月光の巫女
瞬時に4人の配下を殺されたヴォルフの、殺気が膨れ上がっていく。
「貴様、何をした・・」
幾ら銀の短剣を振るったとしても、頑健な人狼を秒殺するのは難しい。それを、ほぼ同時に4人を仕留める事など、ヴォルフ自身にも不可能だった。
「カタ(笑止・・)」
敵に自らの秘技を教える馬鹿などいない・・落とし穴の底で、グールと共に潜んでいたアサシンこと13番が短く答えた。
「喋る気がないのなら、無理にでも暴き出してやる・・」
間合いを詰めようとするヴォルフの両脇から、部下の人狼達が飛び出していった。
「雑魚は俺らが相手しておくぜ」
「仲間の仇、とらせてもらう!」
「ヒャッハーー」
それほど広くない落とし穴の中に、狼形態の人狼が3体、グールに乱戦を挑んでいく。
罠に嵌められて混乱していた先の4人は別として、正体が分かっているグールでは人狼の敵には成りえない。不気味な骸骨守護者に接近しないように、高速で移動しながらグールを削り倒していく。
3体のグールが咬み殺されたとき、13番が動いた。
「カタカタ・・(奥義ダークミスト)」
その途端、落とし穴の底にある小部屋が、全て闇で包まれた。
「げげっ!真っ暗で何も見えねえ!」
「なぜだ、この目は闇夜も見通すはずだ!」
「臭いもダメだ、畜生、どこに居やがる!」
13番のスキルで発動した闇魔法は、敵の感覚を遮断し、味方の存在を隠蔽する広範囲呪文である。
鋭敏な視覚、聴覚、嗅覚を備えた人狼にとって、それを奪われる事は、手足を捥がれたにも等しい。
その混乱を突いて、3体のグールとアサシンが動いた。
このスキルの厄介な点は、アサシンが味方と判断する者には影響を及ぼさないという所だ。
穴の底でウロウロする人狼に、一斉に飛びかかり、麻痺した敵から順にアサシンが止めを刺していく。
生前の13番がアサシンとして身につけた特殊技能に、アサシネート(即死)があった。
意識不明もしくは行動不能状態にある敵への攻撃は、全てクリティカルヒットになる。そして、アサシネートの一撃には、アサシンとしてのレベルがダメージに上乗せされる。
盗賊特技のバックスタッブ(後背撃)と合わせて、その威力は一撃で人狼を屠るほどであった。
「ゲハッ」 「グハッ」 「アベシッ」
3つの呻き声が聞こえたあと、穴の底は静かになった・・
しかし、未だにダークミストの効果は継続されており、通路の中央に暗闇のプールができている様な状態であった。迂闊に飛び込めば、3体と同じ運命を辿ることになる・・
戦闘は膠着したかに見えた・・・
「我らが守護たる月の女神よ、その冷たき光で敵を暴き出し給え・・ムーンライト・ビーム!(月光の柱)」
ダンジョンに朗々とした女性の声が響き、差し込むはずのない、青白い月明かりが、光の柱となって天井から降り注いだ。
その効果は劇的で、ダークミストを打ち払い、穴の底にいたグールを、纏めて消し去った。
「「「グギャアア」」」
ムーンライト・ビームは、暗闇を打ち払う光魔法であり、アンデッドを浄化する聖魔法の効果も付属している。さらに人獣に対しては、治癒効果も期待できた。ただし、強制的に獣化するというデメリットもある。
グールが消滅した割には、13番への効果が薄かったのは、呪文がアンデッド特効だからであろう。
だが、壁となるグールが全滅し、目隠しとなるダークミストが消え去った時に、アサシンの命運も定まった・・
黒い暴風が、穴の底に飛び込んで行くと、激しい剣戟の音が響き渡った。
しかし、よく聞けば、それは剣と剣を打ち合わせる音ではなく、一方的に押し込まれるアサシンが、傷だらけになりながら、短剣で受け流している音であった。
銀の短剣では、武器受けの防御力も高が知れていた。
しかし、竜巻のように振り回される大剣は、見切りなどして回避を試みても、そのまま切先か根元で切り倒されそうな攻撃範囲を持っていた。
アサシンは否応もなく手にした短剣で受ける事になるが、真面に受ければ即座にへし折られる。懸命に刃先を合わせて大剣を受け流した。
その結果、避けきれない分がアサシンの身を削っていく・・
「カタカタ(おい、ヤベエぞ、逃げろアサシン!)」
通路の奥から経過を見守っていたアーチャーが、あっという間の逆転劇に、撤退を促す。
しかし、アサシンは一言、
「カタ(死中に・・)」
と呟いただけであった。
「まだ、奥の手がありそうだが、それは出させんよ!」
アサシンを追い詰めながらも、冷静にその挙動を伺っていたヴォルフは、必殺のスキルを発動させた。
「ハイパー・スラッシュ!(烈空斬)」
防御を無視した全力の一撃が、アサシンの頭上に振り下ろされる・・・
「カタカタ(ダークシフト《闇転移》!)」
ヴォルフの奥義を待っていたかのように、アサシンの足元に漆黒の円陣が出現し、その身体が急速に吸い込まれていく。
そのままヴォルフの背後に転移し、攻撃に全てを傾けた背中に、必殺の一撃を送り込む・・・はずだった・・
「闇魔法は禁止だぜ」
ウェラの唱えたムーンライトビームは、未だに効果が持続していた。精神集中型の、持続系呪文であったのだ。
アサシンは膝まで闇に沈んだまま、ヴォルフの一撃を脳天に受けることになった。
「カタ(無念・・)」
大剣はアサシンの頭蓋骨から延髄、さらに背骨から骨盤までを縦割りに切り裂いて、地面に半分ほど埋まることで止まった。
魂の器としての骨格が、完全に破壊されてしまったことを見届けたアーチャーは、踵を返して通路の奥へと走り去った。
何人かの人狼が後を追おうとしたが、罠に阻まれて、一旦、追跡を断念した。
何より指揮を執るべきヴォルフが、その機能を果たしていなかったから・・
「やっぱ、兄ちゃんでも30秒が限界かあ・・」
そこには月光を浴びて狼形態に強制獣化したヴォルフが、大剣を放り出して、遠吠えをする姿があった・・・
通路を走りながら、アーチャーは呟く・・
「畜生、なんだよ、アサシンの奴、あれじゃあ噛ませ犬じゃねえか・・」
近接戦闘力では、守護者の中でも1・2を争うアサシンが撃破されたことに、アーチャーは衝撃を受けていた。彼がオババの元で働き始めてから、守護者がロストしたのは初めてであった。
「こいつは本格的にヤベエぜ・・他の奴らは無事だろうな・・」
アーチャーは、他の守護者の安否を気遣いながら、反撃の策を練る。
「アイツには生半可な防御力じゃ通用しねえ・・それこそ、セイバーか27番辺りをぶつけるしか止めようがねえ・・」
しかし、オババ本人と青水晶の間を守る27番を引き抜くわけにもいかなかった。
「こうなりゃ、セイバーに期待するしかねえな・・どうせ奴らは俺の後を追ってくるはずだ・・合流して叩く!」
アーチャーの手には、ボロボロになった銀の短剣が握られていた。
大剣を受けきれないと判断したアサシンが、最後の瞬間にアーチャーに向かって投げつけて来たのだ・・
「お前の仇は俺がとるぜ・・」
アーチャーは、短剣にそっと誓った・・・




