二の葉 幼女
この黒き空間に来てからいまだ何も変わらない状況に俺はため息をつき、あたりを見回す。
「まったくもってどうなってやがんだよ……」
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――遡ること数時間前。彼方は今まさに久遠の白の空間へと落下しようとしていた。
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
完全に予想だにしていなかった事態に、彼方はただ動揺するままに、下に落ちて――。
「いかねぇよぉぉぉ!?」
そうなのだ。この男、以上に運が良い。咄嗟に伸ばした手が運よく敷居の角をがっちりとキャッチ。危機一髪のところで九死に一生を得――。
「がぁっ!」
てもいないようである。 そうなのだ。このマンション、エセ和風のそこそこ渋いマンションなのだがそこはエセの悲しさ。時代の波には逆らえず、敷居の高さも洋風の高さに落ち着いているのだ――
「誰か助けてくれ―――!!」
……………………………………ええと、助けちゃ駄目なんですかね? だめ、ですよね。私なんかが助けちゃ……。でも、でもでも! 今は非常事態です……! ……うん、しょうがないですよ今回は。助けなきゃ私もジ・エンドですからね! よしっ、ひとおもいに! うりゃーーーーーー!!
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俺の思考回路は既にキャパシティオーバーでシャットダウンされかけていた。しかしこれだけはわかる。
「絶対落ちたらヤバい奴だよこれ!!」
この空間がなんだかはわからない。けど本能が、俺の生存本能が脳に焼付くほどに恐怖しているのだ。
すんでのところでつかんだ 何か 。これを離したら、ヤバい。だから何としてでも話したくない――、のに、どんどん手が――、
「ッく!」
このままだと、持たねえッ!
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる――――。
混乱しきった脳内で、俺は無意識に、この誰もいないただ白い世界に、望むべくもない願いを叫んだ。
「誰か助けてくれ―――!!」
叫んだ瞬間、俺の手から 何か が完全に手を離れ、そして――。
「――もいに! うりゃーーーーーー!!}
果たして「そいつ」は来た。 望むべくもないはずの助けが――、助けが?あれ……気のせいなのか?え、今どっから出てきた?え何、何何何何何何何何何何何何何何何何!何何何?何何!?何何何何何何何何何何何何何何!何何何?――。
またもや完全に混乱した俺をよそに、「そいつ」は颯爽と俺を引き上げて、そして言った。
「ああぁぁ―――――やってしまったぁ! も―――だからやっちゃ駄目でしょわたしぃ~~!!」
何なんだよもう。
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「はあ、驚いた」
ようやく先程の混乱から回復し、人心地着いた俺だが、早くもこの「「仮定夢」」にうんざりしていた。
「本当に悪夢だな。趣味が悪い。さっさと起こしてくれ。頼むから」
そんなわけでついついそんな繰り言が幾度も出てしまうのはいたしかたのないことだが――、
「いいえこの世界は夢ではありません。この白の空間も、現実に起きていることなんですよっ!? 」
……お前、いちいち反応しないでええ。
俺の目の前には、いましがたの恩人である、かわいらしいベージュポニテの女の子がこじんまりと座っていた。幼女である。元気である。が、どう見ても二次元的ドレスを着ている。そのひらっひらコスチュームを平然と着こなしている出で立ちは正直痛々しい。
でもイジりがいがありそうだなこの子……。
「いい年して俺がそんなの信じるとおもうか厨二ちゃん? 黒竜眼目覚めさせてやるからさっさとこれから覚まさせてくれない?」
「ちゅ、厨二ちゃんて名前じゃありません! マイネームイズ 如月 琴ですぅ! 」
「なんで英語なんだよ。そしてそもそも厨二が何かすらご存じないか……」
親御さんの教育ミスだよこれ。実在するならこの子将来危ういなー。 まあいいや、ともかく。
「まあ助けてくれてありがとうな。あすこで助けてくれなけゃ、一巻の終わりだと思ってたわ。」
あれ?そういえば俺を助けた時、なんか助けたこと公開してなかったか?
