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図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
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収穫災

 翼は取り出した兵器の電源をONにすると、自然の世界では聞きなれないだろう音を髭の奴に聞こえるように近づいていく。

 目に走る痛みに顔面を抱えながら叫び声を上げていた髭も流石に、その音が新たな脅威を運んでくる使者だと認識したようだ。声を無理やりに抑え込むと脅威が近づいてくる方向を確認し始めた。


 しかし、髭にとっては未知の兵器であろう”スタンガン”に対応できるのであろうか?

 否、目に見えていても理解出来ない脅威に防御を取る事は難しい。見えていない状況では不可能といっても良いのではないだろうか。


 それでも復讐の対象者は少しでも脅威から身を守るために両腕で正面を固めた。だが、当然ながら無意味。物理でない攻撃に物理での防御など何の効果もない。まるで針に対して綿で防御しようとしているも同然。そこへ遠慮するつもりのないスタンガンでの攻撃がガードする”腕に”押し付けられた。


「ウガガガガッ!」


 腕から流れていく高電圧に悲鳴にならない声を上げる髭は、その声の終息と共に大地にひれ伏した。

 この男にとっては予想外の事態だろう。

 背後から襲った側だったはずなのに、現在は自身が這いつくばり、ナイフで倒れたはずの人間がそれを見下ろす状況。


 とても納得しているとは思えないが、加害者に文句を言う権利など無い。もし声を上げた所で、こちらは言葉を理解出来ない上に、スタンガンの効果で真面に話す事も出来ないだろう。被害者の立場を理解するにはいい機会である。思い知ってもらおう。


 そして、ここで自分が優位な立場を確立した事で冷静さを取り戻し、ようやく自身の体の状況を確認する事を思い出す。

 普通に考えると腹部に体重と勢いを乗せたナイフが突き立てられれば致命傷。怒りがどうのこうのと言った所で動けるわけもない。


 だが、翼は立ち上がり反撃をした。

 先ほどの攻撃方法に体力や技術が必要なわけではないにしても、髭がこちらが立った事への驚きで隙を見せていなければ上手く行っていたか保証はない。それだけ髭にとっては信じられない光景だったのだろう。


 そして――まだ翼は立ち続けている。

 もちろん「異世界に来て不死身になりました」なんて天文学的な奇跡などあるわけがないだろう。この世界に飛ばされた上、そんな奇跡の上塗りは漫画の世界だけに決まっている。現実を見るべきだ。


 疑問を自身の体にぶつける。

 まず、ナイフが刺さったはずの腹部は重い痛みは残っているが、先ほどに比べれば軽くなっている気がする。果たして、そんな事があるのだろうか?


 更に追及すべく、感覚に頼る事をやめて視線を腹部へと落とす。


 あ……


 何時もと何も変わらない警備員の服だけがあった。

 そこには血もついていなければ、ナイフの刺さった形跡もない。いや、よく見てみれば形跡はわずかに残っていた。


 そこは丁度ナイフが刺さったと思われた場所。ベルトの部分である。良く見れば穴が空いていた。

 恐らく牛皮ベルトが勢いを殺したのだろう。そして、突き抜けた刃先も現代世界の科学結晶である、ケブラー素材によりシャットダウンされたというのが、翼が立ち上がる事が出来た理由だろう。

 役所の奴らが建物だけでなく、衣装にまで拘ったお陰で命を救われたという事だ。

 

 どうやら県民の支払っていた税金も人の命を救ったとなれば、無駄ではなかっただろう。

 ほとんど税金を納めた履歴のない翼の命を救った事については彼らが納得するとは思えないが、とりあえず死ぬ事がないのは確定したと見て良い。


 それでも髭の奴が翼の命を狙った事が消えるわけではない。

 翼は悪魔ではないが、明らかな敵を見逃すような天使の心を持ち合わせていない。


「おいおい、まだ意識を失うには早いぜ? 人を襲っておいて、この程度で済むとは思っていないだろうな?」


 言葉が通じないにしても文句は出るモノである。命を狙われたのだから当然だ。それにまだ復讐は終わっていない。


 特に「実はスタンガンへの耐性が地球の人間より高いです」なんて展開の芽は摘んでおくべきである。

 翼は容赦なく2度目の電撃を髭の首筋に走らせる。


 しかし一度目と違い、声は聴けなかった。

 聞こえてきたのは、どちらかと言えば空気が漏れるような音だった。


 もちろん、翼はまだ警戒を解かない。相手の演技の可能性を捨てるなんて愚かな真似は、まだ捨てない。これも映画ではお約束パターン。警戒を解いたら反撃を食らってやられるパターンに違いない。油断大敵である。


 3度目の攻撃は相手が演技でない事を確認する為、良く見える正面から仕掛ける事にする。

 髭は鼻水と涙でグチャグチャの顔で視線を泳がせながら、こちらを瞳に捉えたようだ。

 溢れ出る涙で唐辛子スプレーの効果が薄れたのだろう。それでも回復が早い事は間違いない。想定外である。ならば容赦するのは危険。


 ゆっくりと電撃を纏った手の物を近づけていく。

 髭はとても悲しそうな表情で許しを請うような仕草を見せたが、演技である可能性を忘れない。

 そこに”1%”でも演技の可能性がある限り、この男に油断は見せないと心に決めている。


 そして髭の額に最後の一撃が加えられた。

 今度は空気の漏れる音すら聞けない。

 代わりに口から洩れたのは泡だった。瞳は白目をむいていた。これは流石に間違いなく気絶している。


 徹底した攻撃を繰り返し、この状況を確認して、ようやく翼の心に安堵と言う言葉が訪れたのだった。

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