再来年の大河
暗い針葉樹林の中を1体のアイスオークの戦士が駆けていた。
彼は墳墓奪回作戦の為に派遣された1個大隊の最後の1人だった。中隊長に伝令を任命されたときに、他の仲間は死地に赴くのだと悟った。だからこの伝言だけは、なんとしてでも族長の下に届けなければならない。
彼は体力の続く限り、走り続けた・・・
それを追う複数の影があった。
森の中の密集する木々をまるで苦にせず、軽やかな動きでアイスオークの戦士を追い続ける人影が。
やがてその内の一人が合図をすると、影達は一斉に背中の弓を手にし、次の瞬間、矢の雨が降り注いだ。
「グハッ、貴様ら・・東の・・・ブヒィ」
最後まで語ることなく、ウウ中隊の唯一の生存者が、ここで倒れた。
目標が完全に沈黙したのを確認しながら、影達が姿を現した。それは、ここから北東に位置する大森林に住んでいるエルフの集団だった。
「兄上、どうやら「貪欲なる氷斧」どもの伝令のようです」
1人の女性エルフが、集団のリーダーらしき男性エルフに話かけている。
「かなり急いでいたようだな。雰囲気からすると戦勝報告ではなく、応援の要請か、もしくは・・・」
「壊滅して、これだけ生き延びたか、ですね」
自分の思考を女性エルフに引き継がれて、苦笑いしながらリーダーが答えた。
「どちらにせよ、我らにとって有利なことには変わりない。派遣された3個中隊は戻ってこない。つまり奴らの戦力は半減しているという事だ」
他のエルフ達もうなずいている。
「伝令すら戻らなければ、愚かなゴウ・ヨークは残りの兵を集めて出陣するに違いない」
「そこを我等が強襲するという作戦ですか」
「そうだ、何か問題でもあるのか?」
少し苛立たしげにリーダーが女性エルフに聞きただした。
「いえ、派遣軍を撃破したであろう存在の動向が読めないので」
「それはこの際、問題ではない。まずは奴らの息の根を確実に止めておく方が先決だ」
これに他のエルフも同調する。彼らにとってアイスオークは宿敵であり、それと敵対している者なら蜂蜜酒をおごっても良いぐらいだ。
「分かりました、それだけです」
女性エルフはすんなりと引き下がった。だが、リーダーは彼女が納得したわけではなく、すでにこの奇襲が失敗した後のことを考え始めているのに気がついた。
それは非常に腹立たしい事ではあったが、頭の中で何を思考しても罪には問えないので、無視するしかなかった。
「ならば予定通り、奴らの進軍ルートで待ち構える。見張りの数を増やすとともに、陣地の構築を急げ」
「「ハッ!」」
エルフ達は、自分達が最も力を発揮できる場所で、アイスオークの軍勢を待ち続けた。
その頃の「貪欲なる氷斧」部族では、
「止めるな!出陣するぞ!!」
族長のゴウ・ヨークが、痺れを切らして戦いに出ようとしていた。
必死に止める側近を振り払って、戦支度を整えようとする族長に、1人の女オークが話しかけた。
「族長ともあろうお方が、何を慌てていらっしゃるのです」
「なんだ、お前か。女の出る幕ではないわ、ブヒ」
族長は興奮するとたまに帝国語にオーク訛りがまじるのであった。
「そうは参りません。族長が部族の守りを捨てて、戦に出ようとするなら、それを留めるのは妃の務めです」
「ふん、第3夫人の分際で妃気取りか、出世したな、お前も」
「ええ、他の二人が姫ばかり産むもので、私に妃の役目が回ってきました」
「なんだと、では跡継ぎが生まれたというのか!ブヒィ」
「さようです、ですから戦などに現を抜かしていないで、部族をしっかり支えてくださいまし」
少しだけ考えたが、ゴウ・ヨークは、やはり脳筋だった。
「だめだ、跡継ぎが生まれたならなおのこと、無様な父親であってはならん、ブヒ」
「ですが・・」
「もういい、跡継ぎを生んだことは褒めてやる。守りの兵も増やそう。だが、俺様が戦に出ることは決まったことだ」
「・・・さようですか・・・では、御武運を」
「うむ、後のことは任せたぞ、トンコ」
だがゴウ・ヨークが部族の元に戻ることは無かった。
遠征途中でエルフ軍の待ち伏せに遭い、配下の8割を失うことになる。そして本人もエルフ軍の隊長と相打ちになって死亡した。
エルフ軍の方も隊長の戦死に動揺したが、副官が上手く立て直して勝利を掴み取った。ただ、被害も大きく、それ以上の侵攻は断念して東の大森林に撤退していった。
族長と戦士達の大半を失ったアイスオーク「貪欲なる氷斧」部族であったが、その後、氷河の奥深くに潜んで、外敵をやりすごし、時を稼ぐことになる。
やがて部族の数を回復すると、再び周囲の領域を支配せんと野望を燃やす。
それを率いるのは、幼い族長を傀儡にして権力を振るう、1人の女オークだったという。
だが、彼女の名が歴史に刻まれるまでは、まだ遠い・・・
「たぶん、1500話ぐらいまでいけば登場するかもね」
「・・」




