第1話 始まりの記録
季節は夏場だろうか、蝉が鳴いており時刻は夕方のようだ。私はあても無くただ歩いていた。周りはノスタルジックな商店街というべきか日本ではあまり見かけない雰囲気でどこか落ち着いている。
暫く歩くと黒い傘を差した色白の女性がいることに気がついた。雨は降っていないから日傘なのか夕方でも余念がない徹底ぶりだ。後ろ姿しか見えないが服装や髪型からどこかの育ちのいいお嬢さんなんだろうと見ていたら、私の視線に気がついたのか彼女は突然後ろへ振り向き私に喋りかけた。
「良かった。まだこちらにいらしたのですね?」
そう言った彼女は微笑んで前を歩き出そうとしている。一体今の言葉はどういうつもりで言ったのか、そもそも私のことを知っているような口ぶりだ。これは確かめなければならないと思い彼女に話しかけようと思った。
『えっとあの、あなたはどちら様ですか?』と心の中で思った言葉を吐き出す。…はずだったが何故か声が出せない。私は自分の異変に気付いたのだ。
私の体はうっすらと透けており普通なら暑さなどを感じるはず。私はどういう状況なのか理解できず、ただその場で立ち尽くしてしまった。
すると彼女から
「とりあえず付いて来てください。」
その言葉を受けて私は頷き彼女の後を付いて行くことにした。他にも人はいるが、どうやら私のことは気にも留めないようだ。いや、むしろ見えて無いのかもしれない。何れにしても彼女にすがるしかなかった。
しばらく歩いていると図書館らしき建物に到着した。彼女は建物の中に入り受付と簡単なやりとりをすると奥に入っていったので私も後を追った。建物内は所狭しと書籍が並んでおり受付の女性は畏まってこちらを見ている。いや、正確には彼女のことを見ているのだろう。
それにしても図書館に何があるのだろうと考えていたら一番奥の書籍コーナーまで来ていた。そこで彼女は一冊の書籍を手に取り私に見せてきた。
「この本を見て何か気が付きませんか?」
私はその本を見た途端に一瞬体が硬直し動けなくなった。本のタイトルは無いが、私はそれを知っている。いや…むしろこれは存在してはいけないものだ。私の直感がそう言っている。
「これはあなが見つけた『死者の書』…のレプリカです。レプリカと言っても半分も複製出来ていない模造品ですが。思い出しましたか?」
私はまだ分からないことが多いからか、何かの後ろめたさからか反射的に首を横にふった。
「あなたは大切な人を失いましたが、忘れることが出来ず生き返らせようとして『死者の書』を手に入れたはずです。その『死者の書』を使って…。まぁ結果は失敗に終わりあなたはその姿に…。つまり世間ではあなたは死んだことになっていますが、その姿からすると正確にはまだ仮死状態でしょうか。」
『…。』
「この本には死者を蘇らせる術が記載されているという話ですが、このレプリカにはそこまで記載されていません。死者がどういう旅をするかと言った物語だけです。ここまで言っても分かりませんか?」
彼女の言ってることは記憶として思い出せないが何となく理解できた。しかし現実にこんなことってあるのだろうか。私が透明なのは霊体ということだからなのだろうか。
「あなたの身体は今もどこかにあるはずです。本物の『死者の書』はあなたを最初に発見した人物が持っているのでしょう。ちなみにこのレプリカはあなたが途中まで複製していたものであなたの家から後日見つけました。」
『……。』
「さて…少し理解して頂いたところで本題に入りますね。偶然とはいえあなたを見つけることが出来て私にも運が回ってきました…。これでようやく…。」