まずは場外戦から
「「姫」きたーー」 「たぁー」
「あら、どなたかと思えばコアのマスターさん、お久しぶりですわね」
盛り上がる僕らを見て、ゴブリンマニアの女性マスターが眉を顰めた。
「なに、あなた達知り合い?出来レースなの、これ」
いやいや、自分で委員会とやらに連絡しておいて、八百長を疑っちゃダメでしょう。あ、違うか、偶然だと知っていて牽制してるんだ。そしてもちろんあの人は怒るよね。
「なにをおっしゃるの。ジャッジメントとして派遣された以上、この「姫」が片方を贔屓なんていたしませんわ」
いや、少しはしてくれてもいんですよ。そしてそんな簡単に向こうの挑発にのらないでください。
「だって、派遣されたダンジョンコアが対戦者と知り合いなんて、普通はありえない確率でしょ?それともあなたダンジョンマスターへの転生が2回目とか?」
それもっと確率低い気がしますけど。
さて、せっかく知り合いが審判役で来てくれたのに、相手の巧妙な心理戦で、僕らに味方してくれるわけじゃなさそうだね。だとしたら僕も遠慮なくカードを切ろうかな。
「この「姫」さんは僕らのチュートリアルをしてくれたんです。だからここに呼ばれたんだと思いますよ」 ニヤリ
「なるほど、ダンジョンバトルをレクチャーされてないのは、この「姫」の所為ってわけね」 ニヤリ
「な、な、なんですの?」
「ですから、何も知らない僕は突然他のマスターにバトルを申し込まれて困ったなあと」
「そしてあたしが委員会に連絡しなかったら、この不備はもっと大きな問題になってたろうなあってこと」
「2人して何がおっしゃりたいの?」
「慰謝料」「口止め料」 「「ください!!」」
綺麗にハモッった僕らを見て、「姫」は大きなため息をついた。
「はあーーーー、そこまで仲がいいならダンジョンバトルは意味ありませんわね」
「「それはそれ、これはこれ」」
「最初にいっておきますが、貴方にダンジョンバトルのレクチャーをしなかったのはミスでもバグでもありません」
「運営の人はいつも・・」
「する必要がなかったのですわ」
「え?」
「貴方は特例でハードモードスタートとなり、それに随うダンジョンコアも正規の機能を封印されて始まりました」
ハードモードの件を聞いて、ゴブリンフェチの女マスが引いていた。
「基礎機能である「拡張」「設置」「変換」が開放されるまで、貴方のダンジョンの位置と名称は、他のマスターには知らされませんのよ」
「ああ、なるほど。知らなければバトルも仕掛けられないと」 チロリ
「その通りですわ。まさかスタート地点に立ってもいない初心者マスターに、結果の決まった勝負を挑むベテランがいるとは」 チロリ
攻守ところを変えて僕と姫の連携が冴える。
「しかたないでしょ、たまたま近所にダンジョンがあったんだから。一々名簿で確認なんかしないわよ」
守りに回ったゴブ女だけど、そこで逃がすほど甘くないよ。
「なるほど、名簿で確認すればすぐにわかったことなんですね」 チロリ
「ええ、ほとんどのマスターはバトルを挑む前に相手のレベルや特徴は確認しますわ。こんなことが起きないように」 チロリ
「くうーーーーー」
「それくらいで許してやってくれないか」
新たな声が響いてきた。
若い男性の、学生か新社会人ぐらいの特徴の無い声だ。あえてあげるなら少し疲れてるような響きがある。だけど、それだけで「姫」には誰だかわかったらしい。
「あら、その声は「市民A」ですわね、ご機嫌いかが?」
「いや、今は「ボン」と呼ばれてるから」
「それだって「平凡」のボンからとうかがってますわよ」
「まあ、そうなんだけどな。うちのマスターが勇み足を踏んだことは俺が謝るから、勘弁してくれないか?この通り・・・」
どうやら亜人スキーのダンジョンコアがマスターのピンチに駆けつけた、いや最初から居た様なものだから、口を挟んできたみたいだ。
「ちょっと、あんた、さっきからあたしの呼称がどんどん酷くなってる気がするんだけど」
くっ、こいつも人の意識を覗けるというのか・・・
「な、名前聞いてないからね」
「マリアよ」
「へー、なんかイメージと違うね」
「どういう意味!」
「いや、マリアっていうと聖母とか純潔とかのイメージが」
「あたしの二つ名は「女帝」よ」
「マリア・テレジアかよ!」
納得した。
そして「女帝」マリアは自分の味方にさえ噛み付く。
「だいたい、なんでボンがここででしゃばってくるわけ?」
「おいおい、マスターが間違ったら、俺が謝るって取り決めだったろ」
いやいや、それ間違ったら止めるもしくは諌めるとこでしょ。
「ボンが謝ったら、あたしが間違ったことになるじゃない」
だから、貴方が間違えたんですよ。聞いてます?
「そうか、すまん」
「わかればいいのよ」
わかっちゃったよ、さすが「女帝」。しかしあれだね、ボンさん苦労してるんだね。
「ですわね、昔に比べて声に張りがありませんわ」
今度会うときがあったら、元気の出るものでも差し入れしよう。
「じゃあ今日はこれで解散ということで」 「ん」
「ちょっと待ちなさいよ」
「「ちぇ」」
有耶無耶にして解散という流れにもっていこうとしたのに気づかれた。
「ゴブクロウは返してもらうわよ」
いったい何が女帝をそこまでゴブリンに執着させるのだろうか。
「あたしは一度自分のものと決めたら他人には渡したくないの」
あなたは熊ですか。
「そしてそれを取り返すのに代価とか払いたくないわけ」
たまにいるね、そういう人。
「だから勝負よ!」
「ですから僕にはバトルする資格がないので・・・」
「このダンジョンバトル、委員会の名において特別に許可いたしますわ」
「え?」




