叛乱の萌芽
大変遅くなりました。日を跨いでしまったことをお詫びいたします。
青水晶の間の床を突き破って出現したフロスト・ワームは、獲物を求めて頭を大きく揺らしていた。
巨大な芋虫の様な胴体に、硬い頭部、その先端には大きな顎がついており、蜘蛛の様な複眼が、一斉に周囲を睥睨していた。
フロストワームは、足元に居るオババと2体の骸骨守護者を見比べると、その巨体を叩きつけるようにオババへ圧し掛かってきた。
「カタ!(オババ様!)」
フロストワームの体重を乗せた大顎の一撃が、オババを打ち砕こうとしたとき、27番が盾を掲げて割り込んできた。
しかし、その捨て身の盾受けも、超巨大サイズのワームの攻撃の前には無力であった・・
半ば突き飛ばすようにオババとの位置を入れ替わった27番であったが、盾は一撃で粉々に砕け散り、体勢を崩した所で、ワームの大顎に挟み込まれる。
「27番、逃げるんじゃ!」
オババの叫びも虚しく、掬い上げると同時に閉ざされた大顎は、27番の腰の骨を噛み砕いた・・
バキンッ 氷柱が折れるような音が響き渡り、上半身だけになった27番が、床に放り出された・・
「あのれ・・1番・4番・9番・15番・・稼動せよ!ワームを倒すのじゃ!!」
オババは、制御容量を無視して、ボーン・ガーディアンを一斉に稼動させた・・
「・・カタ(・・オババ様・・それは・・危険・・)」
僅かに動く27番が、何かを訴えようとしていた。
「どちらにしろ、ここを破壊されれば守護者のコントロールは不可能になるのじゃから、一緒じゃよ!」
オババは、そのままシステムを作動させた。
蒼い水を湛えた地底湖から、続々と骸骨の守護者達が姿を現した。
しかし、彼らは武器を構えると、床でもがく27番の頭蓋骨に止めの一撃を振り下ろした。
「何をするんじゃ!仲間殺しをするなど、狂ったか!」
オババの叫びを、1番と呼ばれた守護者がせせら笑った。
「カタカタ(笑止・・仕える者をあっさり替える変節漢など、仲間でもなんでもない・・)」
その後ろから4番が、オババの横に立つ23番に詰問した。
「カタカタ(お前はどっちにつくんだ?返答次第ではこいつと同じとこに送ってやるぞ・・)」
そう言って、動かなくなった27番の背骨を踏みつけていた。
「カタカタ(・・頭頂部の尖りたるは、反骨の相・・)」
だが、23番は相変わらず宙を見つめながら、ブツブツと何かを呟いていた。
「カタカタ(放っておけ、そいつは昔から何を考えているか分からない奴だった・・)」
9番が、他の2体を宥めた。そして最後尾の15番に尋ねる。
「カタカタ(最後まで迷っていたが、決心はついたのか?」
「カタカタ(私は・・私は・・)」
15番は湖底から出てくると、砕かれて足蹴にされている27番を見つめていた。
その間にも、フロストワームは暴れまくり、青水晶の間を破壊していった。
「ここが壊されれば、お主達も戻る場所を失う事になるのだぞ!」
青水晶の間の地底湖は、ボーン・ガーディアンの保存液であり、修復場所でもあった。ここが失われれば、やがては朽ち果てて土に戻る事になる・・
「カタカタ(元より死ぬ覚悟ぐらい無くては、下克上など出来ぬよ・・)」
「カタカタ(我等の目的は復讐にある・・)」
「カタカタ(支配力が完全に無くなった時、貴女の命運も尽きる・・)」
1番・4番・9番は、オババへの敵意を隠そうともせずに、フロストワームの破壊を放置していた・・
「そうかい・・そこまで先代の魔女に忠義を尽すって言うなら仕方ないね・・このデカ物も、お前達の誰かが召喚したのかい?・・」
「カタカタ(いや、待機中の我々には、そこまでの行動は取れぬよ・・)」
「カタカタ(全ては協力者に委ねた結果だ・・)」
