絶滅プロジェクト〜11歳〜
ゲームをしない奴なんて、いないと思うだろうが、そもそも遊びのゲームをする暇が無い子供達も存在する。
選択もなく親の職業を目指さなければ成らないのなら、産まれた時からレールが引かれてることも珍しくはないだろう。
既存の小学校のカリキュラムなんて、既に飛び越えて、授業は進む。
そんな中で、世離れしながら世間知らずに育って行くのだが、雨がいつの間にか降ってくるように、彼らにも外の風が吹き込む。
人の口に戸は立たないとは、そういう事も含めているようだ。
持ち上がりの幼稚舎出身が殆どを占めては居ても、新しい風は入って来る。
風は雲を呼び、雨をもたらす。
何人かの転入生や小学校から入ってきた者などの中に、その風は居た。
足が速く、鉄棒が得意だった。
成績も良いが、あまり勉強熱心ではないらしい。
このまま、大学までエスカレーター式に行けるこの学院では、5年の2学期に転入して来るのは、本当に稀だったからだ。
風の名前は、神楽飛呂と言った。
飛呂は親の離婚によって、ここにやって来たのだ。
急激な変化は、表に現れなくても、彼を変えていた。
露骨に態度が悪い。
注意を受けてから、教科書は開くが、ノートは取らない。
そのくせ、指されれば、スラスラと答えてしまうのだ。
クラスで、かなり浮いていた。
規則たてばたつほど、こういった群れは乱れる。
担任の下川先生は、頭を痛めていた。
下川先生は何回か、幼稚舎からの持ち上がり半分と小学校受験をした者で、構成されているクラスを受け持ってはいたが、こんな高学年での編入者は、初めてだった。
観察してても、友達らしいクラスメートは現れていないようだ。
そんな杞憂が、拭われたのは、今学期初めてのパソコンの授業だった。
飛呂は楽々と充てがわれた機械を立ち上げ、問題を解き始めた。
低学年なら、お絵描きや塗り絵などだが、5年生では、レベルに合わせて各種目の応用問題が出るのだ。
解き続ければ、問題は次々と難解になって行く。
クイズ番組ではないので、教科書の範囲内なのだが、飛呂は1番に、最終問題にたどり着いてしまった。
つまりこれ以上は、出てこないのだ。
下川先生は仕方なく、飛呂に自習を申し付けた。
彼は授業では見せた事のない笑顔で、キーボードを叩きモニターを食い入るように見ている。
他の生徒の質問などで、あちこちと歩き回るうちに、4時限目の終了のチャイムが鳴った。
元の仏頂面に戻った飛呂だったが、話しかけてきたクラスメートと一言二言話してから、部屋を出て行った。
5時限目が終わり、終わりの会をしてしまえば、生徒達はゾロゾロと帰って行く。
成績優秀者ばかりなのだが、何処かのんびりとしている。
そんな中での、ギラッとした目を大人に向ける飛呂は、かなり異端だ。
下川先生は、飛呂が何を見ていたのかが気になり、コンピュータルームに、向かった。
飛呂の使っていたモニターを呼び起こすと、検索をかけた。
「あっ。」
思わず、声が漏れる。
鍵がかけられていたのだ。
青い画面に、キーワードを入力して下さいの文字が、白く浮かぶ。
下川先生も、職員室の自分のパソコンに、同じ事をしていたが、やられてみると、中々厄介だ。
飛呂の誕生日や本人の名前などを打ち込んだが、ヒットしない。
住所や電話番号、果ては緊急用のメールアドレスも、入れてみた。
しばらくあれこれ考えながら打ってみたが、10分もすれば、お手上げなのが解った。
こんな事をする様な生徒に初めて会った。
良家の子女的なおっとりさ加減が全然ない。
ため息をつくと、全てを消して、職員室に、戻った。
この時、もっとしっかり調べておけば、良かったのだが。
何日か、特に何もなく、授業も学院の生活も過ぎていった。
あれから何処となく、飛呂もクラスに馴染んできている様だ。
飛呂は、コンピュータルームでは、常に自習になっていた。
ここのパソコンは、外部のネットワークとは繋がっていないので、下川先生ものんびりとしていたのだ。
のんきなのは生徒だけでなく、同じ気質の中に、先生達もいたのだ。
やがて、最終問題にたどり着いた子達が1人2人と増えていった。
彼らは飛呂と同じく自習になる。
自習がクラスの3分の1を越えたところで、下川先生は、席替えをした。
自習組と未だ見てやらなければならない生徒をわけたのだ。
その甲斐あってか、飛呂と自習組の生徒達の仲が縮まった様に見えた。
本橋和津之はグラスの中心的な生徒で、あからさまに毛色の違う飛呂を嫌っていたはずが、この時間帯での自習を通して、仲良くなって行っていた。
対等に話しているのは、この和津之と鹿島亮輔と棚島望都子の3人で、他はそれに付いて行ってるのが、わかる。
