砂の十字架
「それで、その紐を引くとどうなるんですか?」
ベッドの上で、前屈ができずに疲れて寝転んだ豚男爵に声をかけてみた。
「扉の手前に落とし穴が開いて、侵入者を奈落の底へ落とし、さらに落ちなかった者共に、広間の兵士が襲い掛かるのだ、ブヒィ」
「なるほど」
そう言ってワタリに合図した。
「承知つかまつった」
ワタリは音も無く豚男爵に近づくと、天井から釣り下がった紐を引いた。
すると扉が勝手に開き、その手前に落とし穴が口を開けた。
「オークックッ、自ら死地に赴くとは蛮勇のなせるわざだな。死んで後悔するがよい!ブヒィヒィ」
扉の向こうは9mx15mx6mの広間になっており、壁際に5体ずつの錆付いた甲冑が剣と盾を構えて並んでいた。それが一斉に剣を振り上げて、こちらに殺到してくる。
「なぜだ?死ぬ気か」
ロザリオの問いに首を振って否定する。
「まあ、見てて」
「オークックッ、不遜な侵入者を血祭りにあげるのだ、我が兵士達よ!ブヒィ」
男爵の命令に忠実な不死の兵士たちは、2列に並んでこの部屋に殺到した・・・
そして次々に落とし穴に落ちていった・・・
「ブヒィ?」
「あの罠は僕らが正面から来たら有効なんだけど、すでに横道から部屋の中に入っている場合は、何の役にもたたないんだよね」
「確かに、逆に兵士が罠にかかってるな」
最後の2体が穴に落ちて、扉がゆっくり閉まっていく。
「さて、言い残すことはあるか?」
ロザリオが槍を突きつけながら豚男爵に尋ねた。
「わ、我輩は不老不死の肉体を得ているのだ、殺すことなどできんぞ、たぶん、ブヒィ」
「自慢のセリフが抜けているぞ、そら、含み笑いはどうした」
そういいつつ、わき腹に槍を突き立てる女騎士。
「ブブヒィ!痛いブヒィ」
「不老不死でも痛みは感じるらしいな。お前が行った罪の数だけ、槍を突き立ててやろう」
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!
悪魔に捧げられたという魂の数だけ、豚男爵の身体に槍が突き立った。
身体の大部分が脂肪なので、槍を突き通しても血は流れない。開いた穴もゆっくりと塞がっていくが、なぜか神経は通っているらしく、豚男爵は激痛に襲われている。
「ブヒィブヒィブヒィ、もう止めてくれ・・・ブヒィ」
「貴様が拷問した者達は、そうやって許しを乞わなかったとでも言うのか!」
ロザリオのお仕置きは続く。
やがて苦痛に耐えられなくなった豚男爵が、慈悲を願った。
「オークックッ、殺してくれ、ブヒィ」
逆くっ殺になったよ。
その時、豚男爵の5段腹の隙間から紫色の煙が立ち上った。そして、どこからともなく中性的な声が響いてきた。
「契約者の要望により、不死の効果を解除。ただし改造した身体は元には戻らないのでご注意を」
「ち違う、今のは違うブヒィ!そ、そうだサービス券を使ってこいつらを全滅するブヒィ!」
そういってクシャクシャになるほど握り締めていた紫のカードを振りかざした。
しかしそのカードも紫色の煙になって消えてしまう。そして再び声が響く。
「有効期限切れです。またのご利用をお待ちしております」
「ば、ば、馬鹿なあああ」
「地獄で懺悔しろ!」
ロザリオの渾身の一撃が、豚男爵の頭を貫いた。
その瞬間、止まっていた時が流れ出した。
豚男爵の身体はみるみるうちに干からびて、ミイラ状になったと思う間もなく、風化して、足の先から塵になって崩れ去っていく。
この部屋のベッドや装飾品も、腐食したと同時に砂になって散っていった。
たぶん、拷問部屋の器具や牢獄の鉄格子なども同じように消え失せていくのだろう。
そして・・・
「ああ、私もあの男爵の呪いによって現世に繋がれていただけのようだな」
ロザリオも足元から塵に変わっている。
「無念は晴らせたのかな?」
「ああ、貴殿のおかげだ」
すでに胸の辺りまで風化が進んでいる。
「一つ心残りがあるとすれば・・」
「僕ができることなら聞いてあげるよ」
「貴殿に剣を捧げ・・たかっ・・」
最後の言葉を聴き終える前に、ロザリオは消えていった。
シャリン
小さな音とともに、床に銀鎖のペンダントが落ちてきた。
その銀鎖には、小さな十字架が付いていた。




