崩落
その轟音と振動は、オババのダンジョンの全ての場所で感じ取れた。
青水晶の間にて
「何?今度こそ地震なの?」
「いや、大規模だが地震じゃないな・・炭鉱の崩落に近い・・」
「おいおい、それってダンジョンが崩れてるってことかよ」
「どちらにしろ、穏やかじゃなさね・・」
地下水道、空気溜まりにて
「ベニジャ、目を覚まして、危機が迫っています・・」
「・・ん・・ああ、ルカか・・アタイは魔力を使い果たして気絶しちまったか・・情けねえな・・ジャー」
「ベニジャの働きは見事でしたよ・・それより聞こえますか?この轟音が・・」
「・・ああ、揺れも感じるぜ・・ヤバイのか?ジャジャ」
「大量の水の動きが感じられます・・かなり上の方から凄い勢いで近づいてきています・・すぐに避難を」
「けど、どこに逃げれば良いんだ?ジャー」
「それは・・」
コアルームにて
「オババ様、敵の極大呪文攻撃では?!」
『焦るでない・・アースクエイク(地震)の呪文が使えるほどの術者は来ておらんはずじゃ・・』
「だよな・・可能性としては、またフロストワームあたりか?・・」
「だが、この揺れはフロストワームが単体で引き起こせる規模を越えている・・」
『兎に角、警戒を怠るでない・・仕掛けて来よるぞ・・』
しかし、敵の攻撃はオババの予想をも上回る規模でダンジョンを襲った。
コアルームに最大級のアラートが鳴り響く。
『なんじゃ?! 第1階層が崩落したじゃと!!』
オババの投影するマップには、大量の水に押し流されて崩れたダンジョンが映し出されていた・・
「第2階層に浸水!持ちこたえられません!」
「やべえ、第1階層の崩落が連鎖して、下の階層を押しつぶしていきやがるぜ!」
キャスターとアーチャーが見ている、その目の前で、続々とダンジョンが廃墟に変わっていった。
『なぜじゃ!凍結湖の湖水を浸水させたのは判る。じゃが、それだけでダンジョンが崩落するわけがなかろう!』
湖の地下を掘り抜く時は、強度の安全を確保しながら、慎重に拡張していった。もちろん「隔離」も最強強度で展開している。通路が水没したぐらいで、崩落するわけもなかった。
だが、その原因が、崩落が進むにつれて判明した。
『なんじゃ・・この巨大な空洞は・・』
崩落した第1階層の跡に、巨大な空洞が出現した。
いや、元々あった空洞が、ダンジョンの通路が崩壊した為に、その全貌を明らかにしたのだ・・
『奴等・・ダンジョンの周囲の岩盤を、全て喰らいよったのか・・』
ダンジョンを拡張した場合、ダンジョンコアの管理が行き届くのは、通路の内部と外側の2~3mぐらいまでである。その先は支配領域でもなければ、監視範囲でもない・・
迷宮型のダンジョンであれば、例え未使用の空間があっても、周囲からの干渉により支配領域化されるが、オババのダンジョンの様に、地下通路をあちこちへ伸ばす形状だと、どうしても死角の部分は発生する。
敵は、その部分に巣を作り、トンネルを延々と掘り抜く事により、ダンジョンの支えを少なくしていったのだろう・・
ディープエキドナ(親方達)の様に、地下共鳴音に敏感な眷属でも居れば、すぐに感知出来たはずだが、オババのダンジョンの護りが、ボーン・ガーディアンに偏重している隙を突いてきた結果である。
フロストワームの穿った空洞は、やがて大きな地下洞穴となり、その中をダンジョンの通路が、コースターのレールの様に取り残される。
通路とその外郭の岩盤だけなら、階段やスロープで繋がっているので、空中にあっても維持出来る。
だが、その中を大量の水が満たし、かつ、上からも叩きつけるように降りかかったらどうなるか・・
その答えが、今、ここで起きている現象であった。
