなところだし、南から来た腕の立つ用心棒を雇っているかもしれない。でも、土地勘がないとこういう無謀なことしないだろうし……。この北の大地で、そういう腕のある人に心当たりはある?」
マナが聞くと、ハムシは首を振った。
「他は?」
みんなも必死に考えているが、誰も浮かばない様子であった。その中で、後ろの方にいた青年が、手をあげた。
「山狗、という組織の話を聞いたことがある」
それを聞いて、皆は大声で笑った。
「おいおい、夢でも見てんのか? 山狗なんてものが存在するわけないだろ」
ハムシがそう言うと、青年は恥ずかしそうに手を下げようとした。しかし、マナはその手を掴んで、皆の前に引っ張り出した。
「私、よそ者だから知らないの。詳しく教えて」
「山狗というのは、山に住んでいる少し変わった人たちで、帝国との戦争でもそうだけど、そのずっと前から、偵察や諜報を生業にしていたって、ばあちゃんに聞いた」
「偵察や諜報だけ? 暗殺は?」
「それが、絶対に人を殺さないんだって」
「人を殺さない……?」
目撃者を消すことで姿を隠す組織なら、いくらか思い当たる。しかし、そういう話すら出てこないとなると、少し事情が違ってくる。
組織の名前を売るためには、要人の暗殺が最も近道で、確実だ。恐れを抱かせることができれば、組織の利益も大きく得られるようになる。手柄を立てて、どこかの国の専属になってもいい。それをせず、山の中で暮らし続ける者がいるというのか。
存在すらあやふやであるが、敵のことを知るための手がかりが他にないのなら、そこから辿っていくしかない。
「作戦を立てる前に、敵のことを詳しく知る必要があるわ。何人か、そうね、私と、あとふたりくらいで、ロスタンの町へ山狗の情報を集めにいくわ。残った人間で大きな街道と森から山へ入る道の封鎖。それにこの、何本かある川の周辺の見回りもお願い。相手はひとりなんでしょう? 先回りしていれば、そう簡単には動けないはず。人を殺さないなら、それを逆手にとって、圧倒的な多勢でいれば襲われる心配はないわ。確実な作戦を出すまでは、そのまま足止めをしておいて」
マナがそう指示を出すと、男たちは固まって、ハムシをちらちらと見ている。命令権を持っていない女の言うことを聞いていいのか、判断できないのだろう。
「ハムシ隊長、この女は何者なんですか? さっきから、隊長の命令に文句をつけてばかりいて……」
「お前ら、知らないのか? この人は、南で帝国相手に大立ち回りをした軍師さまだぜ?」
全員が驚いた顔をして、マナを見る。ほとんど誰にも喋っていなかったことだが、ハムシはファルから聞いているのだろう。
かつては、オグニと言う小国で、わずか三千の兵を指揮し、帝国四万の兵を退けたことがある。帝国側の戦争による出費がかさむように計算し、このまま続けても利益はないと知らしめ、極めて対等な条約を結べるよう裏から手を回したのだ。
そのころの経験が活かせるかどうかはわからないが、マナはできる限りのことをしてみようと思ったのだ。
「さあ早く動いて! 相手がユカナについたら終わりなの! 時間ないのよ!」
手を叩いて彼らをハムシの家から無理矢理追い出した。すでに朝日がのぼって、辺りは明るい。
「お前、やっぱりすげえな」
「あんたに褒められても嬉しくないから」
マナは肩をすくめて、町へ向かう準備をするため、集落の中でもひときわ大きな倉庫へ向かった。倉庫の中には旅支度のための道具がある程度はそろえられている。ひとまず、山を抜けなくてはならない。まだ雪は降っていないが、うかうかしているとすぐに積雪で進めなくなる。
(まったく、戦いなんてろくなもんじゃないわ)
戦争が嫌で北まで逃げてきたというのに、ここでもまた戦争をさせられるのか、とマナは気が重くなった。