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ダンジョンマスターは眠れない  作者: えるだー
第11章 湖底の棺編
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ある魔女の追憶

 あの日から、私の悪夢は始まった・・


 マスターが倒れた原因は不明・・私と眷属達の知識と能力を総動員して治療を試みたが、一向に回復する兆しが見受けられなかった・・

 昏睡状態になったマスターの身体に、急激な老化現象が見られるようになったのは、さらにその二日後であった。


 最初に疑ったのは遅効性の毒である。

 魔女の守護者には、暗殺者をベースにしていた個体も存在していたし、本人も使う。決戦をしているときに即効性以外の毒を使う意味はないが、マスターを捕虜にしようとしていたなら、可能性はあった。

 しかし、どんな解毒薬にも解毒呪文にも反応がなく、毒探知も反応しないとなれば、その可能性は排除する以外になかった・・


 次に感染症もしくは、潜伏期間の長い疫病を疑った。

 しかしこれも病気治癒の呪文では癒せなかったし、他に同様の症状を発症した眷属もいないので、候補から削った。


 最後に残ったのが、呪いであった・・

 これも普通の呪いであるならば、解呪の呪文で治せるはずであった。それで回復しない以上、対応を後回しにして他の治療法を試していたのだが、結局は、ここに辿り着いてしまった。

 魔女には、己を殺した者に、その魂を賭けて掛ける呪いがある・・所謂、デスカース(末期の呪い)と呼ばれる類の呪いだ。

 これを解く方法は・・・無い・・


 唯一、神の加護で解く方法があるが、よほど信仰心が厚く、恩寵された信者でなければ賜ることはないとされていた・・

 マスターは、転生前の神をそのまま信仰しており、こちらの宗教関係者とは浅い交流しかしてこなかった。今更、入信しても加護は得られないであろう・・

 邪神の類ならば、来る者拒まずであろうが、呪いを解く代わりにマスターの魂を捧げる事になりそうで、選択肢からは外すしかなかった・・・


 日に日に老化して衰弱していくマスターの手を握りながら、懸命に呪いに関する情報を集めた。

 

 黒衣の魔女は、代替わりした直後で、継承された知識はともかく、ランクが足りなさ過ぎた。しかもこちらの足元を見て、過剰な要求を突きつけてくる。

 それでもマスターが回復するならと交渉を重ねたが、結局、相手も呪いを解く方法を知らなかった事が判明して、それ以降、会えば殺し合いをする仲となった・・


 大森林のエルフは、こちらの提案する報酬に、なんら興味を示さず、かと言って武力で威すには距離がありすぎて戦力も足りなかった・・


 ナーガ族の隠れ里を頼ってみたが、やはり呪いを解く方法は知らなかった。

 ただし、そこの老族長から、人族の老化を緩やかにする秘薬の作り方を教われたが唯一の収穫であった。

 人魚の鱗や夏至の夜に摘むナイトシェードなど、入手の難しい材料が必要ではあったが、調合自体は私でも可能なようだった。

 見返りに、亜人の眷属を何人か置いて来ることになったが、それを差し引いても、有り難い情報であった・・・


 早期の解呪を諦めた私は、マスターの症状の進行を食い止める方向に舵を切った。


 ナーガ族の秘薬を満たした白檀の棺に、食事も排泄も呼吸も必要なくなる魔道具を身につけたマスターを眠ったまま安置した。それを青水晶の湖に沈めておくことにより、中の秘薬と外側の棺を保存することにしたのだ。

