狼は生きろ
十字路に戻りながら、ロザリオに聞き辛い質問をしてみた。
「敵軍に捕まった味方は全員男爵に?・・・」
ロザリオも言い辛そうにしていたが、最後にポツリと
「いなかったんだ・・」
「え?」
「ここには誰も捕らわれていなかったんだ」
「じゃあ、ロザリオは捕まり損ってこと?」
「クッ」
「結果はともかく、助けようとした志は尊いよね、結果はともかく」
「ククッ、なぜ二度いう」
「キュキュ」
背負い袋の中から首を出した親方が、気にするなと声を掛けてきた。
「土竜にまで慰められるとは・・・」
うな垂れる白骨を随えて、十字路までたどり着いた。
落とし穴はそのままで、両扉の前の通路も槍衾で閉ざされている。
「そうか、この槍も自動では戻らないんだった」
「ふつう稼動した罠は、使い捨てか、再利用できるとしても手動で巻き戻すものではないのか?」
「一般的にはそうなのかもね」
「ふむ」
ロザリオは何か考え込んでいる。その間にアサマが罠の解除方法を調べていたけど、見つからなかったらしい。
「ギャギャギャ(戻す機能があるとしたらこの先の部屋ですね)」
だとすると槍を切り落として道を作るしかなさそうだけど、この槍は青銅製みたいだから、かなり厳しいね。
「ロザリオ、落とし穴の下はどうなってた?」
「ああ、油ですべるスロープを落ちると、水牢だったな。かなり深くて鎧をきていたらおぼれそうになったので、なんとか脱いで泳いでいたが、やがて体力が尽きて気絶した。そして気がつくと牢の中だったな」
そっちから攻めるのは無理があるか。
「どこかに秘密の抜け道が、ありそうなんだけどね」
「ギャギャギャ?(どうしてです?)」
「この罠は敵味方の識別ができそうにないよね。この奥に男爵の部屋があるとして、この扉に触る度に通れなくなるのは面倒でしょ?」
「ギャギャ(なるほど)」
「抜け道ならあるぞ」
「え?」
「豚男爵が牢獄に犠牲者を値踏みに来るときは、たいてい突き当たりの牢から現れる。まさか本人が牢に引きこもってるわけでもあるまい」
「なるほど、調べてみる価値はあるね」
突き当たりにある牢屋の鍵も鍵束の中にあった。鉄格子の扉をあけて、中を調べると、すぐに奥の壁が隠し扉になっているのが見つかった。
その奥には狭い通路が通じていて、すぐにT字路になっている。T字路の右は少し先で行き止まりだが、左はかなり先まで繋がっている感じがする。
「予想だと左は脱出口で外に繋がっていそうかな。なので本命は右だね」
先行したアサマが突き当たりの壁を調べると、そこも隠し扉になっているという。
「さあ、男爵様とご対面だ」
そっと隠し扉を押し開くと、そこは広い寝室だった。
本来、出入りするはずの立派な大理石の両扉が右手に見える。部屋の大きさは9mx12mx3mで、中央に巨大な天蓋付のベッドが鎮座していた。そしてそのベッドの上には巨大な豚が眠っていた。
「あれがヨーク豚男爵だ」
「確かに豚ですね」
「ギャギャ(豚です)」
「キュ」
「誰がブタじゃ、誰が、ブヒィ」
巨体を揺らして起き上がったオークを、僕ら全員が指差した。
「我輩の隠れ家に、ずかずか土足で踏み込んできておいての乱暴狼藉、許さんブヒィ」
鼻息荒く怒る豚男爵だったが、ブヨブヨに肥大化した身体が思うように動かせずに、上半身を起こすのがやっとという有様だ。
「こんなのに捕まったんですか?」
「いや、以前はもう少しハイランドオークっぽい体型だったんだが、何がどうしてこんな様に?」
確かにこの体重が300kg以上もありそうな脂肪の塊では、歩いてこの部屋を出ることもできなさそうだ。
「オークックックッ、我輩の究極の肉体を見て驚いているようだな、ブヒィ」
驚いているのは間違いないね。
「我輩は、13の魂を苦痛と絶望のなかで捧げることにより、悪魔と契約したのだよ、ブヒィ」
うわ、悪魔召喚あるあるネタだよこれ。
「貴様、なんということを!」
しかも女騎士さん、乗り乗りだよ。
「悪魔は13の魂と引き換えに我輩の3つの願いをかなえてくれたのだ、ブヒィ」
「クッ、悪魔の力を身につけたというのか」
それ、正義のヒーローだから。
「まず、一つ。不老不死の肉体!ブヒィ」
「それはエルフの秘術の中でも高難易度のはず」
難易度高いだけで、できるんだ。
「次に二つ目。アンデッドを自在に操る能力!ブヒィ」
「死者をさらに冒涜しようと言うのか」
ネクロマンサーって普通にいるよね?この世界。 「ギャギャ(います)」
「そして三つ目。願いをあと3つかなえるサービス券だ!ブヒィ」
「ばかな、それを繰り返せば無数に願いがかなえられるではないか・・・」
ああ、それだね、それ。やっちゃいけない3つの願いのうちの一つ。その結果、悪魔がプッツンして呪いでもかけられたんだ。それでこうなったと。なるほどねー。
「オーークックックッ、絶望した貴様らなど、我輩の手を汚すまでもないわ。出でよ牢獄の番人、ゾンビ・オークジェイラーよ、ブヒィ」
床に巨大な黒い魔方陣が浮かび上がり、その中心から黒い煙が立ち上ると、ポフッという音とともに消えていった。
「ああ、牢獄の番人なら僕らが倒しましたよ」
「ななっんだと、だが我輩のしもべはそれだけでではないわ。出でよ死の行進、ゾンビジャイアントラットよ、ブヒィ」
床に再び黒い魔方陣が・・・
「それも僕らが倒しました」 ポフッ
「オークックッ、さすがここまでたどり着くだけのことはある、ブヒィ。だが、我輩がなんの用意もしていないとでも思ったのか、ブヒィ」
そういうと豚男爵は、天井から釣り下がった紐を引っ張ろうとした。
「まずい、奴を止めろ!」
ロザリオが叫ぶが僕らは動かなかった。
なぜなら・・・
「クッ、クソッ、届かん、ブヒィ」
ベッドの上で必死に手を伸ばす豚がいた。




