保存食は塩漬けか燻製が基本です
リュウジャを不凍湖に送り届けるために、第一機動部隊は、道なき道を疾走していた。
三日月湖から獣道を辿ると、一度は凍結湖に向かって南下し、そこから東へ向かうルートを取らざるをえない。今は時間が惜しい為に、普段は通らないルートを直線的に走破していた。
野山を駆けるのに、タスカーはその性能を十分に発揮した。
背中に騎手ともう一人を乗せているにも関わらず、高低差のある湖沼地帯を、速度を落とすことなく6時間以上も走り続けていた。
先にバテたのはゲストの方であった。
「済まない、一旦止まってもらえないか・・」
リュウジャは、自分たちの都合で急いでもらっているのを気にしてか、申し訳なさそうに休憩を願い出た。
彼自身はまだ保つのだが、護衛の一人が既に顔面蒼白で、今にも振り落とされそうなのだ。
「ギャギャ(分かった・・全隊停止!)」
アップルリーダーが声を掛けると、3頭のタスカーが息を合わせて停止した。
すぐさま護衛は鞍上から滑り落ちると、草むらで、食べたものを全て吐き出している。
「ギャギャ(ああ、素人さんにはキツかったかな)」
「ギャ(私らも最初のうちは、しんどかったもんね)」
タスクライダーのパイとティーは、ケロッとした顔で頷きあっている。
リュウジャも疲労は溜まっていたが、二人の護衛ほど疲弊はしていなかった。これは彼の体力が優っていたというより、騎乗していたタスカーの安定性の違いのようだ。
「あと、どれくらいかな?」
「ギャギャ(行程の6割は消化したと思う。夜中には不凍湖へ着けるはずだ)」
「流石だな、2日は掛かると覚悟していたのだが・・」
それもこれも無理矢理なショートカットをしているからで、その代償は護衛二人が主に払っていた・・
「日が暮れたが、夜道でも大丈夫かい?」
「ギャギャ(月明かりもあるし、多少速度を緩めればいけるはずだ)」
「無理を言ってすまないが、野営をしている時間が惜しい。頼んだ・・」
「ギャギャ(ああ、だがあの二人は平気なのか?)」
アップルが指した先には、未だに踞る護衛がいた。
「ここに置いていく訳にもいかないだろう・・いざとなったらロープで縛り付けてくれ・・」
「ギャギャ(投げ出されたから拾うのは二度手間だな。今から縛っていいか?)」
「・・致し方ないな・・やってくれ・・」
再出発したときには、護衛の二人はロープでタスカーの背中に括りつけられていた・・
しばらく進むと、走りながらパイが何かを発見した。
「ギャギャ!(隊長!右手にリザードマンらしき影が1体います)」
「ギャギャ(無視しろ、任務に関係ない)」
しかし報告はそれだけでは終わらなかった。
「ギャギャ!(隊長!左手にもリザードマンが居ます。2体が歩いています)」
「ギャ!(右手にも新手です。こちらには気がついていないようです)」
さすがに異常に思ったか、アップルは全隊停止を命じた。
「ギャギャ(どういうことだ?この辺りはどこのクランの領域でもないはずだが?)」
問われたリュウジャも、訝しげに周囲を見渡している。
「もう夜になろうとしている。狩りをするにも奇妙な時間帯なんだが・・」
そこへ、丁度視界の開けた場所に、件のリザードマンが1体姿を現した。
月明かりに浮かび上がったその姿は、一切の精気が失われていた・・
「ギャギャ(あれは死体か?)」
「ゾンビではないようだが・・アンデッドの類に変じているな・・」
一見すると判別が付かないが、土気色に変色した肌と、虚ろな瞳、更に引きずるような足取りが、その正体を物語っていた。
「ギャギャ(それにしてはこちらに襲いかかってこないな)」
アンデッドなら、生者を見れば襲ってくるのが相場である。知性の高い上級ランクの者なら、その衝動を理性で抑えて、会話も可能だが、見たところ下級の様なこれらの兵隊が、暴走しないのが逆に不気味であった。
