あの時の麦藁帽子は
アイスオーク先遣隊は第一・第三小隊の12人で階段を降りていく。
途中から、足元に散らばっていた土もなくなり、古い石造りの地下階段が続いていた。
「これがヨーク男爵家の墓所か・・・ブヒィ」
下手な事をして祖先の霊に祟られるのが怖いのか、隊員達もおっかなびっくりで進んでいる。
やがて玄関ホールらしき部屋に出た。
正面にはどっしりとした両開きの扉があるだけで、部屋には他になにも無い。
「エルフが待ち伏せしてるかもしれん。戦闘準備できたら左右同時に開けろブヒィ」
斜線をずらすように玄関ホールに散開すると、最前列の2人が合図を待って扉を押し開けた。
「通路の先にまた扉か・・ブヒィ」
しかも左右にも通路が延びて十字路になっているようだ。
「第三小隊で交差点の確保、第一小隊はここで待機するブヒィ」
指示に従って第三小隊6名が前進し、十字路の左右に廊下と扉があることを報告した。
「まずは正面突破だ。行け!ブヒィ」
やはり最前列の2人が同時に両開きの扉を押した。
カチッ カチッ カパッ ドスドスドスドスドス 「「ピギャーーー」」
廊下に豚の悲鳴が木霊した。
第三小隊の最前列の2人は、両側から突き出された槍衾にまさに蜂の巣にされて絶命した。
十字路で左右を警戒していた3人の隊員は、足元が急になくなり、深い穴に落下していった。
唯一後方にいた第三小隊長だけが、難を逃れたが、一瞬で配下が全滅したことに動揺して、隊長に指示を求めるために振り返った。
だが、そこも戦場になっていた。
両扉に仕掛けられた3つ目の罠が作動した。
派手な音をたてて玄関ホールの入り口に鉄格子が降りて来て、脱げ道を塞いだ。
「罠か!ブヒィ」
隊長の指示が飛ぶ前に、慌てた隊員が鉄格子を持ち上げようと両手で触ったとたん、玄関ホールの中央に魔力の渦が出現した。
「敵襲!ブヒ」
隊員の誰かが叫んだ。それと同時に魔力の渦が炸裂して、幾つもの風の刃と化して玄関ホールを蹂躙する。
「旋風刃か、エルフの魔道士がどこかに潜んでるブヒィ!」
玄関ホールで待機していた第一小隊全員が範囲魔法で傷を負った。特に平の隊員は重傷に近いダメージ量だ。
「通路に退避だ、ここにいると鉄格子の向こうから狙い撃ちされるブヒィ」
十字路に向かうと、そこには落とし穴があり、串刺しになった2人の味方が前方に見えた。
「第三小隊は壊滅です、ブヒィ」
「なんだと!落ちた者はどうなった、ブヒ」
「穴が深すぎて確認できません、前線復帰は難しいかとブヒ」
「とにかく左右の廊下に飛び移れ。ここも鉄格子の外から打たれたら、ただの的だブヒィ」
隊長の指示に従い、隊員が右の通路にジャンプして安全を確認してから、左右に分かれて飛び移り始めた。
「今だ、五郎〇チーム、アップルチーム、出撃!」
「グヒィ」 「ギャギャ」
十字路の左右の待機所から両チームが飛び出していく。
アップルチームを見た小隊長は、エルフでないのを訝しがりながらも迎撃体勢をとった。
だが、五郎〇チームを見た隊員は、「なぜ猪?ブヒ」と首をかしげている間に突進された。
ズドドドド と地響きをたてて、廊下いっぱいに並んだ3頭のワイルドボアが突進して来る。
思わず片方の隊員は後ずさって、足を踏み外していまった。
「ブヒィイイ」
落とし穴に落ちなかった相棒もまた、逃げ場の無い通路で完璧なタックルをくらって宙に舞った。
「ゲヒィイイ」
2体を倒して役目を終えた五郎〇チームは、次の突進にそなえて待機部屋の前まで戻っていった。
逆にアップルチームは苦戦していた。
アイスオーク達は対亜人戦になると日頃の鍛錬が生き、3対2の劣勢でも、狭い廊下を利用して5分に戦闘を進めている。
