甦る深淵の呼び声
凍結湖の周辺には、「凍結湖の鮫」という名のフロストリザードマンのクランが存在した。
しかし、彼等の居住区は、クランの没落によって放棄され、今は無人となっている・・はずだった・・
ところが、現在はそこに何かが居座っていた。それも群れで・・・
彼らは空き家になった居住区を、無断で接収すると、そこを拠点として、凍結湖に勢力を送り込んでいる様子であった。
その姿は、直立歩行する蛙であり、手にはトライデントを携えていた。いわゆるフロッグマンである。
「御館様、湖の底には穴がいっぱい開いていて、調べるのに時間が掛かるケロ」
「大型魚類が餌と間違えて襲ってくるので、煩わしいケロ」
「水が冷たくて、長くは戦闘してられないケロ」
配下のフロッグマン達が、報告というか愚痴というかを声高に叫んでいた。
それらを聞きながら、居住区で采配を振るっているのは、半魚人の精霊であった。
「無駄口叩いてないで、とっとと地底湖に降りる洞窟の入り口を見つけるんじゃ。本番はそっからじゃけん、こんなとこでトロトロしてっと、鮫に喰わせっぞ、オラ」
乱暴な口調で配下をどやしつけるが、彼らも慣れたもので、それぐらいでは引き下がらない。
「鮫なんていないケロ」
「偶には御館様も働くと良いケロ」
「そんなんだから女房様に逃げられるケロ」
「それとこれとは別じゃああ!」
興奮して巨大な三つ又矛を振り回す、御館様こと、ヴォジャノーイであった・・・
そこに伝令が駆け込んで来た。
「御館様!不審な奴等が入り込んで来たケロロ!」
「・・不審なのは俺らも一緒だケロ」
「聖域荒しだもんなケロ」
「神罰は御館様に降して欲しいケロ」
「うちのシマを荒らすのはどこのどいつじゃあ」
ヴォジャノーイが叫ぶが、配下の反応は冷めていた。
「うちのシマじゃないケロ」
「御館様の口調がリザードマン風になってるケロ」
「実は密かに憧れてるケロ?」
「ケロケロ騒いでないで、不審者を蹴散らしてこい、ケロ!」
「「「あっ、うつったケロ!」」」
その頃の凍結湖南岸では
「御頭、対岸に変な奴等が集まってますぜ」
「ああ、俺にも見える・・蛙人のようだな・・」
トナカイに跨ったまま、クラウスは呟いた。
「あれれ?ここってリザードマンが住んでたハズだけど・・」
「どうやら、先を越されたようだな・・」
クラウスは、後続の配下に合図を送った。
それを見た残りの19人が、一斉に戦闘準備に入った。
「え?どうしたの?目的地はここじゃない・・」
ハーヴィーの声は、クラウスの怒声にかき消されてしまった。
「野郎共、戦だ!」
「「おおーー!!」」
雪崩を打って、湖岸を疾走し始めたトナカイの騎兵隊を止める術などハーヴィーにはなかった。
ただ必死にサドルバックの中で身体を縮込めて祈るだけである・・
「・・こいつら単に戦闘がしたいだけだよね・・人の話をまったく聞かないケロ・・」
無意識に、蛙人語が混じっているハーヴィーであった・・・
「奴ら、襲ってきたケロ!」
トナカイに乗った騎兵らしき不審者は、丸い木製の盾を構えて、鎖の先に棘付きの鉄球のついた武器を振りかざしながら突撃してきた。
「猪を狩るのと一緒だケロ!」
「ケロロ!!」
フロッグマン達は、トライデントの石突を地面に突き立てると、騎兵の突進を槍衾で迎撃した。
ところが、トライデントがトナカイに突き立つ前に、その獰猛な角によって、槍衾がなぎ払われてしまう。
武器を失い、体勢が崩れたフロッグマン達に、蛮族のモーニングスターが振り下ろされた。
「ゲフッ!」
「ガボッ!!」
「ゲロゲロッ!!!」
地面に叩き付けられた所で、トナカイが蹂躙して行く。
300kg近い巨躯に、戦闘装備をした蛮族を乗せているのだ。それに踏まれれば、口から内臓が飛び出るほどの衝撃があった。
「「「 グゲエ! 」」」
10体以上のフロッグマン達が轢き殺されたが、彼等の強みはその数にあった。
湖に潜っていた仲間が、続々と浮かび上がり、水面から、スキルで水の攻撃呪文を投げかけてくる。
「「喰らえ、ウォーターボール!、ケロ」」
単発の威力は弱くても、数が纏まれば脅威になる。
集中攻撃を受けて、蛮族が二人、倒された。
「御頭!二人食われたぜ!」
「ぬう、距離をとるぞ!」
「がってんだ」
クラウス達は、スキルの届かない位置まで湖岸から離れた。
フロッグマン達も、陸に上がれば蹂躙されるので、湖の中央に集まって様子を窺っている。
「御頭、どうしやすか?」
「水から上がって来ないのは、厄介だな・・」
トナカイも泳げ無くはないが、戦士を乗せたままでは、浮かぶのがやっとである。そこを狙われば、大きな被害がでると思われた。
「あのね・・ここ、じゃないから、ボーンサーペントが居たの・・」
膠着状態になった隙を見計らって、ハーヴィーが声を掛けた。
「なんだと?なぜ教えなかった・・」
「いやいや、教えたからね、聞かなかったの、そっちだから!」
「むう、そうだったか・・なら、放っておくか・・」
「え?それで良いの?」
ハーヴィーは、てっきり仲間の仇とか言って、どちらかが全滅するまでやり合うと思っていたのだ。
「ああ、一暴れ出来たし、巣に篭る鼠をいたぶるのは好かん・・」
「ですね、数ばかりいても煩わしいだけですぜ」
あっさり無視して先に進むことに決まった。
騎手の居なくなったトナカイは、そのまま荷駄として引き連れていくことになり、各自の荷物を分散して背負わせた。
そのまま、蛙人の追撃を警戒しながら、北西へと進路を変えて行く。
「・・これって、向こうにしてみれば、いい迷惑だよね・・ケロ」
ハーヴィーは、フロッグマン達に同情した・・・
そのフロッグマン達であったが、最初の襲撃のあとで、距離をとった相手を警戒していた。
「いきなり襲われたけど、あいつらなんだケロ?」
「ここの前の持ち主とかケロ」
「きっと聖域の番人ケロ」
「「ああ、それもアリだねケロロ」」
そこへ、おっとり刀でヴォジャノーイが駆けつけてきた。
「御館様、遅いケロ」
「一人だと戦支度も出来ないケロ?」
「女房様は偉大だったケロ」
「煩いぞ、それでどうなったんじゃい?」
「11人、潰されたケロ」
「3人、重傷ですケロ」
「二人、やっつけたケロ」
「敵は20人ほどか・・損害率が一緒なら勝てるな・・」
フロッグマンの総数は120体を越えているのだ。
「ああ、そうやってオイラ達を使い潰す気だケロ」
「無謀な戦いは反対ケロ」
「御館様が正面に立てば、被害は減るケロロ」
「ああ、煩い、今度は俺も戦うから」
「よっしゃ、これで勝ち目が上がったケロ」
「さすが御館様だケロ」
「腐っても半魚人だケロ」
「俺は水の精霊だああ!!」
凍結湖に響き渡った叫び声に惹かれて、また新たなるフロッグマン達が召喚されてきた。
「「呼んだ、ケロ?」」