「生前の意識があるようにも見えないし、どうやらかなり上位の存在に操られているようだな・・」
アンデッド・リザードマン達は、ゆっくりと南西に向かって移動していた。
「ギャギャ(どうする?)」
「どうしようもないな・・襲って来るなら撃退するだけだが、こちらから手出しするには状況が不明過ぎる・・」
「ギャギャ(なら先を急ごう。これほどのアンデッドが彷徨いているなら、クランには何か知らせが来ているだろう)」
「知った顔でないのが救いだが、他人事ではないしな・・そうしてくれ・・」
装備品からはどこのクランの者かは見分けが付かなかった。リュウジャもこの湖沼地帯の全てのリザードマンと顔見知りなわけもなく、知り合いで無かった事で、多少は安心していた。
北から移動してくるアンデッド・リザードマンを避ける為に、少し南に進路を変えて走り出した。
だが、これが判断ミスであった。
走り出して直ぐに、アンデッドの集団に遭遇してしまったのである。
「ギャギャ(しまった!本隊はすでに通過してたのか)」
先ほど見かけていたのは、落伍していた少数だったらしい。本隊は集団となって南西へと行軍中であったのだ。
何かに率いられる様に、月光に照らされながら進む無言の兵団・・それは、普通の兵士達よりも個人の意思が見えないだけに、より寒気をもたらす存在であった。
「ギャギャ!(避けられん、突っ込むぞ!)」
「「ギャ!(ラジャー!)」」
3騎が一団となって、アンデッドの集団を突破しようとする。
生者を見ても反応しない彼らであったが、隊列に飛び込んできた敵対者には、過敏に反応した。
死者とは思えない流暢な槍使いで、闖入者を撃退しようと隊列を組み替える。
「ギャギャ!(相手に付き合うな!一撃離脱!)」
「「ギャ!(アイサー!)」」
槍を構えて壁となるアンデッド・リザードマンを、ランスチャージで突破する。
武器のリーチの差で、ランスに突かれた兵士達が、次々に吹き飛ばされていく。
すり抜けざまに、横合いから槍が繰り出されるが、それらはリュウジャとその護衛が、打ち払っていた。
「ギャギャ(抜けたぞ、そのまま走れ!)」
「「ギャ(ラジャー!)」」
幸いに追撃は無く、アップル達は安全圏まで逃げ切ることに成功した。
走りながら、先ほどの遭遇の話をする。
「ギャギャ(手応えがおかしい相手だった)」
「どう違った?・・」
「ギャギャ(生身ではない・・なんというか硬かった・・)」
「甲羅とか鱗とかではなく?・・」
リュウジャの疑問に答えたのはパイとティーだった。
「ギャギャギャ(あれです、生肉かと思って噛んだら干し肉だったかんじ)」
「ギャギャ(あ、それそれ、燻製肉ぽかったよ)」
「干からびていて、相手を取り憑き殺して仲間に変えるアンデッドか・・」
「ギャギャ(心当たりがあるのか?)」
アップルの問いかけにリュウジャは自信無さそうに答えた。
「専門家に聞かないと、確信は持てないが、俺の勘だと・・墓の番人だな・・」
「ギャギャ(それって、ミイラですよね)」
「ギャギャ(包帯してないじゃん)」
「包帯を巻くのは砂漠の様式で、ここいらだと自然乾燥だな・・」
「ギャギャ(誰か墓を暴いて守人を怒らしたのか・・)」
「「ギャギャ(えっと・・うちらじゃないよね?)」」
「だったら、出会った時に即座に襲われてるさ・・」
幾つか心当たりのある眷属達だったが、リュウジャの指摘にほっとしたようだ。
「彼らが目指しているのは、三日月湖でも不凍湖でもない・・」
「ギャギャ(ここから南西というと・・凍結湖か・・)」
誰もいないはずの凍結湖に何があるのか・・それは今のリュウジャ達には知りようもなかった・・・