 この試みは半分成功し、マスターの老化を停滞させることが出来た。

 ただし、マスターを目覚めさせる事は出来ないし、1年に一度、秘薬を交換する必要がある・・・


 それでも、時間に余裕が出来たことにより、私はさらに遠くへ知識を求めて旅することができるようになった。

 問題は、その間のダンジョンの維持である。


 私は、それまで良く仕えてくれた眷属達を、追い出すことしか出来なかった・・

 眷属が多いほど、その維持にはDPがかかるが、それを吸収し変換する私が留守では、半年もしないうちに餓死する者が出るに違いなかった。

 外の環境に適応できない少数の眷属と、アンデッドやホムンクルスのように食事を必要としない者以外は全て、リンクを切った。


 彼らには、マスターが急病で死亡したと伝えた・・

 それ以外に、急な解雇を納得させることが出来ないだろうし、あながち間違いでもない。

 マスターを呪いから解く前に、私が破壊されれば、1年後には同じ事になるのだ・・・


 大勢の眷族達を見送った後、ダンジョン領域の殆どを機能凍結し、省エネモードに移行した。

 最低限の管理はメイドのエルマに任せ、警備はボーン・ガーディアンを配置し、私は眷属の一人に憑依して、外の世界を巡っていった・・・



 チロル渓谷の断崖には、竜人族の墳墓があり、そこに眠っている翡翠の仮面に、破呪の力が宿っていると聞きつけて盗掘したが、逆に呪いの仮面だった・・


 王都のダンジョンマスターにも遭いに行ったが、10層の居室まで辿り着いたのに不在だった・・・


 北の山脈のドワーフにも協力を要請したが、魔女を殺す剣は造れても、その呪いを斬る剣は造れないと断られた・・・


 魔女狩りを得意とする宗派に助力を請いに行ったが、自分がハッグの姿をしているのを忘れていたので、逆に殺されかけた・・・


 結局、30年かけてもマスターを呪いから解く事は出来なかった・・・




 その頃には、頼るべき相手も、探すべき手掛りもなくなってしまい、ただ、秘薬を作って1年の猶予を生み出す事に終始していた。

 残っていた眷族も、ある者は寿命で亡くなり、ある者は自ら旅に出て解呪の方法を探すうちに消息を絶った・・

 やがて、私とエルマと守護者だけになり、このダンジョンの存在も忘れられていった・・・


 そんな時、エルマが赤ん坊を拾ってきた。

 どうやら、大森林のエルフの中に、私の要請を覚えていた者がいたようだ。私達には長い長い40数年でも、彼らにとってはほんの4・5年の感覚なのだろう・・

 預けられたのか捨てられたのか、判断に困るところだが、親が引き取りに来たならエルフの知識と引き換えになる可能性があった。

 私はエルマに面倒を見るように申しつけると、赤ん坊のことは忘れることにした・・


 だが、出来なかった・・


 赤ん坊が夜泣きをするからだ。

 エルマは完璧なメイドだが、育児には最低限揃っていなければならない物があり、それはここには無かったからだ。


 『オババ様、お乳が必要です』

 『ワシはでないぞ・・』

 『私もです・・』


 なけなしのDPで乳牛を召喚した・・


 『オババ様、おしめが濡れています』

 『裁縫は得意じゃろう・・』

 『布が全滅しています・・』


 生産を担っていた亜人達が居なくなって数十年が経とうとしていた。保存液に浸かっている守護者の装備や、魔法道具の服飾品以外は、全て劣化していた・・


 『オババ様、顔が怖いので泣き止みません』

 『ワシにどうしろと言うんじゃ!』

 『変顔をお願いします・・』

 『できるか!』

 『顔芸はタダです・・』

 『くっ・・・アババー』

 『きゃっきゃっ♪』


 寝不足と精神的ダメージが蓄積する日々が続いたが、擦り切れそうになっていた心に、何かが染みこんでいくのが分かった・・・


 『オババ様、そろそろ名前をつけてあげないと』

 『親は何も残していかなかったのか?』

 『はい、何も・・』


 『・・・ならビビアンじゃ』

 『良い名前だと思いますが、何か曰くが?』

 『・・娘ならビビアン、息子ならレットと決めてあったからじゃ・・』

 『・・・はい・・』


 それでエルマは悟ったらしい・・


 「クラーク」と「スカーレット」はダンジョンマスターとそのコアだ・・

 子供が出来るわけもなかった・・

 それでも・・・




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