「カタカタ(思った以上に良く動いてくれたようですね・・)」
「なるほどのう・・誰だか知らんが、要らぬお節介をしてくれた者が居るようじゃな・・じゃが、ワシもタダで死ぬわけにはいかぬのじゃよ!」
そうオババは叫ぶと、呪文を唱え始めた。
未だに制御者には手出しの出来ない3体は、ただ見守っているだけであったが、フロストワームは魔力の集中を感じ取ったのか、オババに向けてブレスを吐いてきた。
「カタカタカタ(・・これは避けきれません・・9割の確率で死亡・・)」
巻きこまれた23番が、絶望的な数字をはじき出した・・
「カタ(・・もし運命が覆るとしたら・・)」
そして全てが、凍てつく吐息で白く塗りつぶされた・・・
「・・・見よ、これが汝のあるべき姿なり、ホールド・モンスター!(怪物硬直)」
ワームのブレスの中から、オババの詠唱が木霊した。
起死回生の呪文がフロストワームの動きを止める。
「カタカタ(馬鹿な!あのブレスを受けて詠唱を継続するなど、出来るはずがない!)」
4番の驚愕が、その異常さを物語っていた。
事前に冷気耐性の呪文を付与していたにしろ、フロストワームのコールドブレスを浴びて、尚且つ詠唱を継続するのは不可能に近かった。
「カタカタ(23番が何かしたのか?!)」
「カタカタ(いや、そんな気配は無かったぞ・・)」
その謎は、コールドブレスの白い幕が薄れたときに解けた・・
オババの周囲を4体のボーン・ガーディアンが固めていたのである。
「カタカタ(遅くなりました、マスター)」
「カタカタ(間に合ってよかったぜ、こいつらが裏切り者ってわけだ)」
「カタカタ(手引きする者が居たとは・・しかもシングルナンバーとは・・)」
「カタ(・・手強い・・)」
青水晶の間の直前で合流した4体は、敵の主力がフロストワームであることを知り、対冷気呪文を付与しまくったセイバーに、キャスターの盾を持たせて突入させた。
セイバーは、騎士のスキルで、オババへの攻撃を自らが受け止め、詠唱の中断を阻止したのである。
ちなみに23番は、いつの間にかブレスの範囲外に立っていた。
「カタカタ(貴様らも先代の恩を忘れて、その盗人に味方するのか・・)」
1番が、憎々しげに吐き捨てた。
「カタカタ(事情はどうあれ、一度忠誠を誓ったならば、主君を謀るなど言語道断であろう!)」
セイバーが真っ向から反論する。
「カタカタ(俺も納得いかねえなぁ・・やり方が少し悪どくないか?)」
アーチャーが叛乱を起こした3体をにらみつけた。
「カタカタ(元から我等は忠誠など誓っていない・・)」
4番は武器を構え直して、オババを護る守護者の動きを見極めようとした。オババを直接攻撃することは、まだ出来ないが、守護者同士なら殺し合いもできる・・
「カタカタ(9番、貴女までこんな企みに加担するとは・・)」
キャスターの嘆きに、9番が反応した。
「カタカタ(私からすれば、シングルナンバーでありながらその老婆に傅く、貴方や7番の方が不思議でなりません・・)」
「カタ(・・相互理解不能・・)」
ランサーの言葉が、両者の関係を的確に表していた・・
「カタカタ(15番と23番は、どちらに付く?・・)」
1番が、旗色を鮮明にしろと圧力をかける。
それまで黙っていた15番が、ポツリと呟いた。
「カタカタ(私は・・私は、仲間と戦うのは嫌です・・)」
そう言って、再び地底湖へと戻っていってしまった。
「カタカタ(ちいっ、使えない奴だ・・)」
「カタカタ(老婆に組しなかっただけ、良しとしましょう)」
そして全員の視線が23番に集まった・・・
「カタカタ(・・今日の一番は・・蛇使い座・・)」
「「カタ(奴は放って置こう・・)」」
なぜかそこだけは意気投合した守護者達であった・・・