「ふふっ、いえいえ、当然のことをしたまでですっ!」
しかしそんな些細な疑問は彼女が続けた言葉により、問うことができなかった。
「あなた様をお守りするのは、自分の仕事より重要ですから!」
「え?」
え?何急に!?あったこともない子供からあなた様と呼ばれたんだけど!てかなに仕事って?ああもう何言ってんのか全然分かんねえ。
「えっと、君が何言ってんのか俺よくわかってないんだけど、ずばりぼくは君にとっての何なの?」
この支離滅裂な問いかけに彼女はなにを当然のことを、と言いたげに答えた。
「私はあなた様の一部にして脳司令部思考部門地の文担当 如月 琴 です!」
「は?」
考えるよりも先に声が出た。は?何この子頭の中まで厨二に染まっちゃってんの?いやむしろ艦○れファンなの?確かに考えてみればコスも似てるな。
とか思いながら厨二ちゃんの方を見ると……あれ? なんか吃驚してね?
「え? は?って……知らないんですか!? 生まれてこの方ずーーっと一緒だったじゃないですか!」
なんか目に涙がチャージされてってんだけど!ねえ、泣くなよ!?なんか俺が泣かせたみたいで世間体が悪いじゃん!
が、どんなにかわいく泣かれても、知らないものは知らない。
「いやだから誰だし!? 知らねえよ! 見たことも聞いたことも嗅いだことも触ったこともなめたこともねえよ!」
「何言っているんですか!? セクハラですっっ!」
あー、怒った怒った。涙こぼれた。ま、もはや狙ったけどね。 ……じゃなくて。
「本当に俺はお前のことを知らないんだが」
このちびっこは俺のことを知っているようだがな。
「ほんとの本当に知らないんですか!? ひ……ひどい! こんっなに尽くしてきたのに! あんまりです!」
あんまりって言われても知らないものは知らない。
「まぁいい、それはそれで、ね。とりあえず今のこの状況が何なのか知りたいんだ。夢なら覚めかた、億に一つ現実なら打開策を考えたい。その話はその後とことん付き合ってやるから、とりあえず今は情報交換しない?」
実際は億に一つもなく夢だろうがな!
とな、とりあえず千日手に終止符を打ちに言った。面倒くさかったからね。しかしこれで覚めかたの糸口がつかめればめっけもんや。
「は、はぐらかしましたね……。ん、ま、まあいいです。後で絶対思い出させますからね!
こほん、では私が知っている限りのことを話します。
まず、この世界は具現化する空間です」
「具現化する空間?」
「はい。八百万の神が、;見える化;されているって感じです。私もその一つ、地の文、つまりは貴方の実況中継する神様だと思ってくれればいいです。まだ見ていないだけで、この空間にはそんな神様たちがいっぱいいます。何故か、というと、それだけこの空間には人間がいっぱいいるからです。人間が作った思想の塊、ツクモたちは人間がいないと発生しませんので」
ん、んん?
「お……おう、まあ続けて」
「?……はい! えーー、そんな空間であるここですが、実はある場所に繋がっています」
ある場所……?
「というと?」
「……ヒントは一つです。地上で死に絶え、霊となっ…た万物が向かう裁判所、といえばも…うお分かりではないでしょ…うか。そう……」
なんて言われれば、自ずと答えは出てしまう。
「地獄……」
「はい。そしてこ…の空間は――」
とここで少し言い澱む如月。てかさっきから何というか、電波状況悪い通話みたいに、少しずつ掠れて言っているような気がする。
「お、おい……だいじょ」
しかし俺の声は、彼女の声に塗りつぶされ――、
「この空間は、地獄に人を運ぶいわば檻のようなものです。もう、にげれ…な…い……う、です……ね」
<何かが――、何か圧倒的に大きいものが無音に地響きを立てて襲ってくる>
「お、おい大丈夫か!?」
そして言い切った俺の声を――またもや塗りつぶし、塗りつくしたのは
「ッ!」
大いなる闇が白の世界を蹂躙した。