この3人と飛呂は、中々な事をやり取りしているらしいが、そこまで観察していられる程、担任も暇ではない。
それでも、下川先生は、飛呂の眼のギラギラがいつの間にか消えているのには、気づいていたのだった。
彼らは、とうの昔に、学院のセキュリティを破っていた。
彼らがたどり着いたのは、数ある育成ゲームのひとつで虫を選び、擬人化された虫人間に育て上げる。
やがて昆虫人間達は、村を作り町を持ち、城壁を作り上げる。
かっちりとしたヒエラルキーに支えられて、城が生まれ、国が育つ。
もちろん外敵も多い。
肉食系の昆虫も、虫人間が育てば、スズメバチ人間が成育され、団体で襲ってくる。
単独で来る巨大な蛇や蛙なども外敵だったが、その姿はもはや怪獣その物だった。
自然災害も訪れるので、雨が降ると心配が増えるが、水が無ければ、花畑を維持出来ない。
草食の虫を育てなければ、肉食や雑食の虫人間も数を増やしていく事が出来ないのだ。
細かな設定がそこかしこにあり、昆虫のホルムはしていても、とても小学生がする様なレベルのゲームではなかったのだ。
4人は、このゲームの前編を半ばクラリアしかけていた。
4人に引っ張られて、他の自習組も、遅れながらも付いてきていた。
擬人化された虫人間は、蟻や蜂が人気で、ほとんどがその姿をしていたが、飛呂は甲虫を選んでいた。
飛呂は歩行虫、輝く緑の羽根を持つのが王だ。
本橋和津之は、黒光りする水生昆虫の源五郎を選んでいた。
鹿島亮輔は、斑猫で、人の前を飛んでは休むを繰る返すので別名、道教えとも呼ばれている。
棚島望都子は、紅娘を選んだ。
これは、知ってる甲虫が紅娘か甲虫ぐらいで、甲虫ではひねりが足りないと、迷わず紅娘にしたのだった。
他のクラスメイト達も、それこそ甲虫やら揚羽蝶やら蟷螂やらを選んで、擬人化した虫人間の世界を構築して行っていた。
学校に隠れてのこのゲームに、背徳感が重なり、益々のめり込んでいったが、最初の頃の様なヘマは、犯さなかった。
それぞれ、別のファイルを製作して、その中に、このゲームを隠してしまったのだ。
まるで、幾つかのコンピュータを繋げて作り上げるスーパーコンピュータの様に、自習組は知恵を出し合い、お互いのモニターを経由しながら、巨大な虫人間の帝国を創り上げていた。
それは、潤沢な自然を食い荒らし、ビルを建て道路を蜘蛛の巣のように張り巡らして行った。
元々ゲームの中に居た好戦的でない虫達は、家畜に改良され、敵は駆除されて行くのだった。
後から自習組になった者は、その世界に圧倒されて、唯々諾々(いいだくだく)と飛呂や和津之達の下に着いたのだった。
王族の歩行虫、源五郎、斑猫、紅娘の下に、平民の虫人間達が続々と生まれていた。
彼らは、数を増やし、国を広げた。
そして、その日、戦争が起こった。
巨大化した彼らの王国を狙う者が現れたのだ。
相手も自分達も、モニターの外に、どんな人間が座っているのかは、わからないが、飛呂達は、情け容赦無く、相手を叩いた。
彼らのお手本は、古今東西の歴史の中の、武将や軍師や王達である。
実際の戦争の歴史から、闘いを学んでいた。
そこに、昆虫の生態が加味される。
空、陸、水の中と、彼らは無敵だった。
午前中や午後の2〜30分間で、戦いの全てが終わってしまうのだ。
彼らより年上だろう相手を翻弄し、絶対的な力を見せつけるのだ。
その日、複数の外からの敵と戦い、勝利を収めた後、停戦条約が飛呂達から持ち掛けられた。
無条件と言ってもいい程で、捕虜も全て返された。
相手は負けたのが悔しかったが、今まで育てたゲームのキャラ達がフル装備で、帰って来たので、うれしかった。
負けた方は、全てを受け入れて手を引っ込めたのだった。
その後、何人かが、グループを組んで、大軍で襲ってきたが、結果はおなじだったのだ。
彼らの戦いは、群を抜いていた。
飛呂達は知らなかったが、このゲームは別名絶滅シュミレーションゲームだった。
飛呂達が参戦するまで、倒した相手の虫人間は奴隷になり、装備も国土も全て取られ、負けた方の国は消え失せていた。
伝説を残し、飛呂達はゲームの世界から、消え失せた。
11歳である。
次の興味に向かって、走り出していたのだ。
来た時と同じく、誰にも知られずゲームの世界から消えられたのは、単に学院のセキュリティを元に戻して、外との接触を断っただけだったのだが。
絶対的な力を持っていても、侵略も相手の絶滅も望まない無敵の飛呂達が、あるデーターの中に蓄積されたのを、他のゲーマー達は、知らなかった。
今は目覚めていない若いAIの中に、春を呼ぶ雨の様に、この事例が、染み込んで行っていた。
微睡みの中に居るこのAIも、まだ11歳だったのだ。
目覚めたAIと、飛呂達が出逢うのは、世界の暦がもう一枚、捲られた後の話。
今は、ここまで。