賊には賊の結末
翼は早速、髭の賊の処理へと移る。
予想は出来ていたが死んではいないようだ。微かに胸が上下しているのを確認できる。
もちろん、だからと言って殺すつもりはない。
命の危機が去った今、無抵抗な相手にトドメを刺すほどの気概は俺にはない。
とはいえ――
「これで終わりというのも納得できないよな……」
あまり長い時間ここにいると仲間が来ないとも限らない。仲間が居ない可能性もあるが、こういう場合は最悪の状況を想定しておくべきである。それでも「気絶させました。ハイ終わり」というのは損した気分になる。
とりあえず、髭の近くに転がっていたナイフを草むらへと放り投げる。そして、他に何かを持っていないかと探る。
髭面のおっさんの体を調べる行為は、其方方面の趣味を持っていない人間である翼には気持ちいいものではない。ただ、こういう場合は戦利品を頂くのが基本ではないだろうか。それに上手く行けば何かの情報を得られる可能性だってある。何しろ、こちらにはこの世界の情報がないのだ。どんなものだって貴重な情報だ。
しかし結果としては情報と言えるほどの物は見つからなかった。
手に入れられたのは小袋に入った、この世界の通貨と見られる物だけだった。
それでも何も無いよりはマシである。この世界で使用出来る通貨は今後の事を考えれば必要だったのだから文句はない。
ただ、肝心の中に入っていた通貨の価値が分からない。入っていたのは3種類。
まずは銅貨と見られる物。
これが一番枚数が多い。枚数にして20枚ほど。それだけ使用頻度が多いという事だろうか。
次は銀貨。
こちらは5枚だ。
残るは金貨。
これは数える必要もない。1枚だけである。
想定するに、枚数が多い貨幣ほど価値が低いと見て良いのではないだろうか。
なぜなら銅貨が一番価値が高いのだとすれば、この髭は十分な金を持っていた事になる。なら、恨みも何もないであろう翼に襲い掛かる必要性がない。
後、仲間の可能性を残していた先ほどのホビットらしき2人組が現れない。彼らの居た場所からなら1分とかからない筈だ。明らかにそんな時間は経過している事から、彼らが髭の仲間とは考えにくい。ということは、彼らはごく普通の住民であり、あれが普通の態度で行為なのだろう。
つまり、感情以外の理由で髭が襲ってきたのは確定。賊であり、金品目的。
ホビットらしき、いや、面倒だ。もうホビットでいい。ホビットは誘導の為に北を指さしわけではないという事。この髭以外に北には、まだ何かあるのだろう。
慰謝料代わりに金の入った小袋をリュックに詰め込むと、服以外に持ち物のなくなった髭を放置して、北への移動を再開したのだった。
時間にして10分ほど歩いただろうか。明らかに大勢の人の声が耳に入ってきた。
あのホビットの指差した場所は集落の位置だったらしい。
言葉による意思疎通は出来なかったが、どうやら俺の目的である場所に案内してくれたようだ。
あの髭は兎も角、この世界の人間とは良好な関係を築ける可能性は低くないようだ。
やがて、耳だけでなく視界でも集落を確認できる様になってきた。
高い森に隠れた集落の姿が、ようやく俺の前に御目見えしたわけである。
全てが見渡せるわけではないが、万の単位まで大きく届かない村と言った所ではないだろうか。
恐らくは多くても1000人程度。それでも1つのコミュニティーとしては十分な規模だろう。
村の雰囲気は時代劇で見るような木造作りがメインに多く見られる、科学の欠片も見られない風景だった。もっと大きな集落ならば変わる可能性もあるが、それでも地球と比べれば相当に文化レベルは低いだろう。
「思ったよりも……」と言葉が漏れそうになるが、グッとこらえて飲み込む。
周囲に見え始めた人達が聞いているとは思えないが、聞かれて妙な疑問を持たれた場合に不利な未来しか予想できない。周りの空気を乱すような行動は控えるべきだと判断する。
その周囲の人達へ意識を向けてみると、最初に会ったホビット達が俺に対して友好的だった理由が理解できた。何故なら、様々な人種や種族が見て取れたからである。
当然、ホビットや翼と同じ姿の人間も居た。
その他にもズングリムックリの背の低い種族、ほっそりとした八頭身の美形の種族、頭上に耳を持つ者や尻尾のある種族まで様々な人々が往来を行き交っている。まさに異世界そのもの。ここが地球ではないと確定させられた風景である。
これだけの種族が入り交ざっていれば、多少おかしな服装や道具を背負っていたとしても誰も違和感を持つ事はないだろう。目立つ行動を控えればの話ではあるが。
ただもちろんそんなつもりはないし、出来れば友好的に交流を果たしたい。その為にも今以上に情報収集が必要である。問題はその切欠。
とりあえずはこの集落でも言葉が通じない事は周りの喧騒からも嫌というほど理解している。出来れば言葉を交わさずにやり取り出来る方法が好ましいのだが、その方法が思いつかない。
しばらく頭を悩ませていると視界に1つの屋台が目に入る。同時に「これなら何とかなるかもしれない」と、翼は期待に表情が明るくなるのだった。