湖底の棺
明けましておめでとうございます。
今年もご愛読よろしくお願い致します。
凍結湖、青水晶の間、静寂・・
どこかで水晶が壊れる音がする・・
ピシッ、ピシッとひび割れて、砕け散る音が・・
洞窟を照らしていた蒼い光も、今は殆ど消えかけて、僅かに足元を照らし出しているだけであった。
「誰か・・誰か、動ける者は居らんのか・・」
洞窟の隅から、オババの弱々しい声が聞えてきた。
その前には、盾を構えて全身でオババを庇ったセイバーが、眠るように立っていた・・
「7番は・・逝ってしもうたか・・」
瀕死の状態から、ギリギリで回復の間に合ったセイバーではあったが、完全な状態には程遠く、そこにフロストワームの破裂をまともに受けたのであれば、助かる見込みなど有りはしなかった。
それでも最後までオババを護りきった事に、その表情は満足しているようにも見えた。
「じゃとすると・・18番も無理か・・」
さらに体力の低いランサーは、己が生き延びることを諦め、最後の足掻きをしようとした1番に、追撃しようとして詠唱を開始していたファイアー・ボールを、洞窟の中央に炸裂させていた。
その熱量が、破裂の冷気と干渉しあって仲間へのダメージを軽減していた。
それが無かったなら、セイバーの護りだけでは、オババを救うことは出来なかったであろう・・
後ろを振り向いた1番に切りかかったアーチャーと、キャスターは、床に倒れたまま動かない。それでもダメージの総量を考えれば、二人とも生き延びている確率が高かった。しかし、今はピクリとも動かない・・
そして、破裂の中心にいた1番は・・
全身をハリネズミの様に、氷片で貫かれ、絶命していた。
「これで気が済んだじゃろう・・・」
オババが1番の亡骸に声を掛けたが、答えは返ってこなかった・・
「まだ間に合うかも知れん・・ガーディアン・リペアー!・・オール!!」
少しだけ迷ったあとで、オババは全員の回復を指示した。
しかし、その声に反応する者はいなかった・・
「どうした、ガーディアン・システム・・リペアー・オールじゃ・・」
繰り返すオババの声が、虚しく洞窟に響き渡る・・
「カタカタ(どうやらシステムに重大な損傷が起きたようです)」
湖底から顔だけだした15番が、オババに話し掛けた。
その言葉も、オババには満足に通訳されなくなっていた。
「まさかシステムが故障しよったか?!」
回復機能と通訳機能が働かなくなって、オババは事態の悪化を悟った。
「15番、システムの再起動をするんじゃ!」
「カタカタ(貴女の命令に従う必要はありません)」
「23番、システムの再起動じゃ!」
「カタカタ(今年の干支は・・コカトリス・・)」
焦るオババの前に、次々と湖底からガーディアンの頭が浮かび上がって来る。
「これは・・予備のボディ・パーツ・・」
ボーン・ガーディアンは、強化された骨格に死者の魂を封印することで、完成する。当然、予備のボディも保管されていたのだが、それらが勝手に自律歩行していた・・
「どういうことじゃ・・魂の無い守護者が動くわけが・・」
「カタカタ(システムが自己保存機能を機動させたのです。異物を排除するために、仮初めの意識を持たせて、働かせています・・)」
「何を言っておるのか、良くわからんが、嫌な予感だけはするのじゃがのう」
その間にも、湖底から頭を出すガーディアンもどきは増え続け、そして、最後に何かを担ぎ出してきた。
「・・それに触るんじゃないよ・・」
湖底から担ぎ出された物を見た瞬間、オババの声に殺気が篭った。
それは、白い木の棺であった・・
白い木目の綺麗な板材で作られた豪華な棺は、長い間、湖底に沈められていたはずなのに、どこも痛んでいないように見えた。
「カタカタ(貴女の命令に従う・・)」
「これは命令じゃないよ・・警告さ」
「カタカタ(敵対勢力と判断し、迎撃の準備を・・)」
「煩いね!触るなと言ったはずだよ!」
オババは範囲呪文の詠唱を開始した。
「カタカタ(危険・・システムにさらなる被害が発生する可能性大・・原因を投棄せよ)」
15番が指示すると、ガーディアンもどきが、タイミングを合わせて棺をオババに投げつけた。
「この外道共がああああ」
オババは叫びながら、棺を落下の衝撃から護る為に、その身体を投げ出した。
ズシャッ 想像よりも重量感のある音が響き、その下敷きになったオババは、口から血を流しながら呟いた・・
「マスター・・無事ですか・・マスター・・・早く地底湖の水の中に戻らないと・・お体に障ります・・・」
「カタカタ(敵対勢力の活動を確認・・生命反応が消滅するまで攻撃を続行せよ)」
15番の無機質な声が響き渡り、ガーディアンもどきが一斉に、その左腕を引き抜いて、投擲してきた。
その先端は手刀の形をとっており、棺を背負う形で立ち上がろうとしていたオババに次々に突き刺さっていった。
力尽きて倒れ伏すオババに、さらに棺の重量が追い討ちを掛けた。
「・・誰か・・マスターを・・・たの・・む・・」
「カタカタ(生命活動の停止を確認・・・安全の為に異物の破壊を実行せよ)」
15番の指示により、地底湖からゆっくりと這い上がった十数体のガーディアンもどきが、投げた自分の左手を拾うと、それを槍のように振るって、棺を壊そうとした。
「・・カタ(させ・るか・・よ)」
今まさに手槍を振り降ろそうとしたスペア・ガーディアンの右腕が切り落とされた。
そこには、左半身に氷片を受けながらも、立ち上がるアーチャーの姿があった。
「・・カタ(いつまで・・寝てやがる・・)」
アーチャーが悪態をつくと、それに答える声がした。
「・・カタ(システムのエラーが、こちらに干渉していてな・・遮断するのに手間取った・・すまん)」
そう言うと、ふらふらとキャスターも立ち上がった。
「カタカタ(なぜシステムに反抗する?ナンバー3、ナンバー12)」
「カタ(なぜかって?このまま、お前等の好き勝手にさせたら、アイツら死に損じゃねえか・・)」
アーチャーが、セイバーとランサーの方を振り向いた。
「カタ(託された想いがある・・それを護るのが我ら守護者の務めだ・・)」
キャスターが、盾とメイスを構え直した。
「カタカタ(理解不能・・重大なシステムエラーとして、デリートを実行せよ)」
地底湖から、続々とスペア・ガーディアン達が這い上がって来る。
「カタ(わらわら来やがったぜ、策はあるんだろうな・・)」
「カタ(もちろん・・ない・・)」
「カタ(おい!)」
「カタ(我々に出来るのは、時間を稼ぐ事だけだ・・)」
「カタ(稼いだらなんか起きるのかよ・・)」
「カタ(奇跡が起きる・・)」
「カタ(マジかよ?!)」
「カタ(・・かもしれない)」
「カタ(おい!!)」
棺を護るように立つ二人を、無数の敵意が囲んでいった・・・




