ある魔女の慟哭
ビビアンが物心つくようになると、色々な質問をしてくるようになった・・・
『お外には出れないの?』
ダンジョンの外には、広くて明るい世界がある事を知ったビビアンが、エルマに尋ねた。
『外には怖いモンスターが沢山いて、子供はすぐに食べられてしまうから、ダメです・・』
『もんすたーは、ババより怖いの?』
『・・のも居ます・・』
『おい!』
『お父さんはどこ?』
エルマを母親だと思っていたビビアンは、父親が居ないことに疑問を思ったようだ・・
『えっと・・遠くからビビアンを見守っていますよ・・』
『お父さん、骸骨になっちゃったの?』
『・・カタカタ・・』
『お前らが出てくると、もっとややこしくなるじゃろうが!』
『ババは、太らせてからビビを食べる気なの?』
童話の中の悪い魔女の話を聞いたビビアンが、涙目になりながら私に尋ねてきた・・
『そうじゃ、悪さをすると鍋で茹でてバリバリ喰っちまうぞ』
『ビビ・・悪い子じゃないもん・・えぐっ・・美味しくないもん・・ひっぐ・・』
『オババ様!またビビアンをからかって泣かせましたね!!』
『・・すまん・・つい・・』
やがて分別がつく年頃になると、ビビアンの質問は一層、答え辛いものになっていった・・・
『エルマが、お母さんじゃないって本当なの?!』
ある日、私の寝室に駆け込んできたと思ったら、ビビアンが素っ頓狂な質問をしてきた。
『いやいや、ずっとメイドとして付き添っていたじゃろう・・』
『だって、オババが意地悪して、名乗り出せないように威しているとばっかり・・』
ビビアンの脳内設定では、貴族の父親がメイドと恋仲になって駆け落ちした事になっていたらしい。それを無理矢理引き剥がして、エルマにメイドの振りをさせていたのが、私らしい・・
『お前の中のワシは、どんな存在なんじゃ?・・』
『どんなって・・意地悪婆さん?』
『・・晩飯抜きじゃな』
『なんでアタシは眷属にしてもらえないのよ?』
自分達が、ダンジョンという不思議な空間に住んでいる事を認識したビビアンが、私に詰め寄って来た。
『それは・・お前はダンジョンの前に捨てられておって・・』
『それ何百回も聞いたから・・それに眷属化しない理由にならないでしょ!』
『理由は・・ミカン箱に入れられていたからじゃよ・・』
『はあ?』
『のおエルマ・・そうじゃよな・・』
『オババ様、適当な言い訳に私を巻き込まないでください』
『やっぱり嘘なのね!』
『・・少し、信じたようじゃが、大丈夫か、こやつ・・』
そして・・・
『ねえ、オババはダンジョンコアなのよね?マスターはどこに居るの?』
『・・それはじゃな・・』
答えに詰まる私に、エルマが助け舟を出してくれた・・
『ビビアン、お風呂掃除を手伝って下さい・・』
『えっ、昨日洗ったじゃない!?』
『その後、12番と18番が身体を洗っていました』
『はあ?なにしてくれてるわけ、あの馬鹿ども。出汁もでないのに風呂に浸かるとか、有り得ない!』
怒りながら、エルマの後をついて行くビビアンを見送りながら、私は呟いた。
『・・・そろそろ、潮時かもしれぬの・・・』
ビビアンには、いつでも独り立ちできるように、エルマと二人で出来る限りの知識と技能を教え込んでおいた。メイドとしての適性は、まったく無かったが、冒険者としてなら外の世界でも生きていくことが出来るだろう・・・
マスターのことを知れば、ビビアンの性格なら、必ず自分で何とかしようとするに違いなかった・・
それは、あの娘の人生を無為に過ごさせる事に他ならない・・
私の・・私達の事情に、これ以上関わらしてはいけない・・・
心を鬼にして、送り出した・・・
見送りはしなかった・・
エルマはあれからずっと、ダンジョンの出口で佇んでいる・・・
いつの間にか、使われないDPが溜まっていった・・
それが、あの娘がここで暮らしていた証だった・・・




