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当然の追放。

 その日、冒険者が生まれる町である『始まりの町』は騒然としていた。

 魔王討伐の旅に出ている筈の勇者パーティーが、突如として来訪したからだ。

 『始まりの町』の憩いの場である噴水広場に転移で現れた彼等彼女等は一人を除いて満身創痍だった。

 勇者は瀕死の重傷を負い、聖女と賢者による治療が行われている。

 神殿によって選ばれた聖女は神々しさのある目見麗しい少女だが、今は純白の衣服を焦がし、剥き出しの手足や頬に擦り傷を作っている。

 それは賢者にも同じ事が言える。

 数多の攻撃魔法と支援魔法の使い手である賢者。姿形は好青年だが、あらゆる手で寿命を延ばしているので実年齢は百を越えている。

 そんな彼の左腕は欠損している。

 賢者は左腕の止血だけを済ませて勇者の治療に尽力していた。


 勇者パーティーには前衛を務めている戦士が居たが、その姿はない。

 戦士は今、傷だらけの体に鞭打って治療院へと疾駆している。

 勇者の為に治癒魔法の使い手をかき集めているのだ。


 そんな勇者パーティーの中で、一人だけ無傷の男が居た。

 着ている衣服は土埃で汚れているが、小さな傷もなく色白い。ひょろりとした体型は頼りなく、目元と眉は常に垂れ下がり見るものを苛立たせる上に卑屈さが溢れている。

 名は『ラウル』。

 彼は何をするでもなく、服に付いている汚れを不快そうに払っている。

 瀕死の勇者の心配をせず、必死に尽力する聖女と賢者に手を貸す事もせず、戦士の様に町を駆けずり回る事もせず。

 ラウルは魔王に敗北した彼等彼女等を、役立たずめ! と胸の内で罵っていた。


 世界の期待を背負っていたくせに応えられない能無し。

 居もしない神に祈りを捧げる身持ちの固いくそ女。

 常に侮蔑の視線を向けてくる年齢不詳のゴミクズ。

 見た目ばかりが大きく女々しさ溢れる筋肉ダルマ。


 普段散々自分をこき使っているくせに、いざという時に失敗する雑魚共め。ざまぁみろ! これは天罰だ! 当たり前の報いだ!


「ふひ、ひひひ、くひひひひひ」


 ラウルは口元を隠しながら口角を歪める。卑屈の染み付いた顔が歪み、見る者を不快にさせる表情だ。


(死ね! そのまま死んでしまえ! 魔王にボコられた無様な姿を晒したままくたばっちまえ!!)


 何時も何時も調子に乗っている奴がズタボロだと胸がすく思いだ。気に入らない奴が不幸になるのは気分が良い。最高の気分だ!


 そのまま、ラウルは何もせずひたすらに横になる勇者の姿を目に焼き付けていた。何か嫌な事があればあの姿を思い返して溜飲を下げる為に、自己中心的な思いのままに彼は腐った性根を更に駄目にしていく。


