大地と空の隙間
扉の先、光の奥は翼に希望を与えた。
大きなギャンブルに勝った気分である。
それもそのはずで、外にあった光景はラッキーとも言えるものだった。
警備員である限り、この施設の構造は当然把握している。その記憶では出た先にあるのは畳一畳分ほどのベランダがあるだけのはずだったが、足を踏み出せる場所は視界一杯に広がっていた。
簡潔に言えば、ベランダの高さに大地が繋がっているのだ。まさに奇跡の上塗りである。
下手をすれば、あの絶壁の崖を上るなり下るなりする必要があったかもしれなかったのだ。
それが必要のない選択肢となり、安全な出入り口が確保出来た事は大きな前進である。
世の中、不幸は連鎖的に襲ってくるものだと聞いた事があるが、それにもストッパーというものは存在するらしい。
もっとも、そのストッパーが無かったら、その不幸の連鎖の終わりと共に自分の命も終わっていた可能性もあるわけだから、危ない所だった。今は胸を撫でおろすという言葉を実感する。
もし問題が残っているとすれば、ベランダのつもりで設計された場所が玄関へと強制的に変換され、設計者の意図をぶち壊してしまった事だろうか。ただ、その事実を知る機会が訪れる保証はないわけであるが。
兎に角、あくまでも一難が去っただけで、わけのわからない土地に1人の状況は変わっていない。
「やっぱり、こりゃ助けを待っても無駄そうだな……」
新たなステージに到達したものの、一方通行の努力は続ける必要がありそうである。
なぜなら危機を脱しただけで状況が改善したわけではないから。
まず図書館の最上階部分は、かなりの高さが地面から出ているが、周りの植物がそれ以上に高く茂っており、覆い隠してしまっている。ここがどこだか分からないが空から救助隊が来ても、これでは見つける事は難しい。
ただその問題も、それらの植物の正体に比べれば些細な事ではないだろうか。
植物学者ではない為、詳しいことまでは分からないが自分の住む地域では見た事もない物ばかりだからだ。植物であるのだから根本的な部分がおかしいというわけではないが、植物同士に弱肉強食の様な互いの強さを感じる。南米辺りのジャングルがこんな世界なのではないだろうか。
もちろんこれも、現段階での”希望的観測”である。もっと”別”の可能性が消えたわけじゃない。
幸い、それを確認するには十分な設備が足元に埋まっている。近くの植物をいくつか採集して調べる事にする。
しかし、もう1つの視界に入る光景が、嫌な警鐘を頭の中で鳴り響かせる。
「あれを植物と呼んで良いのか……?」
視界の先――恐らく、1キロ近くは離れているのではないだろうか。
それなのに俺は”見上げる”という動作を取ってしまう。
そう、1キロ近く離れているのにである。つまりはそれだけ”バカでかい木”が周囲の同族が全く届かない高さまで成長しているのだ。たぶん、500mは超えている。
「きっと、南米やアフリカ辺りなら、アルアル……」
自分を信じ込ませるように言葉にする。ただ、その言葉に力は感じられない。
そして、これ以上の現実を否定するように図書館の新たな入口へと足を向ける。
――数時間後、食事も忘れて植物図鑑と睨めっこしていた俺は、その現実を強制的に受け入れさせられたのだった。
ここは地球ではない。
予想はしていた。ただそれを簡単に受諾したくなかった。南米のアマゾンでいいじゃないかと。
ただ、ここにある知識の海が否定するように該当する植物が見つからない。
数時間で全ての図鑑で確認出来たわけではないが、数種類採集してきた物が1つとして該当しないとなれば、別の図鑑でも結果は変わらないだろう。
もちろん、あのバカでかい木の事など調べるだけ馬鹿な話だった。もしかすると古代神話の本を調べれば出てくるのだろうか。非現実的この上ない。
「くっそっ! そもそも、なんでこんな事に巻き込まれているんだ!」
たった3カ月前までは自宅のPCの前でネットの海を漂っていたはずなのに、やる気を出して本の海の警備員になってみれば、翼が1人になるのを待ち構えていたみたいに植物の海に叩きこまれた。理不尽だ。
「どうする……」
外は暗くなり始めている。
どうやら思った以上に図鑑と格闘していたようだ。
ただ、その格闘を続ける事が無駄である事は既にハッキリしている。次の事を考えるべきだ。そうでもしないと非現実的な状況につぶされてしまいそうだった。
整理する。
本来は住むための場所ではないが、この図書館の宿直室はワンルームアパート並に設備は整っている。食料も水も電気も問題ない。暇をつぶすだけの材料も一生かけても読み切れないだけある。自宅警備員だった時との差はネット設備があるかどうかくらいだ。
「あれ? あんまり困らないんじゃね?」
深く考えなければ悪くない状況かもしれない。一旦、そう感じてしまうと気が楽になる。同時に思考も柔軟になる。
そのお陰で1つの考えが頭をよぎる。
さっきは見えなかったけど、太陽が落ちたからこそ見えてくるものがあるんじゃないか?
周囲には人工物が見当たらなかった。
間もなく闇が支配する時間になるはず。
隠れていた集落があれば漏れ出る光は目立つに違いない。
それもこの惑星なのか異世界なのか分からない世界に人が存在するとすればの話だが、可能性は低くはない。地球と似たような環境で星が育っていくと、生物たちも近い進化を遂げると図鑑の隅に書かれていたからだ。
調べる中で該当する植物はなかったが、植物としての根本的な部分がズレているわけではない様に感じられた。となれば、その可能性は十分にあるはず。
希望が生まれれば即行動。これは生物なら当然の行動ではないだろうか。
兎も角にも、俺はエレベーターに乗り込み玄関へと向かった。
そして外に出た時に見つけたのだった。
「なんだ、あるじゃねーか……希望の光がよっ!」
翌日――光の見えた場所に向い、翼は旅立っていた。