竜種の末裔
明日の8日(木)から10日の(土)まで冬休みを頂きます。
次回の更新は11日(日)の正午を予定しておりますので、よろしくお願い致します。
凍結湖ダンジョン、青水晶の間にて
「どうやら南西の祠口は突破されたようだね・・」
オババは誰にともなく呟いた。
それに反応したのは、側に待機していた27番である。
「カタカタ(オババ様、私が行きましょうか?)」
「いや、全ての出入り口を塞ぐのは無理じゃよ・・この先は戦力は固めた方が良さそうじゃ」
凍結湖の地下にあるオババのダンジョンは、現在は使われていない区画も多い。
主人であるダンジョンマスターが呪いで倒れた時に、先を見越して眷属の大半を解き放った。彼らの居住区画や倉庫は、今は空き部屋として埃を被っている。
それらに通じていた地上への出入り口も、埋め立てたり、鉄格子で塞いだりして、大半が通行不可になっていた。
今でも使用しているのは、凍結湖の南西にある祠に偽装したもの、それから凍結湖の湖底にあるもの、更に、凍結湖の北東にある廃村の古井戸に偽装したものぐらいであった。
オババのダンジョンそのものは、もっと南に寄った地下に張り巡らされているが、最近はコアルームよりも青水晶の間が主な活動拠点になっているので、使用頻度の高い出口も北に偏っている。
湖底の出入り口が稼働しているのは、DPの回収の為に大型魚類を呼び込んでいる為である。
冒険者や盗賊が入り込まないように、他の出口は偽装してあるが、ここは天然の洞窟をそのまま利用していた。火炎呪文で少しだけ洞窟内の水温を上げると、ふらふらと寄ってくる仕組みになっている。
ただし、放っておけばリザードマンが入り込む為に、湖面付近は氷点下にして通年、凍結させていた。
彼らは、夏になっても溶けない氷に畏怖を感じて、凍結湖を聖地と崇めるようになったのである。
それでも盛夏は湖面の氷が薄くなるので、祭事として切り出して祠を建てたり、縦穴を開けて釣りをする事は認められていたようである。
「湖底は岩で塞いであるので、しばらくは保つじゃろう・・」
「カタカタ(しかし祠口を、突破されたままですと・・)」
侵入してきたのは人狼の傭兵崩れらしい。人狼に恨みを買った覚えはないので、恐らく今回の黒幕に雇われでもしたのだろう・・13番とグールの即死コンボを打ち破るなら、かなりの手練と思える・・
今は、12番が時間稼ぎをしている最中なので、奥に引き釣り込んで、罠で始末した方が安全かも知れぬ。
「問題は北東の古井戸じゃな・・」
「カタカタ(あそこはコアルームに直接繋がるルートがあるので、危険です)」
「そこは3番と18番に期待じゃよ・・奴らなら何とかしてくれるじゃろうて・・」
「カタカタ(確かに3番は我らの中でも最古参ですが、盾が居ないと実力を発揮できないかと)」
神官としてそれなりの防御力は保持しているが、相棒が術者の18番では、自ずと3番が前衛に成らざるをおえない。主戦力の3番が、最も危険な位置に立つのは、戦術としては悪手だ。
「盾が居なければ、呼べば良いのじゃよ」
オババは、3番の取るであろう戦術を正確に予見していた・・
凍結湖ダンジョン、コアルームにて
「カタ(来た・・)」
コアルームで3番と共に配置についていた18番が、北東に延びる通路の先から、接近してくる侵入者に気がついた。それは無言で迫るクリプト・ガーディアンの軍勢であった。
先頭集団は、生粋の軍団で、遠目にはリザードマンに見えるが、体格が良く、背中には畳まれた翼があった。古式懐しいスケイルメイルを身に付け、武器は槍を持ち、2列縦隊で進んでくる。
「カタカタ(どうやら墓の主は竜種らしいですね・・ドラゴニアン(竜人)が墓守とは・・)」
リザードマン(蜥蜴人)に見えた兵士は、実際にはドラゴニアン(竜人)であった。竜と人族のハーフだとも、竜族の幼生体とも言われるドラゴニアンは、現在は殆ど見かけることはない。
僅かに北の山脈や、南の砂漠に生息していると噂されているだけである。
