選択とルートと道標
太陽の為の時間は随分前に過ぎた事を知らせる様に月が少女を照らしている。
しかし優しげに見える光に反抗するように、彼女はメレンゲのような白い肌を震わせている。
腕は成長過程の胸を隠す様に交差させているが、下の生地の薄い白の下着は隠すつもりがないようだ。
この少女の年齢から考えれば、己に訪れている境遇は未知の領域なのかもしれない。
もちろん、地球でも地域が変われば10歳どころか、それ以下の年齢で結婚や出産まで経験している少女も少なくない。
ただ、大抵の場合は本人の意思は反映されていないのが殆ど。いや、100%と言ってもいいだろう。大人達の都合に振り回されて、人生の選択権を奪われているだけと言っても良い。そこに強く違和感を持つのは日本と言う国で倫理観を学んでいたからである。
では教育が進んでいない国ではどうだろうか?
恐らく、こちらの世界はそれに当てはまる。教育と言うものすらもあるか怪しい所。
つまりは倫理観などを語る文明の進んだ世界と比べる事自体がナンセンスなのかもしれない。
だけど――
翼は視線をベッドの方へと移動させると、そこからシーツだけを抜き取り、震える少女に肩にかけてやる……つもりだった。
「うおっ!?」
翼は素の叫び声を上げると、それを追いかけるように前に倒れこむ。
タイミング的には最悪。
少女に肩どころか覆い被さる形で、共に木の床から重い音を響かせてしまった。
原因は単純。
ダブルベッドサイズのシーツは自分が思っていたよりも大きかった為、床まで伸びたシーツの部分を踏んでバランスを崩してしまったかである。まるで恋愛ドラマのお決まりパターンのようだ。そして目の前で床に押し倒された側の少女は、遂に訪れた終末が迫ったかのように震える瞳に涙を溜めて、こちらの動向を見つめていた。
もちろん翼に少女趣味はない。
基本的には同年代。最悪でも大人を感じる相手にしか興味はないつもりだ。この少女は恋愛の対象外。
ただ……この状況は不味い。
「ごめんっ!」
翼は慌てて飛び退くと少女に対して頭を下げる。もちろん膝をついた、ザ・日本式の土下座スタイルで。
「本当にすまないっ! 俺は君に変な事をするつもりはない! 君にこのシーツをかけてやろうと思っただけなんだ!」
もちろん言葉は通じないだろう。意味不明の言葉自体が余計な警戒心を与えて、誰かを呼ばれる可能性がある。そうなればどうなるかはわかったものではない。それでも謝るべきだ。例え相手に意味が通じなくても誠心誠意を尽くして心で感じてもらうのが筋だと判断する。
それによって危機を招く事があるのならば逃げればいい。
目の前の少女の涙を止められるなら、なんの問題もない。もしそれが単なる一時しのぎにしかならず、いずれは結局、誰かが少女を苦しめる可能性があるとしても、今翼がすべき道はこれしかない。
ところがそんな翼の考えを事態は乗り越えていく。
「……ごめ……? ど……げざ?」
突然の翼の行動に驚いていると思っていた少女が、なぜか自分と同じ言葉を口にしたように聞こえた。
もしかするとこちらの言葉を真似しただけかもしれない。
いや、違う。
最初の「ごめ」は「ごめん」の真似だとしても、次に口にした「どげざ」は口にしていない。それは翼がとった行動だ。つまり――
「まさか……、君は俺の言葉が分かるのか?」
質問を投げかけると同時に頭を上げて、視線を彼女の顔へと移す。
彼女は先ほどの震えが嘘のように止まり、驚きを表す様に瞳を大きく開く。
それに釣られるように口もゆっくりと開き、翼の良く知っている言葉を紡ぎだす。
「あ、なた。にほん、じん?」
間違いない! 彼女は日本語を話した!
「この世界でも日本語が通じるのか!?」
「い、え。ここ、わたしいがい、わからない」
「君だけが日本語を理解しているということか?」
「りか、い?」
彼女はそういうと首を傾げている。
話し方も途切れ途切れであるところからすると、全てを分かっているようではないようだ。別の言葉に置き換える必要があるのかもしれない。
「ああ、ごめん。分からない言葉もあるのか。そう、君だけが日本語を話せる……でいいのかな?」
「は、い。すこし、わかる」
しかし妙である。彼女の風貌からして、どうやっても日本人、いや地球人である事すら考えられない。
美形である事は兎も角、耳の形や草原のような緑色の髪など聞いた事も見た事もない。そんなものはアニメや童話の空想の世界の話である。となれば何故、彼女は日本語を話せるのだろうか?
「どこで日本語を学んだんだい?」
「ま、なぶ?」
「うん……どういうかな。教えてもらった、でも通じるかな?」
「おしえ。わたし、とうさん、とうさんから」
何とか言葉のキャッチボールは可能なレベルである。
そのお陰なのだろうか、同時に彼女から怯えた様子が薄くなったような気がする。
しかし……「とうさん、とうさん」とは、彼女のお爺さんからという事であろうか?
「その、とうさんとうさんは日本人なの?」
「うん。むかし、むかし、とおいところ……からやってきた」
「遠い所か……」
ここまで来れば予想は難しくない。
恐らく、彼女の爺さんは翼と同じ神隠しにあって、この世界に来た日本人だ。この少女はその孫と言うわけである。TVの内容は真実であり、神隠しは繰り返されていた。つまりは翼だけがこの世界に来ていたわけではないという事だ。ただし、それは爺さんが帰る方法を見つけられず、この世界に留まったという結果をも翼に与えた事になる。つまり……帰る方法がない可能性が高い。
ヘビーな状況に溜息が漏れそうになりながらも先ほどやりかけていた行動を思い出し、完全に警戒を解いていないが逃げる様子のない彼女に今度こそシーツを掛けてやると、もっともっと大事な質問をする。
「君の名前は?」
「わた……し……」
彼女は質問の意味を己の体に染み込ませるように瞳を閉じると小さく、「ふぃす」と名乗ったのだった。




