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図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
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異世界の色彩

 翼は真っすぐ堂々と声の主達の”横を”通過するように歩いていた。

 本来ならば、もっと警戒した行動を取るべきかもしれないが、要らぬ警戒行動は相手に知られた時にそれ以上の警戒に繋がる。何よりも、訓練もされていない自分が下手な事するだけ無駄になる可能性は高い。


 自宅警備員時代に2流映画で隠れていて見つかる場面なんて飽きるほど見てきた光景。

 それなら堂々と自分は一般人ですよと振舞った方がまだマシだと思えた。


 やがて森が途切れ、声の主たちと家屋らしき物が見えてくる。

 どうやら、原住民で間違いなさそうだ。

 ただ、相手の姿が予想内と言うべきか、予想外と言うべきか、翼の姿と違いが確認できる距離になると、判断を誤ったのではないかと心臓が高鳴る。


 不味い。非常に不味い。


 彼らは2人いた。2足歩行である事は翼と同じ。しかし、体格に違いがあり過ぎる。

 それは、まるで子供のような姿。恐らく男と女。日本人に顔立ちが近い。

 多少、耳が大きく見えるが、それはそれほど大きな問題ではない。


 問題はこちら。身長に合わないと思われる顔。恐らく40歳前後ではないだろうか。童話などに出てくるホビットという存在が近い。その彼らが俺を見て警戒しないのだろうか。


 そして――こちらの心配など知る由もなく彼らの視線は俺に向けられた。


 逃げるべきか!?


 互いの視線が絡み合う。

 森の影から突然、熊などが出てきた時の空気に近いだろう。

 一瞬、「敵襲だ!」と叫ばれた様な、実際には起きてもいない未来が頭をよぎる。


 しかし、人は混乱すると自らが考えていたわけでもない行動を取るものである。どうやら翼もそれに含まれたらしい。


「やあ」


 そう口にすると軽く右手を相手に振ってしまった。

 何を呑気にと自分の体に問い正したい気持ちに襲われるが、今はそんな場合ではないと自制する。

 

 しかし翼の葛藤など意味がなかったかのように相手も同じように「やあ」と手を振ってくる。

 どうやら、敵ではないようだ。同じ言葉が返ってきたという事は、実は言葉が通じるという事だろうか。いや、まだ安心するべきではない。


 油断しそうになる心を戒めて、相手の出方を待つ。

 そしてそれは正解だと直ぐに判明する。今度は彼らの方から何か言葉が掛けられた事で。


「……? ……!」


 ああ、やっぱりだ。全く言葉が分からない。先ほどは、たまたま言葉が噛み合っただけだ。

 例えば、初めて会った相手に「おうっ!」と手を上げれば、言葉の通じない相手でも「おうっ!」と返してくるものである。それが「やあ」になっただけの話。やっぱり未知の世界である事は間違いないようだ。

 ただ唯一、彼らが笑顔を浮かべている事が救いではないだろうか。


「……? ……」


 彼らは言葉をつづけている。

 とりあえず、翼は言葉が分からなくても理解したように頷く。もちろん、笑顔で。

 相手が表情を崩す様子がない事から特に警戒されていないのかもしれない。このまま静観するべきだと判断する。

 それが功を奏したのか、彼らが北の方角を指した。

 そちらに何かあると言うのだろうか。


 理由は分からないが俺の姿自体には問題を感じていない事は確かだ。となれば、この流れに乗らない手はない。

 俺は軽く感謝の意を伝えるように再度軽く手を上げると、彼らの指さす方向へと歩みだした。


 やがて、彼らから距離を取ったところで大きくため息をつき、1人言葉を漏らす。


「ふぅ~、まさか、あんな種族がいるとは驚きだぜ」


 もちろん、自分と全く同じ生物が存在しているなどと甘い考えを持っていたわけではないが、童話の世界にでも出てきそうな相手となると夢の中を漂っている気分になる。

 ただもし、普通に日本語で話しかけていたらどのような対応を取ってきたかが気になる。こちらが同じ世界の人間だと認識したから友好的だったのではないかと。逆に別の世界の人間だと認識していたら攻撃的な行動に出たのではないか。それはどういうものなのか。


 選ばなかった選択の未来など分からないとはいえ、やはり気になるのは仕方がない。それでも今は得られた情報を整理する。


 まず言葉は通じないと言っても良い。それでもジェスチャーによる意思疎通が出来ないわけでもないようだ。これに関しては地球でも海外で同様の事が可能である。

 何処かの誰かが「宇宙人と意思疎通が可能なのはダンスだけだ」と言っていたような気がするが、行き過ぎた言葉でもないのかもしれない。ジェスチャーは人種を超えるらしい。これは明るい兆しと言ってよい。


 次は文化レベル。

 彼らの住んでいるであろう家屋は木造平屋で大きなものではなかった。2部屋あるかどうかのサイズだった。そして、電気類などの設備があるような様子はなかった。玄関らしき所にマキが積まれていた事から、かなり原始的な生活が知れた。


 地球でも山奥で同じような生活をしている人間は居るだろうが、そんなのは稀である。もちろん、現段階で彼らをこの世界の標準とするのは早計としても目安になるのではないだろうか。

 

 兎に角、原住民との初めての遭遇は思ったよりも平和的に収穫を得られたと言っていい。

 もしかすると色々と心配し過ぎていただけで、難しい状況ではないのかもしれないという思いたくなってきた。


 お陰で翼はリュックの荷物の重さすらも忘れたように己の世界の入り浸り、自身に近づいてくる1つの影に気づくのが遅れてしまったのだった。

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