心臓の弱い方はご遠慮ください
作中に残酷な描写がありますので、ご注意下さい。
「フウ隊長、各小隊突入準備完了でブヒィ」
小隊長からの報告で、突入準備が整ったことを確認した。
「後詰の部隊は配置についたか?ブヒィ」
「ハッ、3箇所に分かれて包囲していますブヒ」
「よし、斥侯を2人送り込め。深いようなら10m間隔で後続を送れブヒィ。前の斥侯の背中を見失うなよブヒ」
「「了解でブヒィ」」
こいつはかなり難儀な相手だな。
一見すると墓荒しが盗掘目的で掘ったように見せかけてあるが、実際は中から掘り貫いてやがる。ブウ兄貴は偽装に気づかなかったのか・・・いや、気づいたとしても気にしないな。
墓荒しに見せかけたいということは、本命は盗掘じゃないわけで、エルフかトカゲ野郎が網張ってる可能性が大かよ。騎士狩りとか思ってた先遣隊は罠にかかったろうなあ。兄貴、無事でいてくれよ・・・
すぐに伝令が内部の報告に戻ってきた。
「報告でブヒ。内は古い石造りで、下り階段が20mほど続き部屋にでましたブヒ。階段の途中に左右に一本ずつ枝道があり、右は土を掘った亜人の住処らしき場所に通じており、左は階段と同じ石造りの延長で、泉のある部屋になっておりますブヒィ」
「敵影は?ブヒィ」
「いまだ発見できませんブヒ。ただ、床に真新しい亜人と獣の足跡が多数多種残されていますブヒ」
亜人は解るが獣だと?・・・
「この周辺に獣を使役する連中がいたか?ブヒィ」
「ハッ、小隊長がおっしゃるにはスノーゴブリンの牙猪か、エルフの森林狼の可能性が高いと、ブヒ」
なるほどな、フォレスト・ウルフを従えたエルフが、先住していたスノーゴブリンを駆逐したか、隷属するかして、牙猪を配下に置いたか。
「よし、わかった。お前はこの情報を後詰の部隊に伝えて、ゴブリンの住居跡を調べるように言え、ブヒィ。エルフの部隊が分かれて潜伏していると面倒だからな、ブヒィ」
「了解でブヒィ」
「本隊は地下正面の部屋まで移動するブヒィ。途中の分岐には2名ずつ歩哨を立てろ、ブヒィ」
「「了解でブヒィ」」
「今度の侵入部隊は隙がないね」
「うん」
コアから情報を聞きながら作戦を練っているけど、付け入る隙が見当たらない。
敵が湖側から接近してきたので、群体警戒網にかかったから、侵入される前に発見できたんだ。あれがなかったらヤバかったね。
やってきたのは2個中隊規模で、どうやら弟2人は一緒に行動してるみたいだ。どっちが末弟なんだろう?それとも脳筋は長兄だけで、あとの二人は技巧派なんだろうか。
すぐに侵入してくるだろうから、設置が可能なのはこのタイミングだけだ。残りのDPで効果的な罠というと・・・
「ライ麦畑を監視している小隊をおびき寄せよう。コア、キャッチャーの中にスケア・クロウを設置して。バージョン麦わら帽子に鎌で」
「ん!」
さて、相手はどうでてくるかな。
「小隊長、麦畑の奥に何かが見えます!あれは、麦わら帽子では!ブヒィ」
「見間違いではないのか?今までそんな報告はなかったぞ、ブヒィ」
「いえ、自分は視力2.0トンです。間違えありませんブヒ」
「なら行って確かめてこい、もしかしたらブウ隊長が目印に置いていったのかも知れんからな、ブヒィ」
「ハッ、ブヒ」
「ああ、もう1人だれか付いて行け、単独行動はウウ隊長から禁止されてるからな、ブヒィ」
「了解でブヒィ」
ザッザッザッと相棒が麦を踏み割って進む足音が少し離れた場所から聞こえてくる。
「本当にこっちだったのか?何もないぞブヒ」
ザッザッザッと黙って進み続けている。自分から言い出した手前、気のせいでは済まされないと思っているのだろう。懸命に辺りを探している足音がする。
ザッザッザッ ザッザッザッ
ん?誰か後から来たのか?足音が二つあるような・・・
ザッザッザッ
聞き間違えか、麦が風に吹かれた音が足音に聞こえたんだろうな。
それにしても相棒が無口だな。奴がこんなに黙ってることなどあったか?