耐久力の限界に達した、支柱となっていたスロープの最初の1本が折れると、その負担が他の階段部分に影響し、連鎖的に崩れ落ちていく・・
大量の土砂と、湖水で、最初の階層が埋まると、その重みで、次の階層の崩落が引き起こされる。
短時間の間に、第2階層も崩落して廃墟となっていった・・・
「第2階層、壊滅・・浸水は第3階層に及んでいます!」
「あ~あ、凍結湖の水位が半減・・およそ湖、半分の湖水が流れ込んだ計算だぜ・・」
『全通路の隔壁を遮断、なんとか第3階層の崩落を防ぐのじゃ!』
そうは言っても、ダンジョンの機能にアクセス出来るのはオババだけで、キャスター達は見守る事しかできない。あちこちの操作で忙しいオババが、見落としている情報を見つけて告げる事しか役に立てなかった・・
「青水晶の間に大量の水が移動しています」
「あそこはフロストワームが開けた大穴があるからな・・塞ぎようがねえぜ・・」
『・・仕方ない・・オーガーリーダー、そこを放棄して撤退せよ・・人族のゲストも一緒にじゃ』
念話で指示を送ったが、返答は予想外のものだった。
『こちらは大丈夫です。持ちこたえます、ウガッ』
青水晶の間にて
ヴォジャノーイのノヴォが作り出した大渦巻きにより、地底湖の湖底に隠れていた15番を撃破することに成功した一行は、その後すぐに起きた轟音と振動により足止めをされていた。
「そこの半魚人、何か知ってるの?!」
ビビアンに問い詰められたノヴォであったが、詳しい事は何も聞かされて居なかった。
「悪いが、俺にも何が起きているのか見当がつかねえ・・ただ、音から察するに、湖の底が抜けたんじゃねえかと・・」
「ちょっと、大事じゃない!逃げなきゃ!」
焦るビビアンだったが、轟音は通路を反響して、4方から聞こえてくる。どちらに逃げても鉄砲水に押し流されそうな気配であった・・
「ここで耐えるしかないな・・」
ハスキーの判断に、他のメンバーが異議を唱えた。
「そうは言っても、ここは地底さね・・水が引くまで息が持つかどうか・・」
「俺もちょっと難しいと思うぜ・・身体の軽い奴は水圧で流されちまう・・」
「あのアクセサリーが間に合ってさえいればな・・」
ハスキーはドワーフに依頼したボーンサーペントの指輪に思いを馳せたが、手元に無い以上、考えても無駄であった。
「ようよう、負け戦の様な顔付きをしてるようだが、俺を忘れてねえか?」
ノヴォが語りかけた。
「なんとか出来るのか?・・」
「もちのロンよ、俺を誰だと思ってやがる」
「行き倒れの半魚人?」
「有り金巻き上げられて、簀巻きにされた素人博徒?」
「仕掛け網に絡まった、うっかり魚兵衛」
「「あ、それそれ」」
「おい!、助けねえぞ!」
怒り出すノヴォを宥めすかして、呪文を詠唱させた。轟音はすぐそばまで迫ってきている・・
最初に湖水が吹き出したのはフロストワームの開けた大穴からだった。
すぐに2方向にある地下通路からも、湖水が押し寄せる・・
あっという間に、青水晶の間が水に沈むかと思われたが、ノヴォの詠唱が間に合った。
「コントロール・ウォーター、逆流の法!!」
大渦を作り出した水流操作の呪文で、今度は水の逆流を念じる。
すると、青水晶の間に注ぎ込んでいた3方向の水流が、フィルムを巻き戻すように、元の方向へと反転していった。
「へー、やるじゃない・・魚兵衛にしては・・」
「俺の名前はノヴォだ!変なあだ名で呼ぶんじゃねえ!」
「ちょっと、集中が切れかかってるわよ!しっかり維持しなさいよね!手を抜くと燃やすわよ・・」
「ういっす・・」
どこまでいっても、女性に弱いヴォジャノーイであった・・・




