傭兵のお仕事
突然、足元が揺れた。
まるで地震のように、通路全体が大きく振動したのである。
「トラップかよ?!」
「広域大地系呪文かも知れないさね!」
「いや、震源地はここではなく、もっと遠くだ・・」
スタッチとソニアは急な展開に動揺していたが、ハスキーは冷静に、この振動の原因を突き止めようと集中していた。
「カタカタ(新手の侵入者?!どういうことだ!)」
「カタ(まずい・・青水晶の間が狙われた・・)」
眷属全員に緊急連絡されたのは、青水晶の間に、新たな侵入者があったという事実だけであった。全てを伝えきる前に、オババの念話は途切れた・・
そして、この機会を好機と捉えた二人が居た。
「ウェラ!」
「あいよ!」
ヴォルフとウェラは、狼形態に変身すると、脱兎の如く駆け出した。
咄嗟に剣で遮ろうとしたセイバーではあったが、両端に分かれた2頭の狼に惑わされ、突破を許してしまった。
後衛のアーチャーが、小剣で切りつけるが、銀の短剣でない以上、傷をつけることさえ出来なかった・・
即座に反応して狙いをつけたハスキーであったが、結局、追い討ちはせずに見逃した。
「どうした、相棒、情けをかけたのか?」
「奴らも傭兵なら、引き際は心得ているだろう・・」
冒険者なら、最後の一人が目的を達成すれば依頼達成だが、傭兵は団員が全滅してしまっては後の活動が出来ない。違約金を払ってでも、次の仕事が出来るだけの戦力を維持する必要があった。
それを考えれば、人狼傭兵団「月影」は、報酬では見合わないような損害を受けたが、全滅覚悟の玉砕攻撃をするほど愚かでもなかったようだ・・
「それより、こいつらどうするさね」
ソニアが取り残された団員を指して尋ねた。
「俺たちが決めるわけにもいくまい・・」
そう言ってハスキーはボーン・ガーディアンの方を向いたが、その時すでに二体の姿は通路の曲がり角に消えようとしていた。
「早いな、おい!」
スタッチが声を掛けても、そのまま奥へと走り去っていった・・・
一瞬、顔を見合わせた3人だったが、こちらの素性も聞かずに走っていった事を思えば、彼等にとっての重大事が発生したことは間違いない。
「追うぞ・・」
ハスキーの一声で、3人も守護者を追って通路を走り始めた・・・
その2体と3人を、横道で覗う4つの耳があった。
瞳孔の光の反射を見とがめられない様に、目を閉じて、音と臭いだけを頼りに、じっと息を潜めている2体の獣がいた。
急ぎ足で奥に向かう難敵をやり過ごして、ヴォルフとウェラは元の場所に戻ってきた。
「・・ムーンライト・ビーム・・」
小声で治癒効果もある呪文を掛けて、瀕死の団員を回復させる・・
「3人はダメだった・・」
「そうか・・」
戦闘中にすでに息絶えていたのか、治療が間に合わなくて死に至ったのかは分からない。どちらにしろ、あの場で降伏する以外は、治癒呪文をかけることさえ出来なかったであろう・・
だが、人族の冒険者はまだしも、ダンジョンの守護者がそれで納得する可能性は低かった。武装を解除してから死を宣告されたら、防ぎようがない。
そう考えれば、あの地震は僥倖であった・・・
「兄さん、あの地震は?」
「わからん、俺が聞いたのは、蛙とミイラの同時侵攻だけだ・・どうやら雇い主は、まだ隠し玉を用意していたようだな・・」
「アタシらは、陽動役かぁ・・」
傭兵団の全戦力で遠征してきたが、生き残ったのは6人、しかも4人はストレングスの低下などで、すぐに戦列に復帰するのは無理であった。
「敵戦力を読み間違えたな・・」
ヴォルフが呟く。
たとえダンジョンであろうと、雑魚が湧いてくる分には勝算があった。
人狼ならば、その特殊な物理防御力と、俊敏な回避力で、実力以上の敵を屠り続ける事が出来る。
ただし、魔法や状態異常、そして銀の武器を使われなければの話であった。
傭兵団の誤算は、骸骨の守護者が思いの外、強かった事。そして人族の冒険者の乱入であった・・
「あの様子では、このダンジョンに雇われた訳ではなさそうだが・・」
あの男が言っていたのは、関係者がここ出身だというだけである。下手をすると、ダンジョンから侵入者として排除される可能性を無視して、ここまで潜り込んで来ているのだろう・・
「ここは奴に免じて、引き下がるか・・」
「兄さん、このまま尻尾巻いて逃げるのかよ!」
ウェラの声が荒くなった。
「とっくに損益限界点は、悪い方へ突破している・・これ以上の侵攻は無謀だ・・」
「だけど・・」
未だに渋るウェラに、ヴォルフは釘を刺した。
「お前が気になるのは、仕事の成否ではなく、あの男の事だろう?・・」
「ち、違うから・・」
だが、その慌ててそっぽを向く仕草が、既にウェラの真意を現していた。
「「・・アイツ、殺す・・」」
ウェラ親衛隊の団員が、今はここにいない人族のレンジャーに殺意を向けた・・
「兎に角、一旦地上に撤退する。地震が味方の仕業だと確証が持てない以上、それに合わせて浸透作戦を行うのは難しいからな・・」
本音を言えば、信頼されていない雇用主に、これ以上の忠義を尽くすのが馬鹿らしくなった事もあった。
「報酬分の役目は果たした。これよりは脱出を優先して地上を目指す!」
「「おう!」」
傭兵団「月影」は、戦死者を回収しつつ、撤退して行った・・・
「・・アタイは諦めてないからね・・」
銀の鏃をへし折って、半分の長さになった矢羽根を握り締めながら、ウェラは呟いてた。
ヴォルフの耳には、その呟きは届いていたが、彼は何も言わなかった・・・




