家出娘の帰宅
調査班の地上部隊は、三日月湖から凍結湖へ続く獣道を南下していた。
部隊構成は、熊3、豚人3、樹人3、狼5、半豚人1、半蛇人1、一角獣、妖精竜、死神と、正に百鬼夜行の様相を呈していた。
何故、こんな編成になったかと言えば、皆が暇していたとしか言いようが無かった・・・
まず、第一機動部隊が帰還していないので、主に陸上を移動する部隊が重斧騎獣兵しか居なかったのは、問題ない。その為の予備兵力なのだから。
「やっと出番が来たぜ、ブヒィ」
「ただ飯も美味いけど、少しは働かないとな、ブヒィ」
「オラは残って羊を待ちたかったんだども・・」
熊騎兵には、もう一人が相乗り出来るので、索敵と部隊指揮の為に、ツンドラエルフ親衛隊から、小隊長とハイレンジャーが二人選ばれた。
クマに跨がれるというので、ここでも熾烈なメンバー争いがあったらしい。
「治療班が同行してくれたので助かった。クレリックの枠が空いたからな」
「我々はテオを含めて3人でくじ引きでしたからね」
「当たりクジを引けてよかった・・モフモフですね・・」
地上を広域索敵するなら狼チームの出番なので、これも順当と言える。
5頭揃っての行動は久しぶりなので、リーダーのケン以下、張り切って出動していった。
「バウバウ」
「バウ」x4
今回は、それにプラスして、ハーフナーガのヘラとハーフオークのグドンが参加していた。
理由は、ユニコーンのニコのお供である。
ニコは、冒険者などに見つかると騒ぎになるので、出来るだけ人目につかないように暮らしていた。しかしダンジョンでの生活にも慣れ、身体も成長してくると、屋外で思い切り、駆け回りたくなったらしい。
おねだりされて困ったヘラが、相談してきたので、調査班に同行を許可した。
まあ、ニコはゲスト精霊なので、縛り付ける事も出来ない。
最終的には、気に入らなければ、プイッと居なくなってしまうこともあるだろう・・
ストレスが少しでも軽減するなら、たまの遠征も良いかも知れない。
ついていくヘラとグドンは大変だろうけども・・
「グドンだけ歩きで、ごめんなしゃい・・」
「オデは平気だで・・」
「ヒヒィン」
そして何故か、ニコの頭の上に、フェアリードラゴンのラムダが、グドンの背負子の上に、レッサーデスのデスが乗っていた・・
ラムダは日頃から何を考えているか、わからないので、気まぐれなのだと思う。
デスは、リクルート活動だと言っていた・・
「・・・・」
「日差しが強いデスね・・日傘を持ってくれば良かったデス・・」
そんな混沌な一行と羊飼いが出会ったのは、ただの偶然であった。
最初に気がついたのケン達であった。
「バウバウ」
「索敵班が何か見つけたらしいな・・全隊停止!」
「敵なら直ぐに降りてくれよ、こいつらは戦闘になったら立ち上がるからな、ブヒィ」
「ガウガウ」
熊騎兵は、騎乗したまま突撃するより、騎手と熊が並んで戦うことを好む。突撃するのは、相手との距離を一瞬で詰めたい時である。
前に立つ斧使いに、覆い被さるように熊が後ろに立ち、その頭上から爪を振るうのである。
斧使いは、熊の弱点となる下腹部をガードしつつ、敵が上からの攻撃に気を取られている隙に、足を狙うのが、基本であった。
しかしケン達の吠え声は、緊迫感を伴っておらず、直ぐに戦闘にはなりそうもなかった。
やがて、他のメンバーにも、賑やかな鳴き声が聞こえてきた。
「メエ~~」 「メエ~~」 「メエエ~~」
「羊の群れだ・・山羊も混じっとるだな・・」
アイスオークで牧畜の技能持ちであるチョマカには、鳴き声で区別がつくらしい。
「あれだ、買い付けを頼んだ商人だろうぜ、ブヒィ」
「チョヒ義姉さん、アイツらは本職の冒険者だっていう話だぜ、ブヒィ」
「ならなんで、羊の買い付けなんか受けたんだよ、ブヒィ」
「そりゃあ・・なんでだろうな、ブヒィ」