アイスオークの隊員が倒れたときには、ティーも重傷を負って戦線離脱した。さらに倒れた隊員のスペースに、新たなアイスオークがジャンプしてきた。
「まずい、コア、アップル達の後方に群体を召喚、小隊長達にぶつけて!」 「ん」
急いで群体を召喚、アップル達の支援をさせる。
召喚の魔方陣は小隊長からは見えるが、隊長達からは見えない位置だ。
正面からバッタの群が飛来してきた小隊長は、思わずそれを叩き落すことに集中してしまう。そこにアップルとパイの連撃が決まった。
ふらつく小隊長をアップルは槍の石突で強く突き放す。方向を見失った小隊長は、押されるままに後ろに下がり、そこに床が無い事に気がついた。
「ブヒィブヒィイ」
1人になった増援の隊員は、不利を悟って反対側の廊下に飛び移ろうとする。助走なしでの3mジャンプはわずかに届かず、必死に落とし穴の縁にしがみ付いた。
戦斧も手放して、身体を廊下に引き上げようとする隊員の視線と、廊下から見下ろす五郎〇の視線が合った。
「ブヒィ?(見逃してくれないよね)」 「グヒィ(ダメ)」
体重を支えていた手に牙を突き立てられて、隊員は激痛により縁を放してしまう。
「ブヒィイイイ」
また1人、水牢へと落ちていった。
ここに至ってブウ隊長は、自分達が戦っているのがエルフではなく、何か別のものだと気がついた。
「なんだあ、こいつらエルフじゃねえぞ。墓荒しの傭兵団かなんかか?ブヒィ」
見回せば、残った戦力は自分と隊員1人だけになっていた。
「エルフじゃねえなら、さっきの旋風刃も単発かもしれねえ、ブヒィ」
残った最後の隊員に鉄格子を開けてこいと指示をだす。
だが、すでに最初の発動から時が過ぎ、罠は再稼動していた。
カチッ ヒュイン ヒュイン ズパアアアン
先遣隊最後の隊員は鉄格子を握り締めたまま、背中を風魔法で切り裂かれて死亡した。
「ちぇ、俺様1人軍隊かよ、ブヒィ」
旋風で庇を切り裂かれた麦藁帽子を被り直すと、ブウは玄関ホールで大声をあげた。
「我こそはアイスオーク部族「貪欲なる氷斧」の切り込み隊長、「麦わらのブウ」なり、ブヒィ。そちらの大将はどこの誰様だ?ブヒィ」
しばらく間が開いたあとで、どこからか声が聞こえた。
「降伏するか?」
「そっちの大将が、俺様が降伏するに足りる器量を持ってたらな、ブヒィ」
「・・・いいだろう、罠をはずすから正面を進んでこい」
声の通りに落とし穴や槍衾が元に戻っていく。正面の両扉を開けると広いホールがあり、4隅に骸骨の兵士がたたずんでいた。さらに正面に両扉がある。
「この先ってことかよ、ブヒィ」
ホールを突っ切って奥の扉を押し開けると、そこには銀色をした骸骨が立っていた。
訝しげにブウは声を掛けた。
「あんたが、ここの大将かい?ブヒ」
返事はどこからともなく聞こえてきた。
「そうだ、今は私がここを支配している」
「ここは墓だって聞いてきたんだが、ブヒィ」
「遺跡だが墓ではないな」
「ちぇ、ガセネタつかまされたのかよ、ブブヒィ」
「ならば降伏を受け入れるか?」
ブウは戦斧を構えると、ニヤリと笑った。
「そうしたいとこなんだが、俺様には弟が2人いてなあ。あいつらに無様な面見せるわけにもいかねえんだよ。俺様の誘いに乗ってもらって悪いんだが、一緒に地獄へ行ってもらうぜええ、ブヒィ」
ブウはその場で戦斧にアイスシャープの特技を発動させる。
「死ねやあああ」
床を蹴って突進しようとしたが、その床が消えていた。
前を見ると、銀色の骸骨が天井から下がった紐を引いていた。
「騙しやがったなあああ、ブヒィィィ」
奈落に消えて行くブウを見ながらロザリオはつぶやいた。
「ここまでお膳立てして突き落とす、主も人が悪いな」
「騙したのはお互い様だからね」
「ブゥ」




