調合の裏側
投稿が遅くなりました。申し訳ございませんでした。
フィッシュボーン奥の間にて
「これがヘラちゃんの言ってた大釜ね」
「確かに、歴史というか風格を感じる代物かも」
ナーガ族の二人が、ペチペチと部屋の中央に置かれた大釜を叩いている。
「薪も道具もあるでしゅ。しゅぐに調合が出来ましゅ」
ヘラは運んでいた、薬草入りの草篭を棚に置くと、大釜の中を掃除し始めた。グドンも背負っていた大瓶を床に下ろして、部屋の隅から薪を運んでいる。
それらを手伝いながら、タラは興味深そうに周囲を見渡していた。
「調合道具は良いんだけど、このお面は何故飾ってあるの?」
その部屋の壁には、一面に手作りの仮面が並べられていた。
皆が競って作品を並べる為に、今では天井までびっしりと仮面で埋まっていた。
「えっと・・たぶん、魔除けでしゅ・・」
魔除けどころか、何かヤバイものが集まってきそうではあるが・・・
「うーん、少し水が足りないかな・・」
思ったより大釜が大きいので、運んできた水では足りなさそうである。
「でも、普通の水だと、せっかくの癒しの泉の水が、薄まってしまうかも・・」
「だね、出来れば魔法的な要素を含んだ水があれば、良いんだけど。面倒だけどもう一度、汲みにいこうか」
「しょしたら、しょこの井戸の水ではどうでしゅか?」
ヘラが提案したのは、この部屋にある井戸であった。
「でもあれ、普通の井戸でしょ?」
「いえ、しぇい霊の泉でしゅ」
タラとミラは顔を見合わせてため息をついた。
「なんで、あちこちに癒しの泉や精霊の泉があるのよ・・」
「しかも、こんなに無造作に部屋の中に・・」
呆れかえる姉弟子二人に、あと3つあることは黙っていようとヘラは思った。
「でも勝手に水を汲むと、泉の精霊が怒るわよ」
「そうそう、精霊が居ないと、今度は泉の魔力が弱いから・・」
「しょれなら平気でしゅ。この泉のしぇい霊はしょこに居るでしゅ」
ヘラの指した先には、小鳥用の餌台らしきものが立っていた。
「・・居ないんだけど」
「あれ?でも台の上の餌が減ってるような・・」
凝視すると、確かに、台の上のコオロギが、一つずつ消えて行く・・
「ラムダしゃん、泉の水をしゅこしくだしゃいな」
ヘラが声を掛けると、透明化していたラムダが姿を現し、宙で一回転した。
「ありがとうでしゅ」
ヘラは嬉しそうに井戸から釣瓶を使って水を汲み上げる。重そうなので、グドンが手伝っていた。
「あれって、癒しの洞窟で昼寝してたフェアリードラゴンよね・・」
「いつの間に先回り・・って、透明化して飛べば、私達よりは速いかも・・」
こそこそ喋る見習い薬師達を気にもせずに、ラムダは、餌台に置かれた水差しから蜂蜜水を飲んでいた。
やがて準備が整い、薪に火がくべられて、大釜で薬草が煮詰められていく・・
三人は、代わる代わる大きな木のヘラを使って、釜の中身をかき混ぜていた。
「調合は根気よく・・」
「煮立てず、冷まさず、焦げつかせず・・」
「始めチョロチョロ、中、チョロチョロ、赤子泣いても、まだチョロチョロ・・」
師から教わった、調合の極意を唱えながら、火加減を調整していく。
「黄金比率は6:4♪」
「最初は薄味、徐々に濃く♫」
「刻み生姜にごま塩振って♬」
実際の調合になれば、手出しは出来ないグドンは、傍で聞いていて、料理みたいだなと思った。
「・・腹減っただな・・」
30分も煮詰めていると、薬草の成分が水に溶け出して、緑色の汁が出来た。
丁寧に、出汁ガラになった薬草を掬い上げると、そのまま、さらに30分ほど、弱火で煮込む。
「そろそろいいかな・・」
「良い匂いがします、大丈夫でしょう・・」
「しゃん人でやると楽でしゅね・・」
ヒーリングポーション作りで、重要なのは、この火加減とかき混ぜ具合である。
素人がやれば、あっという間に焦げつくし、調合の技能持ちでも、1時間も休まずにヘラでかき混ぜるのは、重労働である。
大釜に一杯だった水も、煮詰めていくうちに量が減っていき、今は半分ぐらいになっている。
出来上がった緑色の汁を、溢さないように注意しながら、ポーションの空き瓶に詰めていく・・・
「空き瓶が全然足りないですね」
撃退した冒険者から剥ぎ取った、空のポーション瓶や、使用して空いた瓶を集めてもらったが、やはり数が揃わなかった。
ドワーフに注文も出してはあるが、優先順位が低いのか、材料が足りないのか、まだ届いていなかった。
「仕方がないから、あり合わせのものに詰めておきましょう」
「これと、これと、これ・・あら、これも使えそうね・・」
ミラが選んだ容器を見て、ヘラが首を傾げた。
「しょれにいれて、効果が残るでしゅか?」
ゴブレットや酒瓶はまだしも、洗面器や兜はポーションの入れ物としてはどうだろうと思う。
「平気、平気、多少は水分が蒸発するでしょうけど、その分、多めに入れてるから」
「まあ、保存期間は短くなるけど、なんとか効くでしょう」
「・・しょう言えば、仕上げが大雑把だって、いつも注意しゃれていたでしゅ・・」
ヘラは、二人の姉弟子が、師匠に怒られていた事を思い出していた。
なんとか大釜を空にして、次の調合の為に中を綺麗に洗い流した。これもグドンの助けが必要な重労働である。
ちなみにヒーリングポーションは、一度の作業で80本ほど出来上がった。
正式なポーション瓶は20本も無かったけれども・・・
「・・ねえ、あの兜って使用済みよね・・ちゃんと洗った?」
「え?新品じゃなかったの?・・」
ヘラは、自分が怪我をしても、ポーションに頼らずに、ニコに治癒してもらおうと心に刻んだ・・・