「カタカタ(色は青と黒・・)」
18番もといランサーが指摘したのは、彼らの血統である竜の色だ。青ならブルードラゴンの、黒ならブラックドラゴンの血統を受け継いでいることになる。
術者が混じっていれば、雷や酸の系統呪文を使ってくるだろうし、何よりドラゴニアンはブレスも吐く。
その威力や範囲は、大元のドラゴンとは似ても似つかないが、それでも目の前で吐かれるブレスは脅威である。アンデッドになってブレスが吐けるかは未知数だが、吐いてくることを前提にしておいた方が良いだろう・・
「カタカタ(赤が混じっていないのが、不幸中の幸いですね・・)」
こちらの攻撃は18番の火炎系呪文がメインになる。火炎耐性が高いであろうレッドドラゴンの血統が居ないのは正直、助かった。
古井戸に続く通路は、元は脱出路として用意されたものだ。侵入者撃退用の罠は数も少なく、仕留めるよりは足止めをメインにしてある。
その分、地上との接点は厳重に隠蔽してあったが、何故か彼らは的確に、バックドアを辿ってきた。
「カタカタ(情報漏洩なのか・・それともあれが原因なのか・・)」
3番ことキャスターは、コアルームの奥にある宝物庫を見た。
例の不気味な呼び声は、今は聞こえない。
煩いからサイレンス(静音)の呪文を入口にかけたからだ。
ただし聞こえないだけで、今も呻いているであろうし、下僕たるクリプト・ガーディアンには届いているのかも知れない・・
まったく関係なかったら、どうするか・・
「カタ(砕く・・)」
ランサーもあの声には辟易していたらしく、辛辣な意見を主張している・・・それには私も賛成だ・・
馬鹿げた妄想をしている内に、敵は目の前まで近づいて来ていた。途中にあった落とし穴は、力尽くで突破してきたようだ。
あとは最後の罠に賭けるしかない・・
コアルームに通じる隠し扉が開いた。
こちらから見れば単なる壁だが、抜け道から来れば、不自然な行き止まりである。そこに扉を見つけるのは、アンデッドであっても容易い。
だが、扉が開いた瞬間、天井から鉄格子が落下してきた。
追跡防止用の鉄格子だが、今はそれが侵入者への防護柵となる。
「カタカタ(ランサー!)」
「カタ(承知・・)」
直前まで詠唱を終えていた火炎呪文を、タイミング良く解き放つ・・
「カタカタ(フレイムランス!)」
ランサーの代名詞であるフレイムランスが、鉄格子の向こうのドラゴニアン・クリプト・ガーディアンを貫いていった。
「ウロロロロン」
怨嗟の声を上げながら、ドラゴニアンは、燃え盛っている。
ミイラは物理攻撃に対して耐性を持つが、炎には脆弱性がある。普通なら中位の攻撃呪文の一撃では倒せないはずだが、フレイムランスの直撃を受けた個体は、一瞬にして火柱になり、燃え尽きた。
「カタカタ(思ったより効くぞ!範囲に切り替えろ)」
「カタ(している・・)」
ドラゴニアンは、鉄格子を突破出来ずに、闇雲に槍を振るっているが、堅牢に作られた鉄格子は、破られる様子は無かった。
そこへランサーの呪文が飛ぶ。
「カタカタ(ファイアーボール!)」
通路の奥で炸裂した火球は、かなりの数を巻き込んだが、それで倒れるドラゴニアンは居なかった。
「カタカタ(範囲攻撃では倒せないか・・)」
もう1・2発打ち込めば、纏めて倒せるであろうが、敵もそこまで待ってはくれなかった。
前列のドラゴニアンが、アンデッド化したにも関わらず、ブレスを吐いてきたのだ。
青は雷の、黒は酸のブレスである。
雷は鉄格子に直撃しても、火花を飛び散らせるだけで、大した効果は上がらなかった。
しかし、酸は金属には大敵である。
あっという間に腐蝕し、鉄格子としての役目を果たさなくなった。
槍で、残った残骸を叩き払いつつ、不死の軍団がコアルームになだれ込んで来る・・・
そこへキャスターの朗々とした声が響き渡った。
「カタカタ(異界の同盟者よ、今こそ盟約を果たし給え!)」
異界より呼び出された戦士が、軍団の前に立ちはだかった・・・




