羊の羊飼い
ビスコ村から北へ、三日月湖に通じる獣道を、家畜の群れが移動していた。
山羊と羊の混合した群れは、その先頭を行く一人の羊飼いの後を素直についていく。
羊飼いは、子供の様な背格好で、先端の曲がった独特な木の杖を携えており、何故か羊毛で作った真っ白でモコモコした鬘を被っていた・・・
「ねえねえ、本当にこんな格好する必要あるの?」
ビビアンが、不安気に後ろを振り返った。
「メエーー」
羊が答える。
「いやいや、アンタに聞いてないし・・」
「「メエーーー」」
「わ、わかったわよ、前を向いて歩けば良いんでしょ・・」
羊達の剣幕に、思わず頷くビビアンであった・・
後方からその様子を伺っていた、ソニアとスタッチが、懸命に笑いを堪えていた。
「くくっ、ビビアンはすっかり羊のお友達さね・・」
「ぷぷっ、あれはどうみても羊飼いでなくて、羊に飼われてるよな・・」
牧羊犬を召喚して、群れから逸れる羊を追い立てているハスキーが、呟いた。
「仕方ないだろう、ビビアンしか適正が無かったのだから・・」
話は少し戻って、ビスコ村近郊で、家畜商から羊と山羊を受け取った場面である。
酒場の親父さんの紹介で、筍の里から商売に来てもらったのは、ハーフリングの羊飼いであった。
めったに大量の家畜が来ないビスコ村で商談をすると、悪目立ちをするという理由から、村から少し離れた場所で引渡しをする事にしたのである。
「初めまして、オイラは羊飼いのランドルフ、気楽にランディって呼んでよ」
ランディと名乗った彼は、羊飼いの必需品とも言える杖を持ち、モコモコの白い髪をしていた・・
「よろしく、ハスキーだ。ところでその髪型は部族的な風習か何かだろうか?・・」
羊そっくりな髪型に、他の3人が失礼な事を言う前に、ハスキーが機制を先して尋ねた。
「あ、これ?これは羊毛から作った鬘だよ。群れの仲間の毛を刈って作ったから、安心するんだよね、こいつらが」
そう言って、後ろに群れている羊達を指した。
「なるほど、馬に匂いの染み付いた毛布を乗せて馴致するのと同じか・・」
「そうそう、まずは仲間と思わせるところからね」
「だとすると、我々だけで率いるのは難しいか・・」
悩むハスキーにランディが助け舟を出した。
「なんなら、この鬘を貸そうか?」
「我々に使えるかな?・・」
「試してみないとわかんないけど」
そして試着が行われた・・・
スタッチの場合・・
「なんか睨まれてんだけど・・」
モコモコの鬘を被ったスタッチは、羊に距離を置かれて警戒されていた。
「あ、これは、あれだね。他所の群れから牝を拐いに来たと思われてるね・・」
「なんでだよ、俺は羊になんか興味ねえぞ!」
ソニアの場合・・
「逃げ出したさね・・」
ソニアが鬘を被った途端、一斉に羊が散った。
「勝てないとわかって逃げ出したね・・他の群れのボスが来たと思ってるよ・・」
ハスキーの場合・・
「気づかれていないな・・」
羊達は、ハスキーの周りで、暢気に草を食んでいた。
「ある意味すごいね。すっかり群れの一員になってる」
「これで群れを率いれるのか?・・」
「んんーー、微妙かなあ。半分ぐらいはついて来るかも」
「半分か・・」
ビビアンの場合・・
「メエー」
「メエエーー」
「ちょちょっと、何これ、怖いんだけど・・」
ビビアンが鬘を被った途端、羊達が周囲に群がった。
「あ、これバッチリ、適正あるね」
「ほうほう、ならビビアンで決まりだな」
スタッチは嬉しそうに笑っている。
「そうさねえ、選ばれし者ビビアンに頼むしかないさね」
ソニアも、あの鬘は自分には似合わないと思っていたようだ。押し付ける気、満々である。
「なんか目が怖い、目が座ってるってば」
「メエーー」
「羊は皆、その目だよ。瞳が横になってるのが普通なんだ」
「ちょっとついてこないでよ!」
「「メエーーー」」
なぜかビビアンの後を、羊の群れがゾロゾロとついて行く。
「これなら大丈夫そうだね、山羊も羊の群れを追うと思うけど、逸れる奴は出るから、後ろで注意すること」
「了解した。いろいろ助かった・・」
ランディとハスキーは商談成立の握手をした。
「鬘は、酒場の親爺に預けておいてもらえばいいからね。じゃあ、狼には気をつけて」
ランディは羊飼いの挨拶をして立ち去っていった・・・
「ちょっと、勝手に帰らないでよ!こいつら、どうするのよ!?」
「「メエ~~」」
というわけで、ビビアンが先頭に立って、羊の群れを誘導していた。
傍から見ると、羊に追われている様にしか見えなかったが・・
少しでも違和感をなくすべく、ハスキーが、途中の林で、手頃な枝を切り落とし、即席の羊飼いの杖を作った。もちろん、ビビアンの背丈に合わせた、特製品である。
杖を携えて、モコモコ鬘を被ったビビアンは、羊飼いに見えなくも無かった・・
「いや、あれはどう見ても羊だろう」
羊の群れに囲まれると、杖がないとどこに居るのかも分からなくなる・・・
「どちらでもいいさね、ちゃんと目的地に向かっているんだしね」
ビビアンが立ち止まると、早くいけと、後ろの羊から押されている・・
「なんで、こいつら、こんなにアグレッシブなのよ・・羊ってもっとこう・・」
そしてハスキーと牧羊犬が同時に気づいた。
「どうやら、招かれざる客らしいぞ・・」
「「ワウワウ」」
群れの周囲を、殺気が取り囲んでいた・・・