難しい事は分からない、チョヒとキョチョであった。
調査班の熊と狼に、羊達が怯える場面もあったが、どうにか合流を果たした。
「で、ダンジョンの、しかも濃いメンバーがこんなとこで、何してるんだよ?」
スタッチが、物珍しそうに初見の眷属を見回していた。
「ああ、この先の凍結湖に用事があってね・・メンバーの慰安も兼ねて、といった所かな・・」
小隊長が当たり障りのない返事をした。その間も、防御円陣を組む羊達に、目は釘付けである。
「凍結湖ねえ、そういやアイツらもそっち方面に向かってたさね・・」
ソニアの何気ない呟きに、小隊長が反応した。
「どんな連中だった?知り合いかい?」
「いや、羊の群れを目当てに強請をかけてきた傭兵団だ・・『月影』とか名乗っていたが、見ない顔だったな・・」
ハスキーも、話がどう転ぶか分からなかったので、人狼云々は口にしなかった。
「・・ねえ、凍結湖に何かあったの?」
それまで黙っていたビビアンが、静かに尋ねた。
大きな声を出すと、周りの羊が怯えてパニックになりそうだったからである・・
小隊長は少し悩んだが、先の傭兵の情報も欲しかったので、一連の異常を伝える事にした。
それに呼応してハスキーからも詳しい情報が渡される。
「水位の低下と水温の上昇か・・湖面の氷が溶けるとどうなるんだ?・・」
「人狼の傭兵を動かして、無人の居住地を攻める?・・」
首をひねる二人に、ビビアンが呟いた。
「氷が溶けると、入口が開くわ・・」
全員の視線がビビアンに集まった。
「傭兵の目的は、フロストリザードマンではなく、オババのダンジョンね・・」
「おい、ビビアン、そんな情報どこから・・」
スタッチの突っ込みを無視して、ビビアンは小隊長に掛け合った。
「ねえ、その調査にアタシも加えて欲しいの!」
「え、いや、どうなんだろう・・戦力としては有難いが・・」
戸惑う小隊長に、ビビアンが詰め寄る。
「ねえ、良いでしょ!羊はここでアンタ達に引き渡すから、これで契約は果たしたわよね!」
「ビビアン、どうした?勝手に契約は変更できないぞ・・」
「ハスキーも頼んでよ、ここまで来れば届けたも同然でしょ!」
『とぅっとぅるー』
そこへ対策本部から遠話が届いた。見ていた様なタイミングだが、両者が合流してから随分時間がたっていた。既に地下水路部隊は、凍結湖に着いていてもおかしくない。
催促の遠話だと思って、小隊長は慌てて反応した。
「はい、こちら地上部隊、申し訳ありません、行軍途中で情報収集をしておりました・・」
『それはいいけど、地下水路部隊が膠着状態になったんだ。そっちに凍結湖の地上部分を観測して欲しいんだけど・・』
ほっとして、小隊長は返答した。
「直ぐに向かいます。それで・・途中で例の『かも・・』いえ4人組の冒険者と出会ったのですが・・」
人狼の傭兵団と、ビビアンの参加要請の件を伝えた。
『まずいな・・オババの反応が無いのは、嫌がらせだと思ってたけど、こっちに構っている暇がないのかも・・』
「それは、凍結湖のダンジョンが襲撃を受けているということですか?!」
思わず声に出してしまった小隊長に、ビビアンが食ってかかる。
「そこにダンジョンマスターが居るんでしょ!ねえ、許可を出してよ・・お願い・・・」
「え?なんだって?彼女に伝えれば良いのデスか?それなら直接言えば良いデスよ」
突然、デスが独り言を呟き始めた。どうやら死者の声を聞いていたらしい。
そして闇魔法を唱えた。
辺りが急に薄暗くなり、寒気がした・・
ビビアンの前に、ぼんやりとしたメイドの姿が浮かび上がる・・
「エルマ・・」
ビビアンの呟きに、半透明のメイドが頷いた。
『・・ご主人様から許しを得ました・・ビビアン、私の代わりにオババ様のお側に・・』
「・・うん・・任せて、久しぶりに、あのシワクチャ婆さんの顔を拝みに行って来るから!」