ザッザッザッ
「おい、もういいかげんに戻ろうぜ、ブヒ」
ザッザッザッ
「おい、小隊長には俺も一緒に謝ってやるからさ、ブヒ」
ザッザッザッ
「おい!なんとか言えよ!ブヒ」
無言の相棒に気味が悪くなった俺は、足音のした方に麦を掻き分けて近づいた。
「いいかげんに!・・・なんだ案山子か・・・ブヒ」
そこには麦わら帽子を被って、手に鎌を持った案山子が立っていた。これを相棒は見たんだな。
「見つかってよかったじゃないか、まあ、ブウ隊長の帽子じゃないだろうけど、ブヒィ」
だが、相棒の返事はなかった。
ここにたどり着いた形跡も残っていない・・
じゃあ、あの足音は誰がたててたんだ・・・
ザッ
後ろで足音がした。
「おい、脅かすな・・・」
ズパッ
「ゴボッ、・・おまえ・・・ブヒ」
辺りに血の臭いが漂った。
畜生、なんで見つからねえんだ。俺は確かにあの時見たのに。
苛立ちながら麦畑を掻き分けていく。単独行動が禁止なのでコンビを組まされた相手は、明らかに迷惑そうだった。これで無駄足になったら、晩飯のおかずを半分やるぐらいじゃ納得してくれないだろう。
ザッザッザッ
心なしか足音が離れている。やる気がないから遅れ始めてるに違いない。
「先いってるぞ、ブヒィ」
声をかけたが、風に揺られた麦の穂が鳴って聞こえたのかどうか・・・
いくら探しても目的のものは見つからなかった。だいたいこんな狭い自生地ならあっというまに走破できるはずなのに、やけに時間がかかる。
相方の足音もすでに聞こえない・・・
あきらめかけたとき、それが見つかった。
「案山子かよ・・ブヒ」
俺が見た麦わら帽子は、この案山子が被っていたものだった。
「案山子があるってことは、ここは自生地でなく誰かが耕してるってことだブヒ」
これを報告すれば小隊長にも面目がたつ。喜んで立ち去ろうとしたとき、それに気がついた・・・
「血の臭いがするブヒィ」
それは案山子の方から漂ってきた。恐る恐る案山子の持っている鎌を見ると・・・
特に汚れては居ない。ほっとするが、臭いはまだ消えていない。
血の臭いは、案山子の足元からしているのだ。そこに小さな血溜りができていた。
そしてそれは、案山子からポタリ、ポタリと流れ落ちている・・・
麦わら帽子の下の、本来なら藁束に被せてある麻の袋を、乱暴に剥ぎ取った!そこには・・・
変わり果てた相方の死に顔があった。
「プギャアアアアアア」
恐怖で大声をあげたはずなのに、それは突然吹いてきた突風に麦が吹かれる音でかき消された。
ザザザー ザザザー ザザザー
この麦畑が意思を持っているかのようなタイミングだった。
「小隊長殿!!この畑は危険です!!ブブヒィイ」
ザザザザザーー
「助けて!助けて!助けて!ブヒ・・・」
ザザザザザザザーーー
そして静かになった。
この場所にはたいして吹いていないのに、麦の穂は激しく風に揺れている。
「妙だな、ブヒ」
偵察に出した二人がまだ戻ってこない。おそらく報告する物が無くて、自生地の奥にある洞穴にまで潜り込んだのだろう。別に麦わら帽子が見つからないぐらいで、腕立て・腹筋・スクワット100回ずつ以上の罰は与えないつもりだったのだが。
捜索範囲を勝手に拡大したなら、ランニング10kmも追加だな。
「監視地点を麦畑の奥の洞窟入り口に変更する、ブヒィ」
中に潜んでいる者がいるとしたら、既にこちらの存在に気がついているだろう。もう姿を見られないように遠巻きに監視する手は使えない。
「一応、4方向から麦畑を捜索しながら洞窟前で集合だ。亜人が隠れて逃げる機会をうかがってるかも知れないからな、ブヒィ」
「「了解でブヒィ」」
数分後に洞窟にたどり着いたのは小隊長と部下1名だけだった。
「他の隊員はどうした?ブヒ」
「いえ、自分は会っていませんが?ブヒ」
この場所まで確かに歩き難かったが、それでも数分しかかかっていない。他の者が遅れる可能性などないはずだ。
「何か発見した声とか戦闘音とかしなかったか?ブヒィ」
自分に聞こえなかった以上、この隊員が聞いてるとも思えないが、風で麦の穂がザワザワ音を立てていたから聞き逃した可能性もある。
「いえ、麦がザワザワ煩いだけで、特にはブヒ」
その時、背後の麦畑で部下の悲鳴が聞こえた。
「ピギャアア」 ズルッ ズルッ ズルッ
悲鳴のあとに何か重たいものを引きずる音が聞こえてきた。
「いくぞ!ブヒ」
部下を連れて再び麦畑に飛び込む。
来るときは歩き難いだけだった麦畑が、戻ろうとすると原生林のように行軍を阻む。力任せに足にからみつく根を引きちぎりながら悲鳴の聞こえたあたりに辿りつく頃には、部下とも逸れていた。
息を整えながら、不自然に麦が押し倒された跡を調べる。そこには小さな血溜りと、そこから続く血の跡があった。
「ここで戦闘があったようだ、ブヒィ」
だが、その声に答える部下はいない。
はっとして、辺りを見回すが、部下の姿は見当たらなかった。
ここは何かが異常だ・・・静かに背中の戦斧を手にすると、警戒しながら血痕を辿る・・・
数m先で、血の臭いが濃くなった。この奥になにかある・・・
行かない方が良い気がする。ここで踏み出せば戻れない、そんな不安が押し寄せる。
「俺は将来の中隊長だ、ブヒィ」
弱気になる自分を叱咤して、麦を掻き分ける。するとそこには・・・
案山子にされた隊員の死体が立っていた。
「おい、どうした?何があった?ブウ」
死体は何も答えない。
思わず後ずさると、背中に何かが当たった。
反射的に戦斧を構えて振り返ると、そこにも案山子にされた隊員がいた。
「くそっ!ブヒィ、くそっ!」
闇雲に逃げ出そうとする足を、何かが掴んだ。
見下ろすと、部下の死体が自分の足を握っている。まるで1人だけ逃げようとしたのを恨むかのように・・・
「離せ!離せ!離せ!ブフウブフウ」
めちゃくちゃに戦斧で切りつけるが、切り落としたはずの手首が足を掴んで動けなくしている。
「俺は連れてかれないぞ、俺は生き延びるんだ、俺は・・ブヒィ」
恐怖で半狂乱になった小隊長の肩を誰かが後ろから叩いた。
「どうした?小隊長」
それはいつも聞きなれたウウ隊長の声だった。
今だ助かったことが信じられない小隊長は、涙を流しながら振り返る・・・
そこには、
麦わら帽子をかぶって、鎌を振り上げた案山子が立っていた。