 残念な事に、勇者は一命を取り止めてしまった。

 こっそり止めを刺そうと思ったが、聖女と賢者の警戒が厳重で、信用されていないラウルでは近付く事も出来なかった。


 ストレス発散の為にラウルは酒場へ立ち寄る。

 パーティーの金で浴びるように酒を飲み、如何に勇者達が無様であったかを吹聴して回った。

 自分を嗜めようとする者には虎の威を借りて罵倒を、共感する者には豪華に振る舞った。


「黙れよ! 俺様は勇者パーティーの一員だぞ! 誰に口利いてんだよア!?」

「お前は分かる奴だ! 店主、酒と料理をもっと持ってこい! とっととしろよノロマ!」

「良いだろう。俺様が如何に勇者パーティーで活躍していたか聴かせてやる! しっかり聞いてろよぉ」


 勿論、ラウルが勇者パーティーで活躍した事など一度もない。

 寧ろ、敵に恐怖しては腰を抜かし、聖女の防御圏内から這いずって出ては狙い打ちされ庇われるという足手纏いっぷりをこれでもかと発揮していた。

 勇者が瀕死の重傷を負ったのも、そんなラウルを庇ったが為だ。

 庇われた本人にその自覚はない。

 戦闘能力のない自分は護られて当然だと信じ込んでいる。


 偶然助けられた時に彼は実家を勘当されていた。行く場のないラウルが勇者の脚にしがみつき、これでもかとすがった過去などとうに忘れている。

 自分が勇者の優しさでパーティーに置いて貰っていたなど、露程も思っていない。


 そのまま朝まで飲み明かし、ラウルは上機嫌で宿へと帰った。


 早朝で、宿の客はまだ眠っているというのにドタドタとスキップをする始末である。


 勇者は兎も角、他のメンバーはラウルと同じ宿に泊まる事を拒否している。

 故に、こうして彼だけは別の宿屋へと放り込まれていた。

 それも他のメンバーが泊まっている宿よりも豪華なところへ。

 お人好しの勇者がラウルを甘やかした結果なのだが、彼は当然だと思っている。


 ラウルに、自分は勇者パーティーの不純物である自覚などない。


 浪費、豪遊、足手纏い。


 勇者以外のメンバーは、ラウルを追い出す機会を窺っていた。

 人の良い勇者はラウルを更正させようとしていたようだが、こうなってはもう関係ない。


 赤ら顔で扉を開けたラウルを出迎えたのは、勇者以外のパーティーメンバー。

 彼等彼女等は、ラウルをパーティーから追放する旨を告げた。


「は。はぁあああああ!!?? な、なんでだよ! なんでおれさ、俺が追い出されなきゃなんねぇんだよ!? 意味わかんねぇぞ! 俺がどれだけ尽くしていたと思っていやがる!」


「醜悪な。貴方の様な人が勇者様のパーティーに身を置けていたのは、彼の優しさがあったから。我が儘身勝手利己的で無能な貴方には、誰も必要性を感じていません」


 呆れた様に聖女が言う。生ゴミでも見るような冷酷な眼差しに「ひっ」と怯え、唾を飛ばす対象を変える。


「お前等の荷物を持ってやっただろ! 町でも、宿で休むお前等の変わりに情報を集めたり、馬車の手配をしてやっただろうが!」


「えぇ。見事にガセネタを掴まされては大金を無駄に支払い、粗悪な馬車を宛がわれ、町の住民とは必ず揉め事を起こす。そんなキミの尻拭いに、勇者は相当疲労していたよ。それに、荷物はキミの肥大化している下らなく価値のないプライドを傷付けない為の詭弁だよ。自分達の荷物と偽って、本来キミが持つべき荷物を背負っていただけ。しかも大半は勇者が持っていたよ」


 と、賢者は淡々と事実を述べる。知的好奇心の強い彼の無機質な瞳に言い様のない怖じ気を感じた。


 そして、ラウルは密かに低脳バカと扱き下ろしている戦士へと食って掛かる。


「火の番だって、率先して俺が――」


「お前真っ先に寝てたじゃねぇか」


 都合良く捏造された記憶をばっさりと切り捨てられ、続く言葉を無くす。


 出る言葉が無くなり、情けなく口をパクパクさせていると、話は終わったとばかりに彼等彼女等は席を立つ。


「お、おい! 待て、待てよ! 待てって言ってるだろ!!」


「うるせぇ」


 ギンッ! と戦士の鋭い眼光にラウルは顔をひきつらせる。股間から湯気を上らせる彼に戦士は特に反応する事なく部屋を辞した。


 一人ポツンと残った部屋で、ラウルは半狂乱になって奇声をあげた。


「なんなんだよ!! なんなんだよくそが、くそくそくそくそくそがァアアァアアア!!!」


 癇癪を起こした子供よりも酷い有り様。

 テーブルを蹴倒し、椅子を振り回して手当たり次第に壊して当たり散らす。

 ベッドシーツを引き裂き、枕も裂こうとして裂けずに壁に投げ、窓ガラスを割った。


 息を切らして喉を痛め、ラウルはその場で酒やら料理やら胃液やらを逆流させた。

 しばらくそうしてようやく落ち着いたのか、彼は無惨な姿になったベッドへ腰を落ち着かせた。


「ゆるさねぇ。ぜってぇにゆるさねぇ。勇者のくそ野郎も、聖女のビチクソも、賢者も戦士も全部全部ゆるさねぇ!!」


 ラウルの逆恨みは止まらない。勇者パーティーを恨み、世の中を恨み、実家を恨み、自分に都合の悪い全てに憎悪する。


「あいつ等の全部を踏みにじってやる! 地べたに這いずらせて足蹴にしてやる! ぜってぇに地獄に落としてやるぅああぁあああ!!!」

 こんな奴の一人称なんて絶対書きたくない。

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